302 学園祭(1)
ゆるゆると再開します!
夏休み。
王都は建国祭を翌週に控えている。
あらゆる意味で盛況を極めるユグリア王国建国祭の前週といえば、例年であれば準備やリハのために徐々に人が増え、人々はお祭り気分にどこかそわそわとしはじめて、王都に笑顔と活気が増えてくる頃である。
だが――
今年は少々様子がおかしい。
とある男が風に任せて言い出した、前代未聞のイベントが初めて開催される関係で、王都にはすでにとんでもない数の人出がある。
お祭り気分のはずの人々の雰囲気も、どこか殺伐としている。
あの男が前世の記憶を頼りに発案し、悪ノリして練り上げたイベントが開幕する――
◆
「ついにこの日が来ましたね、理事長」
理事長室の窓から、青々としている広大な芝生広場を見下ろしていたムジカが、いつになく上擦った声で呟く。
眼下の広場では、すでに受付を済ませた人間が入場を開始し、あるものは全力で走り、またあるものはキョロキョロと興味深そうに辺りを見渡しながら歩いている。
遠目に見ても、その顔は一様に高揚感で満ちている事が分かる。
その芝生広場の先に見える正門近くには、八列に分かれた受付があり、どの受付も人でごった返している。
さらに正門の外には、この巨大な学園の外壁に沿って夥しい数の人間が入場待ちの列を形成しており、今や遅しと自分の順番を待っている。
「ええ。何とか開催に漕ぎつけられてほっとしています。……調整には中々骨が折れましたがね」
今日はこのユグリア王立学園史上初めて、学園祭が開かれる。
『この学園をより良くするために、何かアイデアはありますか、アレン・ロヴェーヌ君?』
ある時、王立学園の理事長ミハル・シュトレーヌは、所用で理事長室に訪ねてきたアレンに興味本位でそのように尋ねた。
その時にアレンから返ってきた答えは、この王立学園での学園祭の開催だった。
この秘密主義の学園も、年に一度くらいは広く一般に開放して、外部と交流する機会を持つべきだと。
さらにその内容は生徒が自発的に企画し、準備し、実行して総括まで行うものでなくてはならないと、怒涛の勢いでプレゼンを受けた。
ミハルはこの提言を受けた当初、はっきりと自分の顔が引き攣るのを感じた。
この学園に通う生徒達は皆この国の未来を担う黄金の卵であり、最先端の研究機関としての側面も併せ持つ。
その他の学校とは隔絶したその訓練設備や研究内容などはもちろん、生徒達の実力や人間性まで含め、この国の将来を占う重大な機密情報と言える。
当然ながら不特定多数の人間を迎え入れる事によって、情報漏洩のリスクは跳ね上がるだろう。いや、下手をすれば暗殺など重大な事件が発生する可能性も否定できない。
普段は卒業生や生徒の身内であってもおいそれと入場できないほどに、厳しい情報統制と警備体制が敷かれているのだ。
普通に考えれば一般開放など、出来るはずがない。
当然ながらミハルは難色を示し、なぜ難しいのかをアレンに噛んで含めるように、丁寧に説明した。
だが、ふむふむと話を聞いていたアレンは、話を聞き終えると同時に立て板に水の如くさらに学園祭の魅力を喋りまくった。
ミハルの説明などただの一つも聞いていなかったかのように、押して押して押しまくり、最後にはこんな感じで土俵際まで押し込んだ。
「その常識とやらは本当に正しいのか?! 価値ある伝統と形骸化したしきたりは峻別するべきではないか? これからは『これまではそうだった』が通用する時代では無くなるだろう。生き残ってきたのは強いものじゃない。賢いものでもない。変化したものだ! ……と、私の家庭教師であるゾルドは言っていました」
『変化を恐れてはいけません』は、今はもう大層有名になったゾルド七戒の一つである。
これまであらゆる常識を覆す事で成果を残してきたアレンに、焦りすら感じさせる顔でそのように言い切られ、ミハルは二の句を告げられずに絶句した。
そこでアレンはくるりと妥協案を示した。
「まぁ確かに、いきなり入場完全無制限は難しいかもしれませんね……。それでは原則十五歳以下に限定という形ではいかがでしょう?」
アレンとしては他校の学生との交流イベントが欲しかっただけなので、ここが初めから落とし所なのだが、まず初めに相手が到底呑めない高めの球を投げるのは交渉ごとの基本である。
「…………交渉上手ですね、アレン・ロヴェーヌ君。……なるほど、参加者を子供に限定するのですか。それならまだ可能性も……。ですがどうやって年齢を確認するつもりですか?」
どうすれば実現出来るのかを一緒に考え始めれば、もはや味方である。
こうして参加資格者は王国民の十五歳以下の学生、学校を通じて顔写真付きで事前登録、国外からは招待者のみでこちらも十五歳以下、魔道具持ち込み禁止、怪我をしたり死んだりしても文句は言わない旨の誓約書提出などが提言され、王立学園祭は実現に向けて動き出した。
◆
「ついにこの日が来ましたね、プライさん」
正門をくぐったプライ他三名は、ゆったりとした足取りで芝生広場を歩く。
彼らはルーンレリア総合上級学校という、目玉が飛び出るほど学費が高い事で有名なおぼっちゃま学校に通う学生たちだ。
金にものをいわせて代理に二週間も前から入場列に並ばせていたので、先頭に近い位置で入場している。
