閑話 施食の侍女
お久しぶりです!
長らくお休みしてすみません!
後日談の要望をたくさん頂きましたので、書く予定は無かった閑話を書きました。
本業の方もようやくひと段落しそうなので、本編ももうすぐ再開できると思います!
蝿の王を討伐してから丸一日。
聖地にはレベランス地方から続々と援軍が届いていた。
キアナさんの読みでは、十分な援軍が揃うには早くとも三日は掛かるだろうとの事だったので、これには俺も驚いた。
どうやらジュエの母であるレベランス侯爵夫人が、娘が攫われた先が聖地だという情報に烈火の如く怒り狂い、蝿の王云々の情報が伝わる以前からレベランス侯爵地方が抱える千を超える貴族家全てに有志による動員を掛けたらしい。
すると事情を知ったお抱え貴族達も火の玉の如く荒れ狂い、すでに聖地を余裕で包囲殲滅できるほどの兵力が到着しているにも拘らず、今もなお続々と兵力が集結しつつあるとの事だ。
中には整備されていない危険な裏参道を強行突破してきた部隊もいるとの事だ。
その余りの過剰戦力に目眩を覚えた俺が、ジュエの父、つまりレベランス侯爵に『こ、交渉を有利に進める為の威力軍ですよね?』などと恐る恐る確認すると、レベランス侯爵は真っ青な顔で頭を振り、『妻からの手紙だ』と言って一枚の紙を差し出してきた。
そこには惚れぼれするような達筆でたった二文字、『鏖殺』などと書かれており、俺は思わず『ぎゃー』と悲鳴をあげて手紙を投げ捨てた。
まぁそんなやり取りを見て、聖騎士や神官達は震え上がっていたので、この手紙自体が笠の緒文の如く見せるための手紙で、高度な政治的な駆け引きなのだろう。……そうだと信じたい。
そんな訳で、聖地を一時的に管理するのに十分な兵が集まったことで、俺たちはダンテさんとともに先に帰途に就く事となった。
ダンテさんの任務は、俺達の護衛兼王都への報告係だ。
この任務を師匠がアサインする時、パッチさんとジャスティンさんは諸手を挙げて立候補し、キアナさんは目を逸らし、苦笑したダンテさんが結果として指名された。
ダンテさんに加え、余りにも過剰な戦力はレベランス侯爵によって俺達の護衛として再編され、どこの大名行列だという大軍に恭しく警備されながら表参道を下り、レベランス地方のとある駐屯地でようやく解放されて、騎士団の魔導車を使って王都へと向かっているのが今だ。
全く……別れ際にジュエの父ちゃんが、『アレン・ロヴェーヌよ。たった一人でこの聖地に突っ込んで、馬鹿どもの悪巧みを全部叩き潰してジュエを助け出すたぁ……信じられねぇくらい剛毅な野郎だ。ジュエの事は任せたぜ』などと目をうるうるさせながら意味深に親指を立てたせいで、護衛軍全員が終始おせっかいな親戚のおっさんみたいな生暖かい目でこちらを見ていた。
勝手に任せるなっつーの!
思わず走って逃げたくなったぞ……。
ジュエの態度がいつもと変わらなかったのが、せめてもの救いだ。
◆
「ごめんアレン。ジュエちゃん。僕が弱いばっかりに……黒幕を取り逃した。チャンスはあったのに」
ようやく解放された王都へと帰る魔導車の後部座席で、ココはそう言って悔しそうに俯いた。
ココは聖地内部から外部へ通じる脱出路の出口を発見し、あのコルナールとかいうじじいと側近が出てくる現場を押さえたようだ。
最近僅かに動かしたような形跡があった、なんてココはあっさりと言うが、要人脱出用の出口というのはその程度のヒントで外から簡単に見つけられるようなものではない。
賊からすれば、そこを押さえれば内部へと侵入し放題となる、まさに施設の急所だからだ。
当然ながら慎重に隠蔽されていたはずなので、ココの異常なまでの観察眼が無ければ発見は困難だっただろう。
ともあれ、外界との繋ぎ役が必要として聖地外で待機していたココは、ベルゼバブルの討伐が完了し、眷属達が消えると同時に黒幕と思しき三人が脱出してくる場に遭遇した。
そこで予め用意しておいたドルリアンの果実を使ってそいつらを捕らえようと試みて、側近二人は気を失ったものの本命のじいさんは聖魔法で意識を繋がれて逃げられてしまった、との事だ。
俺は落ち込むココに向かって首を振った。
「仕方がないさ。あの三人は、はっきり言って俺から見てもかなり格上の感触があった。正攻法で捕らえようと無理をすれば殺されていただろう。間違いなくな。二人捕まえられただけでも上出来さ」
これは励ましでも何でもなく、俺の本心だ。
特にあのコルナールとかいう妖怪みたいなじじいは、例えるならばゴドルフェン先生に近い、実にやばそうな雰囲気を醸し出していた。
