267 先輩による新勧イベント(2)
合格した途端、家族に感謝の気持ちの一つも伝えずにさっさとおさらばだと?!
……許せん!
余計なお節介と言われるかもしれないが、言うべきことはきちんと言って後輩を諭すのも先輩としての務めだろう。リアド先輩でもそうしたはずだ!
俺は魔導二輪車を始動して、アクセルを開けた。
くそ、荷物が邪魔で運転しにくいな……。
合格を勝ち取ったと思しき後輩たちは、白亜の学舎の前階段に腰掛ける先輩たち……まぁ俺が集めたクラスメイト達だが……に続く道を脇目も振らずに駆けている。
うん? ……初日から上級生を喰ってやろうと虎視眈々と狙っていたのか? う~む、その心意気は買うが、やはり順序が違うだろう。
などと理性を修復しながら俺が首を傾げていると、先頭集団は白亜の学舎の手前にあるサッカー場ほどの石畳に入った所で左に逸れて、校舎の西側を回り込むように学園の奥へと走り去っていった。
……学園散策か? いやいやそれは流石にない。いくらなんでも優先順位がおかしすぎる……。意味がさっぱりわからんな……。
「おい! お前らが恐い顔でそんな所に座ってるから後輩たちが入れないんじゃないか!? せめて声ぐらいかけろよ! おーい君たち、オリエンテーションのある学舎はここだぞ? 逸る気持ちは分かるが、せめて親御さんに挨拶ぐらい―― おい、お前らもボケっと座ってないで立てって! おーい……おいって。お…………誰か返事ぐらいしろゴルァ!」
「「ひいっ!」」
俺が修復した理性を秒で投棄してつい探索者モードで声を荒らげると、胡乱な横目で俺を見ながら集団の最後尾を走っていた後輩たちは悲鳴をあげて全速力で走り去っていった。
「ぷっ! きゃはははは! ……いったいアレンは何をしているのかな? 自分で遅刻するなよ、なんて言って僕たちを集めておいて」
フェイがニコニコと笑いながら聞いてくる。
「何って……俺はただ青春の素晴らしさを後輩に伝えようと……ていうか、あいつらどこ行ったんだ? 親御さんに挨拶もせずにまったく……」
俺がぶつくさと文句を言うと、眼鏡委員長のケイトが何を白々しいとでも言いたげに、白けた目を向けてくる。
「何って、一般寮の入居権を賭けた抽選に決まっているじゃない。新寮長のアレンが決めたんでしょ? 『新学期初日の午前中』に抽選すればいいだろうって」
抽選? あぁ三年生が抜けて空きが出た部屋の抽選か。
確かにリアド先輩から寮長を引き継いだ俺にどうするか相談が来て、適当にそう答えたような気もするが……。
それが何? と、頭の中にはてなを浮かべていると、頬杖をついた格好で話を聞いていた桃色ツインテールのステラが勝手に説明した。
「ふんっ。入居の順番を待ってた上級生に有利なルールだが、きちんと情報収集をした上で往復十五キロメートル強を余裕をもって一時間以内に走れる……すなわち合格発表の十時からオリエンテーションが始まる十一時までに入寮申請を終えて帰ってこられる新入生にだけはチャンスを与えるつもりだったんだろ? ……違うのか? 絶妙なボーダーラインの設定だと、全員が思っていたと思うが……」
何なんだ、みんなが挑戦したくなるその絶妙なボーダーラインは……。
「知らんな、そんなラインなんぞを設定した覚えは全くない。そもそも、なぜどいつもこいつも一般寮になんて入りたがるんだ……。どう考えても設備の充実した貴族寮で生活した方が快適だろうが!」
三年間一般寮で世話になると決めている俺がそう言うと、全員が白けた目を俺に向けてきた。
「……たった一つルールを設定しただけで、今年の合格者達の目つきはまるで違った。合格はゴールではなく始まりなのだと認識し、文字通り最高のスタートを切った。俺たちに見せたかったのはあのギラギラした目つきだろう、アレン? 確かにうかうかしてはおれんな」
ライオは真面目腐った精悍な顔でニヤリと笑い、そんな事を言った。
お前はちょっとは舐めプを覚えろ、チート野郎め……。ウサギと亀が駆けっこして、ウサギが最初から最後まで全力で走ったらただの虐めだろうが……。
「ところでアレンさん、その恰好は何ですか? 出遅れてアレンさんに入寮資格なしと線引きされた皆さんが、近づいていいものか戸惑っていますよ?」
くつくつと笑いながらジュエが俺の後ろを指差す。
俺は部活動の素晴らしさを伝えるため、使えもしない魔法士の大杖と地理研で開発した測量魔道具を抱えており、跨っている魔導二輪車の後部には凪風商会のロゴが入った補助帆が暴走族の旗持ちのごとく靡いている。
俺がゆっくりと振り返ると、三十メートルほど離れた所には約半数、五十名の後輩たちが立っており、先頭のやつは目が合っただけで『ひいっ』などと言って後ずさった。