それでも入場順でいえば百番目以降だ。一体先頭の人間はいつから並んでいたのか。
「ああ、実に感慨深いね。……一年半前のあの日、この芝生で僕は運命の篩に掛けられた。たまたま風邪さえ引いてなければ……輝かしい人生が待っていただろう。まぁそんな逆境があるから、今の僕があるとも言えるがね」
プライはそう言って目を細めた。
実際は受験資格を得ただけでも奇跡に近く、魔力量による選抜を通過する可能性はほぼ無かった。
さらに言うと、その後の実技試験を通過する可能性は天地がひっくり返らない限り不可能といえた。
だがまぁ、彼が受けるだけで一生自慢できると言われる王立学園の受験資格を得た事自体は本当だ。
落ちた人間が、たまたま体調が悪かったとか計測機器がおかしかったとか勝手に喋るのもある種お約束なので、プライが特別に虚言癖が酷いというほどでもない。
取り巻き達も心得たもので、ではなぜ貴官騎魔などのその他の王都の名門学校の受験にも全て失敗したのか、などという疑問は口が裂けても聞かない。
「……運が悪かったんですね、プライさん……。そ、それにしても庶民どもは必死ですね」
後ろから入場してくる参加者達は、ほとんどの人間が鬼気迫る表情で全力疾走しており、次々にプライ達を追い抜いていく。
まるでどこかのテーマパークや博覧会の開園直後のようだ。
「ふむ。こういうところで品位の差が出るね。せっかくの機会なのだから、イベントの数をこなす事に必死にならずに、五感を解放してあげればいいのに。大切なのはこの場の空気を味わうことさ。一体彼らは何のために来たのだろう」
プライがしたり顔でそう言って、皮肉げに唇を歪めると、取り巻きの一人が肩をすくめた。
「おっしゃる通りですね、プライさん。あれは多分、公式ガイドブックが目的じゃないですか? 限定三百部という話ですし」
「げ、限定……な、何だねそれは」
プライがつい大好きな限定という言葉に反応し、僅かに歩様を速めて問うと、取り巻きのAが言いづらそうに答えた。
「プライさん、心で感じるのが重要だからって、本当に何も調べてないんですね……。も、もちろん僕もそのつもりだったのですが、両親に邪魔な情報を入れられちゃって……。その、第一回王立学園祭実行委員会が発売する、限定三百部、シリアルナンバー付きのオフィシャルガイドブックです。この学園祭のお得情報が満載と噂の……」
すかさず取り巻きのBが補足する。
「何でも、各種イベントに優先的に参加できるプライオリティ・パスが、一冊につき二枚付いているとか」
彼らは実は、プライがこの特別なガイドブックを入手するために、いち早く入場する準備をしていたのだとばかり思っていた。
だがいざ入場の段になって、大将格のプライが『品位を持って行動しよう』などと血迷った事を言いだしたため、仕方なくそれに合わせていたのだ。
彼らのヒエラルキーは概ね実家の太さ順と決まっているし、このガイドブック情報がリークされる前から人を並ばせていたのはプライだからだ。
Bの説明によると、そのプライオリティ・パスを使えば、とんでもない行列が予想されている坂道部の『お化け屋敷』、魔道具研の『脱出ゲーム』、魔導車部の『魔導車レース』、魔法研の『精霊との座談会』、帆船部の『アスレチック』、地理研究部の『スタンプラリー』あたりも確実に参加可能との事だ。
ちなみに、各種イベントには参加賞や商品も用意されている。
例えばお化け屋敷を踏破した者には坂道部謹製の腕輪型のヘルスメーターが贈られたり、脱出ゲーム成功者にはドラグーン未来魔道具専門研究所、通称ドラミモンで研究者として雇用されたりする道が開かれるといった具合だ。
その他にも魔導車レースの決勝優勝者には、例の盗難事件の際、アレン・ロヴェーヌが『この国の未来』などと宣言して大騒ぎとなり、発売前からすでに二年待ちとなっている魔導二輪車が贈られるなど、その実利面も半端ではない。
さらに魔法研の、『精霊との座談会』参加者で、『同志』と認められた者に贈られるとリークのあった、『天と地の巻物』なる謎の書物は、世界的に注目されている。
ちなみに著者はアレン・ロヴェーヌとルドルフ・オースティンと噂されているが、実際は昨春に卒業した名誉会長バナナ・シェイクを始めとするスカート捲り研究会の面々である。
そのような説明を受けて、すでにプライの歩く速度は競歩のようになっている。最後に取り巻きCがダメを押した。
「裏表紙の後ろにサインスペースがあって、推しの学園生誰でも一人からサインが貰えるって特典もあるみたいです。これだけの特典がついて、値段は貧乏人の子供に配慮してたったの五リアル。有名どころからサインを貰って売れば田舎に城が建つって言われてますが、オークションなどに出てくるのはまず百年は先だろうって話です」
金持ちはなぜ金持ちなのか。
それは金が大好きだからだ。
プライは鬼の形相で駆け出した。
いつもありがとうございます、西浦真魚です!
二つお知らせがあります!
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アムールとロイのビジュアルが素晴らしいですのでぜひチェックしてください!
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