308 学園祭(7)
王立学園・第一闘技場。
『始まりの儀』なども実施されるこの施設は、スタジアム風の観客席が設置されている学園内で最も大きな円形の闘技場だ。
スタジアムの中央には、新星杯などで使用されるものと同じ規格の、二十メートル四方ほどの舞台が設置されている。
当初の予定では、この第一闘技場で学年ごとに新星杯の予選を行うというのがこの学園祭の目玉企画の一つだった。
だが、パーリやアリスといった面々が挑戦者の選別を行った二年生世代は、全く空気を読まずに挑戦者たちを片っ端からなぎ倒してしまった。
当初は時間内に捌ききれるか不安なほどいた腕自慢達も、戦場のような気迫で暴れ回る学園生の迫力にすっかり気圧され、最後には挑戦者が居なくなったほどだ。
元々粒ぞろいと評判だったこの世代は、アレンの影響で類を見ないほどストイックに己を鍛え上げてきたので、他の学校の生徒との実力差が隔絶していたのも理由の一つだろう。
結果として、二年生については本予選への挑戦権を獲得する者がただの一人も出なかった。
そこで、中央グラウンドで行われた仮予選で千人切りを達成したパーリが、すでに学園代表に内定しているライオと模範試合を行う事になった。
すでに一年生と三年生については本予選が行われ、順当に王立学園の代表者が新星杯への出場権を獲得している。
残すは模範試合のみなのだが……観客達は一向に席を立つ気配がない。
それどころか、中央グラウンドでパーリの槍を見た各国の招待者などがその器を見極めようと大挙して詰めかけ、あっという間に噂が噂を呼んで、現在第一闘技場は入場規制が掛けられるほどに人が詰めかけて騒然としている。
◆
「さて……どうなるかねぇ?」
招待を受けてクコーラ都市連邦から派遣されてきている魔道具士風の女が、招待者枠のアリーナ席で興味深げに引率者風の女に問う。
問われた女は難しい顔をして首を傾げた。
「……ライオ・ザイツィンガーは、昨年の新星杯の時点ですでに二年生の部に入っても優勝できるほどの実力を備えていたわ。流石はこのユグリア王国で、百年に一人の神童と評されるだけの事はあったわね。対するパーリ・アヴェニールは、知名度でいえば全然だし、ついさっきまで多人数を相手に戦っていた。……普通に考えたら結果は分かり切っているけれど……」
祖国の次代を担う若者を引率し、各国のホープの出場する新星杯に派遣されてきた引率の女の実力……特に武の実力や伸びしろを見定める眼力は、当然ながら相応に卓越している。
そんな彼女ですら、さきほど中央グラウンドでパーリの槍をつぶさに見て、その底を計り切れていない。
もっと言うと、同世代に負ける姿など想像できない。それほど先程のパーリには単純な技量以上の凄みがあった。
「分かり切っている、けれど……?」
「…………興味深いわね」
引率の女が言葉を濁したところで、舞台に審判を務めるゴドルフェンが上がった。
「両者舞台へ」
ゴドルフェンに促されて、ライオとパーリが舞台へと上がる。
スタジアムは好奇の視線と異様な雰囲気に包まれているが、両者ともに特に気負っているような様子はない。
「……魔力の方は大丈夫なのか、パーリ。大して休息できていないのだろう」
ライオが問うと、パーリは首をこきりと鳴らして肩を竦めた。
「ふんっ。気遣いは無用だ。どんなに疲れていようが敵は待ってはくれん。……例えどんな状況にあろうとも――」
パーリは何かを思い出すように固く目を瞑った。
「――どんなに絶望的な状況にあろうとも、目の前の敵を貫き、道を切り開く。それだけだ」
開かれたパーリの静かな目に、相当な覚悟が宿っているのを感じて、ライオが目を細める。
「……もしこの模範試合でお前が俺に勝ったら、新星杯の出場権はお前のものだ、パーリ」
そのセリフを聞いて、パーリは僅かに目を見開いた。
「……いいのか? 夏休み前に学園内の代表は決めただろう? 俺は名誉なんぞには興味はないが、強くなるためにはどんな機会も無駄にするつもりはないぞ?」
このセリフを受けて、ライオはさらに唇を吊り上げ、ゴドルフェンに視線を送った。
「問題ないだろう。もともとは新星杯の出場権を掛けて予選を行うという趣旨だったしな。翁?」
ライオに問われ、ゴドルフェンが顎髭を撫でて上機嫌に笑う。
