298 家庭教師のお仕事(1)
生業の都合で長らく更新滞りまして申し訳ありません┏︎○︎ペコッ
今日から再開します!
誘拐事件の騒ぎもようやく落ち着いてきた、夏休み目前。
「……はぁ……」
「ど、どうしたんだトゥーちゃん。ため息なんか吐いて……」
俺は、浮かない顔でため息を吐くトゥーちゃんこと、トゥード・ムーンリット君に声をかけた。
今更ながら、トゥーちゃんはこの『学歴』が物を言う世知辛い異世界で別格中の別格とされる超名門校、王立学園に通うエリートだ。
紆余曲折あって、同じく王立学園に通う俺と共同して魔導車部を立ち上げ、同部の部長を務めている。
部員はまだまだ少ないが、『趣味は分解整備』などと真顔で言う、筋金入りの魔導車好きだ。
魔導車に見ても触れても嗅いでも舐めても幸せなはずのトゥーちゃんが、部室兼ガレージで魔導車に囲まれてため息を吐くというのは、結構な異常事態と言える。
「あぁ、ごめんよアレンちゃん。実は祖父の体調が優れなくて、ドラグレイドの病院に入院したって手紙が来てね。大した事は無いらしいんだけど……小さな頃から可愛がってくれたから心配でさ」
「それは……心配だな。ちょうどもうすぐ夏休みだし、帰省がてらお見舞いに行ってきたら? やらない後悔よりやる後悔だよ?」
王都からドラグレイドは魔導列車で一日半の距離にある。夏休み期間であれば十分往復可能だろう。
俺がそのように勧めると、トゥーちゃんは力無く首を振った。
「それが……夏休みの後半には魔導二輪車の一般販売も控えているし、多分これから色々物入りになると思ってね。夏休みの前半は金策に力を入れようと思って、アルバイトの予定を入れちゃったんだ。学園で募集されてた夏季集中講座の家庭教師」
ああ……確かそんなバイトの募集広告が学園の掲示板に貼ってあったな。
それは確か来春に上級学校入試を控える子ども――と言っても俺達とは二学年しか変わらないが――を対象に、夏休み期間に十日ほど勉強を教える家庭教師のバイトだ。
天下の王立学園生に教えてもらえるという事で毎年とんでもない数の依頼があるそうだが、受託する学園生は僅かなようだ。
そもそも実家が裕福でバイトなどとは無縁な生徒も学園生には多い。親の年収と子供の学力は相関するので当然と言える。
そうではない場合も、王立学園の金看板を下げて王都にいれば金に苦労する事はほぼ無いので、貴重な長期休暇でバイトに力を入れようなどと考えるやつは限られるだろう。
「なるほどなぁ。それは確かに……断りづらいかもな」
つまり入試前のいわゆる『勝負の夏』に向けて大金を積み、さらに天文学的な抽選を潜り抜けて『王立学園生による夏季集中講座』という超プラチナチケットを掴んだ先方に、じいちゃんが体調不良だからやっぱりキャンセルで、と直前になって伝えなくてはならないという事だ。
真面目で心根がやさしいトゥーちゃんでは、とてもじゃないが断れないだろう。
「だよね……。もう先方にも通知が届いている頃だし、そのつもりで準備しているだろうから、流石にキャンセルはできないよ」
トゥーちゃんはそう言って、寂しそうに笑った。
入学当初ならいざ知らず、今のトゥーちゃんならアルバイトなどしなくても金を集める方法はいくらでもあるだろうに……。まぁその辺りの不器用さはトゥーちゃんの魅力かな。
「……もし良ければ留守の間、俺が代わりに対応しようか? その家庭教師のバイト。ドラグレイドなら四、五日あれば行って帰って来られるでしょ」
俺がそのように思いつきで打診すると、トゥーちゃんは慌てて手を振った。
「えぇっ?! わ、悪いよそんな。アレンちゃんの事だから、夏休みは色々やりたい事があるんでしょ? 騎士団の仕事もあるだろうし」
俺は苦笑してゆっくりと首を振った。
「そりゃ、やりたい事はいくらでもあるが、いつも通り予定は未定の風任せで、決まった物は一つもない。それに前から家庭教師のアルバイトには興味があった。つまりこれも俺のやりたい事だ。騎士団の仕事はいつも通りブッチする。建国祭とは被らないし、最近は無難な仕事ばかりでつまらないしな。俺も一応王立学園生だし、先方も多分代わりがいれば文句は言わないだろう」
例の誘拐事件以後、大人しくしているようにさまざまな大人に厳命されている俺だが、流石にこれくらいは許容範囲だろう。
家庭教師は家が裕福ではない王立学園生が選ぶ代表的なアルバイトの一つだ。