そもそも、俺だって正面からの戦闘で何とかできそうなら、わざわざ一か八か蝿の王を呼び寄せたりはしない。
正攻法に活路が見い出せなかったからこそ、やむを得ずあのような手段を取ったのだ。
「そうそう、その側近の二人だけでも捕まえられたのはこの先大きいよ。ココ君の冷静かつ堅実な一連の働きは、あのデューさんも珍しく絶賛してたし。……アレン君にも見習わせたいって」
そう言ってダンテさんはにっこりと笑った。
……俺だって謙虚堅実がモットーのロヴェーヌ家の人間なのだが……さすがに今それを言っても説得力がない事は自分でも分かるので、俺は反論の言葉を呑みこんだ。
ダンテさんの真っ直ぐな賞賛の言葉を受けて、暗い顔をしていたココがやっと表情を緩めた。
するとそこで、ジュエが俺とココの顔を見て真っ直ぐに頭を下げた。
「アレンさん。ココさん。改めまして、今回は助けていただきありがとうございました。お父様とお母様からも改めて正式にお礼があると思われますが……お二人には感謝してもしきれません」
……そうして改まられるとなんと応対すればいいか困るな。
「ココはともかく、俺の事は気にしないでくれ。ドゥリトルとやらはともかく、リーナが狙われた事からしてもあの妖怪じじいの狙いは確実に俺だった。先日も言ったが、むしろ俺も巻き込んでしまった側だ」
ココも頷く。
「気にしないで。僕の方こそ、寮の中庭で様子がおかしい事に気が付いてあげられなくてごめん。……僕達だけじゃなくて、フェイちゃんもライオも、皆が心配して動いていると思う。ジュエちゃんも、僕達に何かあったら助けようとしてくれるでしょ?」
仲間だから。
ココがそう付け加えると、ジュエは込み上げてくる感情をぐっと堪えるような顔をした。
何となく辛気臭い雰囲気になりそうだったので、俺はさっさと話題を変えた。
「そう言えば、ジュエはなんでリーナに聖魔法の才能があると分かったんだ? 聖魔法を自然に覚える事はほぼ無いというし、検査をしないと才能の有無は分からないんだろ?」
「えっ? 私自分で聖魔法使えるの? お姉ちゃんが助けてくれたからじゃなくて?」
リーナは自覚が無かったようだ。
だが、人の助けがあれば才能が無くても体外魔法が使えるなどという話は聞いた事もない。もしそんな話があるならば、俺がとうの昔にやっている。
「……たまたま今回、知る機会があったのですが……。その事で提案があります。リーナさんをレベランス家で預からせていただけませんか? リーナさんには稀有な聖魔法の才能が有ります。その事は私が保証します。私専属の侍女として、責任をもって大切に育てますので」
ジュエがそう言っておやっさんを見ると、おやっさんは目を細めてジュエの目を見つめ、やがて頭を下げた。
「……よろしく頼む。よかったな、リーナ。侯爵家のお嬢様の専属侍女だとよ」
おやっさんがそう言ってにかっと笑うと、リーナは手をぶんぶんと振った。
「えぇ! む、無理だよ、私孤児だし! ……りんごの家を出たくないし……そ、それに、これからはとうさんの事を支えるって――」
リーナが反射的に拒絶しようとした所で、おやっさんは優しく首を振った。
「……いつかはみんな、あの家から巣立っていくんだ。これまでも全員卒業させてきた。その事を俺は誇りに思っているし、お前らにもそう言って育ててきたはずだ。もしりんごの事を大事に想うなら、外から助けてくれ。レンが今そうしているようにな。別に偉くならなくていい。りんごにいる事が誇らしくなるような、皆が憧れるような立派な大人になってくれ。そうやって、外の世界で頑張っている奴を見るのが、俺は一番嬉しい」
おやっさんがそう言うと、リーナはなおも首を振った。
「で、でも……私育ちも悪いし……そんな立派な大人になる自信なんてないよ。お姉ちゃんの侍女だなんて……できっこない。聖魔法が使えて、もっとちゃんとした人は他にいくらでもいるよ」
ジュエはくすりと笑ってやさしくリーナの手を取った。
「聖魔法の才能があるから誘った訳ではありません。貴女の他者を想える人間性。知性と勇気。今回の件を通じて私が見たそれらを全て加味して、この先私を助けてほしいと思ったからお誘いしています。もし将来、あなたが別に歩みたい道が出来たなら、その時は止めません。ですので、まずは自分の才能を磨いてみませんか?」
……恐らくこのジュエの言葉も本心だろうが、この提案にはリーナを護るためという意味もあるだろう。
今回の件は早晩、世に知られる事となる。そうなれば事件の中心にいたリーナの事は、恐らく徹底的に調査されるだろう。
