262 昇竜杯(11)
「ふふっ。『かっこいいかどうかが何より大事』。いつもそう言っている監督に褒められたのが、何より嬉しいですっ」
プリマ先輩はそう言って笑った。
アリーチェさんを超えるという悲願を半分だけ達成した先輩にゆっくり賛辞を送りたかったが、試合の方は息つく暇もなく進行する。
『ユグリア王国:ルドルフ退場。ファットーラ王国合計2ポイント』
ここでドルが落とされた。
アリーチェさんからドルを狙うように指示を受けたエクレアさんは、ドルを集中的に攻め立てていた。
後一歩のところまで追い詰めていたのだが、アリーチェさん陥落のアナウンスが流れ、一瞬気を取られた隙にファットーラ王国のリオネラさんに横から獲物を攫われた形だ。
まぁ地爆を多用したドルには殆ど魔力が残っていなさそうだったし、帝国にポイントを取られるのがユグリア王国としては一番まずい。
エクレアさんに注意が向いていたであろうドルを責める事は誰にもできないだろう。
大会も終盤戦だが、改めて戦況を整理すると優勝の可能性が残されているのは三ヶ国各一名となる。
まずユグリア王国は、ポイントこそ帝国と同点で一位の合計9ポイントではあるが、残っているのは性質変化の才能がない補欠の俺だ。
次にロザムール帝国も首位タイの合計9ポイントで、残っているのは個人の部で二年生の二位だったエクレアさん。
そして最後のファットーラ王国は合計2ポイントで、個人の部で三年生の四位だったリオネラさんとなる。
彼女はプリマ先輩やアリーチェさんとはかなり力の差があったが、この二人が同時に落ちた今、ファットーラ王国にも逆転優勝の目が十分に出てきた。
自分たち以外の国を全滅させると、生き残った国は問答無用で優勝となるからだ。
タイムアップまでもつれるとポイントの高い国が優勝となるが、いずれにしろ二位以下の順位は全滅した順番に関わらずポイント順で決定される。
敵を一人落とすと1ポイント入り、タイムアップ時の自国の生存者の数によっても一人につき生存ポイントが1ポイント入るが、各国共に残り一人なので落とされれば即終了だ。
ドルのポイントを攫われたエクレアさんはすかさず炎魔法を放ったが、リオネラさんはこれを躱して距離をとった。
二人が俺を挟み込むようにして睨み合う。
両者の実力は俺が見たところ互角か、年長のリオネラさんがやや有利、といったところか。
仲間を失った事でポイントを取る術のない俺は、どちらから見てもボーナスターゲットに違いない。
俺としては現状のポイント差のまま逃げ切り、同率一位に終わったとしても上出来と言えるだろうが……。
係員に促され、退場するプリマ先輩に目をやる。
気付け薬と回復薬を投与され、意識を取り戻したアリーチェさんの足取りはしっかりしているが、魔力を限界近くまで一気に放出したプリマ先輩は足元もおぼつかない程に疲弊している。
あのプリマ先輩の姿を見て、情けなく逃げ回る訳にはいかないだろう。
とは言え、正面からの魔法の応酬では俺に出来ることはない。
俺は取り敢えず霧に紛れて走り出した。
俺とエクレアさんの両方を落とすことが絶対条件のリオネラさんとしては、ついて来ざるを得ない。
少なくともどちらか一人を陥落させ、ポイントで単独首位に立ちたいであろうエクレアさんも、一定の距離を保ちつつ付いてくる。
「――最後まで楽しんでこいよ、アレン!」
「監督を信じてますっ!」
後ろからそんな声援が聞こえ、俺は振り返らずに親指を立てた。
◆
「……私にはルドルフ・オースティンの罠魔法は通用しませんよ! 残り時間ぐらいは常に足元を魔力ガードで守る事は可能です!」
霧の森から抜けたところで、エクレアさんはわざわざ大声でそんな警告を発した。
もっとも、これは俺ではなくリオネラさんに向けた言葉だろう。
そう、ユグリア王国がポイントを取る唯一の方法として、ドルが仕掛けた地爆を利用するという手がある。
もちろん、退場した選手が攻撃するのはNGだが、退場前に放たれた魔法は有効だ。
エクレアさんとしては、リオネラさんが地爆に嵌まってユグリア王国がポイントで単独首位に立ち、そのまま俺に逃げ切られるのが最も面白くない展開だろう。
その為にわざわざ『罠魔法に気をつけろ』と警告を発し、対応策まで教えたという訳だ。
その警告を受けて、リオネラさんも魔力で足元をガードした状態で俺を追跡しはじめた。
あわよくば、とは思っていたが……やはりそれほど甘くはないか……。