「ふぉっふぉっふぉっ! もちろん何の問題もない。観客たちが見たいのも模範試合などではなく、若き血潮が滾りぶつかり合う真剣勝負じゃろうしのう。わしが責任をもって立ち会おう」
ゴドルフェンのこの宣言を聞いて、観客席の興奮はいや増した。
パーリが槍をぶんっと振って、腰だめにびしりと構える。剣先を無造作に垂らしていたライオも、右上段に構えてその剣先をパーリの眉間へと向けた。
「くっくっくっ。だがパーリよ……」
ライオが笑う。待ちきれないとばかりに――。
「両者よいかの? それでは――」
「俺も負けるつもりは毛頭ないぞっ!」
はじめ――
◆
ゴドルフェンの合図とともに、ライオが鋭く踏み込んで刺突を繰り出す。
ごうっ、という風切り音がスタジアム中に響き渡るようだ。
このライオが繰り出した刺突を避けられる人間が、この場にいったい何人いるだろう。
だがパーリは軽やかな足捌きであっさりとこれを横に外した。
その初っ端のやり取りを見ただけで、会場にちらほらいる実力者達は目を見張った。
ライオの刺突の鋭さは勿論だが、その鋭い突きを足捌きであっさりと外すパーリの技量も尋常ではない。
点で照準される刺突は、余裕がなければすぐ身体を捻ったり、上体を反らすスウェーで逃げたりしたくなる。
そうなれば体勢を崩されて、さらなる追撃を受けやすくなる。
だがパーリは紙一重を見極めて横に躱した。
そしてその槍は、始めの合図の時と全く同じ形でぴたりと腰に据えられている。こうなれば身体が流れているライオは不利と言えるだろう。
パーリの反撃の槍が唸る。
と同時に観客席から思わず悲鳴が漏れた。
十分な体勢から繰り出された木製の槍が、ライオの体を刺し貫いたように見えたからだ。
だがライオは、こちらも紙一重の所で身体を捻りこれを躱し、大きく体勢を崩されながらも繰り出された槍の柄を握っていた。
新星杯は武器を手放したら負けというルールだ。
体外魔法の出力で劣り、力ずくで槍を引き剥がされたら終わりのパーリは、片手で槍を握ったまま迷わず踏み込んで、ライオの胴体を蹴った。
「ぐおっ!」
これを予測していなかったのか、ライオは堪らず握った槍を手放し後ろへと転がった。
パーリは追撃を狙って間合いを詰めたが、ライオが受け身を取って体勢を整えたのを見てぴたりと足を止めた。
一拍置いて、会場から大歓声とどよめきが巻き起こる――
◆
研ぎ澄まされつつある若き才能が、激しくぶつかり合う。
至近距離からつぶさに二人の試合を見ているゴドルフェンは、その平静な表情とは裏腹に内心では唸っていた。
パーリの尋常ではない成長速度にだ。
二年生に進級してからこちら、パーリ・アベニールの成長には目を見張るものがあったが、この夏休み一月ほどの間でさらに劇的に成長している。
もちろん槍の技量そのものも伸びているが、特筆すべきはその心の在りようだ。
例えば、ライオの初撃を躱した後に繰り出した槍。これは今のパーリが出せる渾身の一撃に見えた。
だがそれを外され、さらに槍を掴まれるという緊急事態にも動じる事無く即座に前に出て、蹴りを出す。
これは最適解なのだが、簡単にできる事ではない。
渾身の一撃とは、諸刃の剣だ。勝機と思って決めに行き、それを外されると逆に決定的な隙を生みかねないからだ。
だがそれを恐れて手控えては、逆に本来ものに出来たはずの勝機を逃すことになりかねない。
勝利を信じて繰り出した全力の槍と、その後の半ば反射的なリカバリー。
これを両立するには、例え相手がライオであっても勝利をもぎ取ろうとする燃えるような勇気と、その勇気を氷のような冷徹さで包み込む心の在りようが重要となる。
正解がない以上、どんな達人であってもその心のバランスの模索からは逃れられない。
そのバランスを最適に近づけていくには、実戦経験しかないだろう。
現在のパーリの研ぎ澄まされた心の在りようは、選択を誤れば死に至る実戦を繰り返した結果であることが、ゴドルフェンには手に取るように分かった。
…… まだ十四になったばかりの子供が、夥しい数の選択を繰り返し、そして生き残った結果であることが――
一瞬でパーリのこの夏の暮らしぶりに思いを馳せたゴドルフェンは、目を細めて顎ひげをそっと撫でた。
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