リーナを利用しようなどと考える第二のレッドやトーモラが、いつ現れるとも限らないという事だ。
そうなった時に、レベランス家の庇護下にあればそうそう手出しできなくなるだろう。
俺も何か手を打たなくてはと考えていたので、正直この提案はありがたい。
理解が追いつかず尚も不安そうな顔をしているリーナに、ジュエは優しく微笑んだ。
「難しく考える必要はありません。基本的には王都のレベランス邸で過ごすことになりますので、『りんごの家』の皆さんと顔を合わせる機会もあるでしょう。……私と一緒に強くなりませんか? 護りたいものを護れるように」
ジュエに真っ直ぐに目を見つめられ、答えに窮したリーナは困ったように俺を見た。
「……今この場で決めなくてもいい。でもちゃんと考えて、自分で決めろリーナ。歳は関係ない。どう生きるかは、自分で選ぶしかないんだ。自分の心に正直に決めたら、どんな結末になっても後悔はしないさ」
子供を相手に厳しいようだが、そうとしか助言のしようがない。
前世の俺のように、誰かに言われるがままに生きて後悔しても、誰も責任はとってくれない。その事を知るのは、早ければ早いほどいい。
「……ま、ポーはちょっと拗ねるかもしれないが、あいつも馬鹿じゃない。すぐに前を向くだろう。リーナに負けてたまるかってな」
俺がそう言って肩をすくめると、リーナは力無く笑った。
◆
蝿の王討伐後、聖地・ルナザルートはデュー・オーヴェルを中心としたユグリア王国騎士団によって徹底的に調査された。
別途逮捕されたロサリオの酒場の店主との反面調査も行われ、人身売買や誘拐・監禁などの不法行為への関与が認められた十余名については、現教皇カーネリウス6世とユグリア国王パトリックが協議し、ユグリア王国法に則って厳しく処罰された。
その他には、不法とまでは言わないまでも多額の賄賂など不正行為が認められた百数十名については、教皇カーネリウス6世によってその程度に応じて断罪された。
軽い者で戒告、最も重い者で教会からの永久追放といった具合だ。
また聖地については教皇カーネリウス6世が、適切な監査体制が構築されるまで閉鎖する事をユグリア王国に自ら申告し、再開までは王国と共同で管理される事となった。
大陸中に存在する新ステライト教徒たちは、反発よりも寧ろこの事変を奇貨として支持した。
それだけ聖地の現状が腐りきっており、不満を抱いていた人間が多かったという事だろう。
――神話そのものだった――
固く閉ざされていた生誕の塔の正面扉が開かれた瞬間の光景を、その目に焼き付けた者たちは後々そう口を揃えた。
本来であれば終の行へと挑む者が出入りする時しか開かれる事のないその扉は、この聖地に住まう者にとって特別な意味を持つ。
指定魔物災害の中でも上から三番目にランクされる伝説の蝿の王・ベルゼバブルを討伐したという不思議な高揚感が聖地を包む中、その荘厳な扉を開き出てきたのは、注目度で言えば大陸規模で見てもぶっちぎりの若手No.1であるアレンと、そのアレンが命懸けで助けた聖女の呼び声高いジュエだ。
しかも、その首元には神話同様に煌々と光を放つチョーカーが嵌められていた。
これで人の口に戸を立てろという方が無理があるだろう。
果たしてこの時の光景は、大陸中から集められていた修行僧達を語り部に爆発的に伝わり、後々まで宗教画家によって題材として描き尽くされるほど広がった。
もっとも――
この時代に描かれた絵画と後世の物とは、その傾向に明確に違いがある。
当初描かれた絵画では、アレンとジュエが扉を押し開いて出てくる姿や、塔の屋上で蝿の王と相対する二人の構図が好まれていた。
だが後世の物には、そこにもう一人付け加えられている事が多い。
施食の侍女――
孤児の救済にその生涯を捧げた偉大な侍女の、まだあどけない姿が。
改めまして皆様お久しぶりです、西浦真魚です!
久々に更新したってことは……告知か?! と思われた皆様! 告知です! すみません!
という訳で八月八日に書籍六巻が発売されます。
こうして続けていけるのは、応援してくださる読者様のおかげです。
本当にいつもありがとうございます┏︎○︎ペコッ
なんと田辺先生のコミカライズと同日発売との事ですので、お盆休みのお供にぜひ!
範囲はヘルロウキャスト事件からセシリアの覚悟、そしてアルへのメッセージまでです。
内容諸々についていつも通り活動報告を更新していますので、宜しければ著者ページから確認してみてください!
ページ数の関係もあって、おそらく過去1で加筆しました!
引き続き応援のほど宜しくお願いいたします!