序盤から急戦調だったので、残り時間はまだまだある。
このまま何も抵抗せずに逃げ回っていても、いつか捕まって落とされるだろう。
俺は勝負をかけるべく、中盤にプリマ先輩が潜んでいた一本杉の下で立ち止まった。
「…………諦めたのですか? 随分と潔いですね?」
エクレアさんは口ではそう言いながらも、一定の距離を取った所で立ち止まった。
先ほど俺のラジオ体操の罠に嵌って仲間を二人落とされたリオネラさんも、強い警戒感を滲ませている。
「諦める……? なぜ?」
俺はことりと首を傾げ、足元に溜まっていた乾いた杉の枝を無造作に左手で拾い上げた。
乾燥した杉などの針葉樹の葉っぱは、比重が軽く油分を多く含むため大変燃えやすい。
例えば松は、古くから日本でも松脂や松明に利用されてきた。
拾った枯れ枝を天に掲げ、俺はいきなり朗々とした声で詠唱を開始した。
『四大精霊が一柱、レ・サラマンドル。勇気の戦士よ。風の契約に基づき、業なる炎の力を借り受ける。――着火』
無造作に握った葉のついた杉の枯れ枝が、不意にめらめらと燃え始める。
もちろんこれは、俺が火の性質変化を使ったわけではなく、ましてや精霊魔法でもなく、あのカエルの巣があった古代遺跡でも使用した空気を圧縮すると温度が上がる原理を利用して着火しただけの事だ。
だがエクレアさんとリオネラさんは、目に見えて狼狽した。
ふっふっふ。
実際はただめちゃくちゃ魔力効率の悪いライター魔法だが、この見た目のインパクトは砂嵐や霧の森よりも上だろう。
幽霊とばったり遭遇した幼子のような二人の顔に気を良くした俺は、手に持ったまま燃えていた杉の小枝をぽいっと足元に捨て、右手をかざしながらいい感じに風を送り込みつつ、思いつくままにこんな感じでさらなるはったりをかました。
「四大精霊が一柱、レ・シルフィ……。自由の乙女よ。勇なる戦士サラマンドルと連環し、古の業火で輪廻の刻を廻せっ」
送り込んでいる風の影響で杉の木の下に溜まっていた枯れ枝はみるみる延焼していく。
ぱちり、ぱちりと乾いた杉の実が爆ぜる音が響き、あたりに針葉樹を燃やした際特有の香ばしい匂いが一気に充満する。
十分に火力が出たところで俺は両の手を鷲のように一息に振り上げ、燃え盛る杉の葉を宙へと舞い上げた。
はてさて炎と風魔法の相性は――
「すべてを地に還せ。複合精霊魔法――赤壁」
◆
「キャティ……」
庶民の着る平服を着て一般観覧席に紛れ込み、食い入るようにモニターを見ている悪童に、怪童は小さく声をかけた。
こちらは砂漠の民が着るような、全身を覆うロングスカートタイプの羊毛服で体のシルエットを隠している。
悪童……即ちキャスティーク王子は、深く息を吐いて首を振った。
「…………あぁ。たとえツラを隠していたって、俺があの人を見間違える訳がねぇ。あいつは……アレン・ロヴェーヌの正体は……『マッドドッグ』だ」
普通に考えればマッドドッグの正体がアレンなのだが、探索者レンを崇拝している悪童からしたら逆なのだ。
この二人は当初、昇竜杯を観戦するつもりは無かった。
だが今朝になって妙な手紙が届いた。
『マッドドッグの正体は、アレン・ロヴェーヌ』
とだけ書かれており、ご丁寧に昇竜杯の観戦チケットが添えられていた。
どこの誰が差し向けた物かは分からないが、差出人はどうせ碌なものではないだろう。
だがその内容は無視できるものではなかった。
キャスティークは決して馬鹿ではない。
レンが他国の騎士団員であった以上、その目的として真っ先に疑うべきは内部から帝国の崩壊を狙った謀略だろう。
理性の部分では、その可能性も捨ててはいない。
だが――
面と向かって対峙したキャスティークには、直感の部分では『そうではない』という確信があった。
相手には自分を籠絡し、仲を深めようとする気配は一切と言っていいほど無かった。もっと言うと、目的すら感じられなかった。
――ただ自分に会いに来た。
あらゆるリスクを許容して、正体がばれるのも厭わず拳を交わしにきた。
一体何のために?
その理由までは、キャスティークには分からない。
キャスティークは、一歩俯瞰した場所からその姿を目に焼き付けた。
『……すべてを地に還せ。複合精霊魔法――赤壁』
アレンがそう言って炎の渦を身に纏うと、会場は再び激震した。
キャスティークは知らず知らずのうちにその口角を上げ、その拳は震える程に握り込まれている。
その事に、兄の怪童だけは気が付いて、その目を僅かに細めた。