さらにその遥か後方には、残念ながら不合格となってしまったと思われる受験生たちや付き添いの人たちが、珍獣でも見たかのように顔を引きつらせている。
「や、やっほ~」
状況を大体認識した俺は、軌道修正を図るべく慌てて笑顔を浮かべて手を振った。
だが誰も手を振り返してくる子はいない。
「ご、合格おめでとうっ!」
俺はなるべく爽やかに祝福の言葉を送ったが、誰も返事をしなかった。
「こ、これから学園生活、楽しんでねっ!」
俺はなるたけ優しい声音で――
「お、おいアレン、そんな煽んなよ。田舎に住んでたらそうそう情報も入ってこないし、いくらなんでも求めてるボーダーラインが高すぎるだろ」
「ダンの言う通りだな。皆が皆、お前みたいに『常在戦場』に育てられたわけじゃないんだ。王立学園の合格を勝ち取った次の瞬間に、即座に状況を判断して走り出せない人間はノロマ、というのは流石に新入生が気の毒すぎるだろう」
ダンが慌てた様子で止めに入り、ベスターに至ってはなぜかメガネをくいっと上げて俺を説教し始めた。
この二人のセリフを聞いて、後輩たちは一斉に俯いた。悔しそうに目に涙を浮かべている奴までいる。
これまでの努力が報われた晴れの日にも関わらず、地獄のような空気が漂っている。
「気にすんなよ皆。俺たちも去年こいつに初日にかまされて、しかもお前らの事など相手にしていないと言わんばかりに一般寮に入居されて唇を噛んだもんだ。これから頑張ればいくらでも取り返せるさ」
ドルが卑怯にも爽やかにそんな事を言って先輩ポイントを稼ぎに行くと、後輩たちはころりと騙されて顔を上げた。
すかさずお調子者のピスが便乗する。
「そうそう、それにこいつ意外と寂しがり屋だからな! 案外、本当は後輩に慕われたくてこんなチンドン屋みたいなかっこしてるだけかもしれねぇぞ、ぎゃははは―― ……おい冗談だぞアレン!」
俺がプルプルと震えながらウルウルと目に涙を溜めて、頭からそっと外した青春はちまきを差し出しながら手招きすると、ピスはその顔を盛大に引きつらせた。
◆
「がんばれよーピス。負けたらかっこ悪いぞー」
新しい教室の窓際に腰掛けて、高みの見物をしながらピスに発破を掛ける。
「ちくしょうアレンめ、何が『春休み明け、ピスにはとんでもない不幸が降りかかる』だっ! いったいいつからこの絵を描いてやがったんだ!」
俺から受け取った青春はちまきを巻いたピスは、ぐだぐだと文句を言いながら学舎前の広場で俺が指示した罰ゲームをしている。
なぜ俺に罰ゲームを指示する権利があるのかと言うと、春休みにエクレールで賊とひと悶着あった時、ティムさんとアイルさんに基地へと帰還するよう指示された際にそういう賭けをしたからだ。
エクレールの基地まで魔導二輪車で競争して、負けた方が罰ゲームと取り決めて勝利した時の権利を行使した。
賊から取り戻した風魔法を活かして走る俺専用機を使ってもなお際どい勝負だったが、勝ちは勝ちだ。
罰ゲームの内容は、三人同時に追いかけてくる後輩たちの追跡から魔導二輪車を使って逃げ切る事。逃げていい範囲は学舎前に敷かれているサッカー場ほどの広さの石畳と正面階段のみ。
後輩たちは疲れたら入れ替わり自由だ。
新入生には、もしピスを捕まえることができたら一般寮の部屋を代わってくれるって、と言ってある。
何でそんなに一般寮に住みたいのかはさっぱり分からないが、新入生たちは目の色を変えて挑戦している。
「う~ん……この広さで三人じゃ話にならないな。おーい新入生! もう二人入っていいぞ!」
「っざけんなよアレン! マッチポンプするなら火消しも自分でやれ!」
俺が勝手にルールを改変するとピスは苦情を言ったが、ゲームマスターは俺だ。
学舎正面の石畳広場は、すべての教室の窓から見える。
徐々に集まってきている上級生たちが高みの見物をしながら、『ピスー、新入生に負けるなよ~』とか、『やっちまえ新入生!』とか好き勝手に声援を送って大盛り上がりだ。
そのうちに出来の良さそうな新入生が入寮申請を終えて帰ってきてゲームに参加したが、流石に疲労もあるのか、ピスは危なげなく躱していく。
リアス先生という、トゥーちゃんやアルが所属するEクラスの担任の先生がちらちらと時計を見ている。
五分前辺りで区切りにして教室に入るように促すつもりだろう。
……ピスは逃げ切りそうだな……けっ!
などと考えていると、いつの間にかゴドルフェンが好々爺の顔で俺の後ろに立っていた。
「ふぅむ。まだ随分と余裕がありそうじゃ。それに少々魔法士が不利じゃのう。おーい新入生達よ、体外魔法を使っても構わんぞい!」
そして仏のように微笑みながら、極悪非道なルールを勝手に付け加えた。
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