俺も入学直後に一応検討したのだが、募集されているのは貴族や大商会の子息令嬢向けばかりで、さらに年間専属契約が殆どだった。中には三年契約なんてのすらあった。
報酬は馬鹿みたいに高かったが、何となく予定を縛られる感じが嫌で、自由気ままな探索者として必要な金を稼ぐ道を選択した。
その点、この夏季集中講座の家庭教師、しかも代打というのは魅力的だ。
……これは前世のガリ勉時代に培った俺の勉強メソッドが、ついに白日の下に晒される日が来たようだな。
そんな風に考えながら俺がくっくと笑うと、トゥーちゃんは何故か顔を青くした。
「そ、そりゃ王立学園でAクラスのアレンちゃんが代打なら先方も文句無いだろうけど……ていうか卒倒するんじゃ……。……何だか嫌な予感がするし、給料だって一日五千リアルでアレンちゃんには見合わないだろうから、やっぱりこの話は無かった事に――」
「に、日給五千リアルだと!?」
その金額を聞いて、いつまでも日本の庶民感覚が抜けない俺は愕然とした。
一般庶民は一杯五リアルで腹一杯になる下町のうどん屋に長蛇の列だってのに……相変わらずこの世界は、ある所にはめちゃくちゃ金があるな……。
まぁ前世にも飛行機で半日移動するだけで百万円以上も支払うファーストクラスなるものがあり、(もちろん俺は無縁だったが)結構人気だったみたいだし、都会は教育費もインフレする一方だった。
庶民だった俺が毎日蕎麦をすすってただけで、実は日本も実態は似たようなものだったのかも知れない。だが……それにしても高い。高すぎる!
「……心配しなくても給料に見合うだけの仕事はしてみせるさ。確かに家庭教師のアルバイトは未経験だが、誰が俺を育てたと思っているんだ?」
俺が、これまた紆余曲折あって近頃馬鹿みたいに名声を集める家庭教師の顔を思い浮かべてにやりと笑うと、トゥーちゃんは青い顔を真っ青にした。
「いやいや、そう言う意味の見合わないじゃなくて! そもそも普通の子に『常在戦場』の心で勉強なんて無理だから! アレンちゃんのその楽しそうな顔を見ると不安しかない――」
「遠慮するなトゥーちゃん! トゥーちゃんの顔を見れば、きっとじいちゃんも元気になるさ!」
「いやじいちゃんの健康が不安なんじゃなくて――」
「くっくっく、見せてやろうじゃないか! 王国屈指の呼び声も高い伝説の家庭教師、ゾルド・バインフォース流の教育メソッドをな!」
こうして俺は、遠慮するトゥーちゃんをサポートするために家庭教師のバイトを手伝う事にした。
◆
「……はぁ……」
ため息を吐いているのは、王国官僚や会社経営者などが暮らす王都のとある高級住宅地に暮らすフェリア・オーラムだ。
ご近所には下級貴族の別邸や準貴族も多く、当然ながら教育への意識の高さはその辺の下町に暮らす人々とは全く異なる。
彼女の悩みの種は一人息子であるカインの塾の成績だ。
貴官騎魔と呼ばれる王都の四大名門上級学校に圧倒的な進学実績を持つ学習塾、ロピックス。
そんな名門よりも遥かに合格が困難で、時に名実共に別格中の別格とされる王立学園合格者をも輩出するその名門学習塾は、成績順に一組から二十組まで組分けがなされる。
そして受験前最後の大事な組分け試験が、夏休み明けに迫っている状況だ。
だが一年ほど前までは一組と二組を行ったり来たりしていた息子のカインは、この一年で徐々に成績が下降して今は四組だ。
カインの第一志望はフェリアや王宮に勤めるエリート官僚の夫も卒業した貴官騎魔の『官』に当たる官吏経済上級専門学院。略して官経学院。
官経学院は四大上級学校でも特に学業の成績を重視する事で知られており、ロピックス四組から合格するのは例年でいうとかなり厳しい当落線上だ。
最後の組分けではせめて三組までは何とか上がって欲しいとフェリアは願っているが、カインはここの所思い詰めたように何かを考え込んでいる事が多く、親の目から見ても精彩を欠いている。
塾の講師にも、このままでは五組に落ちる可能性もあるから特にこの夏は頑張るように、と言われている。
にも関わらずカインは近ごろ精神的にナーバスで、おいそれと励ましの言葉も掛けられないような状況だ。
必然的に家の中は空気が重苦しく、信じられないほどにピリピリと張り詰めている。
「郵便でーす」
と、そんなフェリアの下に、一通の便箋が舞い込んだ。
「……当選、通知……?」
その便箋を開いたフェリアは、思わずその場にへたり込んだ。
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