1-06 蜥蜴人は上も下も右も左も二刀流!
「人類は繁栄の後に、誰も彼もが結婚という不自由な選択肢を選ばなくなってしまったので滅んでしまいました!
それから何万、何十万と歳月が経った後には、新しい種族達が地球に台頭します!
人類と同等に賢い頭を持つ私達は、数々の遺物を有効活用して瞬く間に人類の文明とそのおバカな歴史までをも再現しました!」
「要するに、俺達もバカって事だろ。もう聞き飽きたよ」
「はい! そうです! 私達はバカなのです! バカはバカなりにバカらしく、各々ハッピーに生きていればいいのです!!
ですが! そんな単純な事ですら阻んでくる大バカがいるのも確かですので、それを貴方に殺して貰いたいのです!!」
「へいへい。報酬は?」
「雄と雌、どっちが良いでしょうか!」
「今日の気分は雌」
「種族はどうしますか!?」
「狼の女王様で」
「私も参加して良いでしょうか!?!?」
「オーケー」
「やったあ!!!!」
蜥蜴人が目が覚めると、隣で狼人が寝ていた。
大柄な、深海のような深い蒼の鱗に覆われた蜥蜴人と、同じく大柄で、夕焼けを彷彿させる紅の毛皮に覆われた狼人。
共に裸で、イカ臭かった。白いものが薄くこびりついている鱗。カピカピに固まっている毛皮。
そして共に全身に鞭で打たれた痕があった。
「…………シャワー、浴びるか」
昨日、蜥蜴人が仕事として引き受けた暗殺。
それを無事終えた後の、報酬としての最上級SMプレイ。依頼人である狼人も交わってのそれはもう、女王様が引くくらいに盛ったものだった。
豪華なホテルの一室。
大きく欠伸と背伸びをしながらシャワールームに入ると、手紙があるのに気付いた。その蜥蜴人に良く暗殺の依頼をしてくる公的機関からの封蝋も為されている。
「えぇ……連日かよ」
つい呟きながら、その中身を確認すると、真っ先にその一文が目に入ってくる。
〜暗殺対象: 紅狼・赤木紅葉〜
隣で寝ていた狼人の名前だった。そして、彼はその公的機関に属しているはずだった。
「え、あ、はぁ……?」
何のおかしいところもない。剥がした封蝋を眺めてみても、いつもの通り。
ただ、暗殺する理由も書かれておらず、報酬ばかりはいつもより遥かに高額であり。
それがまた、この暗殺依頼が本物であるという事実を示しているようだった。
「私の暗殺依頼でもありました!?」
いつの間にか起きていたその赤木が、シャワールームの外から声を掛けてきた。
相変わらずの元気一杯な声。
「……お前、何かしたのか?」
「世界の真実ってものを知ってしまいましてね!」
「は?」
「それはですね!」
「嫌だ! 聞きたくない!」
「私が常々青木様に言っていた事でございます!」
「…………え? ……それってもしかして、俺達が旧人類とやらの歴史を繰り返してるってヤツ?」
そう言う仮説もあるんだなー、としか思ってなかったんだけど!?
「それがバレてしまうと、各国の政治への信頼が一気に崩れてしまうようでして!」
「……ちょっと理解が追いつかないんだけどさ。
まずさ……俺にそれを話してたのと、それから今回の乱行に入りたいって言ったのって」
「そうです! 保身です!」
「あっけらかんに言うなよ……」
「そして秘密を知っている青木様もきっと外を出たら敵だらけでしょう!」
「こんのチワワンコロがぁ!!??
そこまで言って俺を巻き込んだなら、何か策はあるんだろうなァ!?」
「……8時きっかしにこのホテルを爆破するようにしています! 綿密に計算しましたので、私の先導があれば下水道まで辿り着けるでしょう!」
なんか怒気が混じったな? いや、それよりも!?
「この30階建ての歴史溢れる高級ホテルを? マジで言ってるお前!?」
「マジでございます!」
「え、ええ……あ、いや、そうだ、今の時間は?」
時計をちゃんと見た訳じゃないんだが、嫌な予感がする。
「7時57分です!」
「シャワー浴びる時間も無えじゃねえか!!」
「どうせ下水臭くなります!」
「ふざけんな馬鹿野郎ォ!!!!」
シャワールームを飛び出せば赤木はいつの間にかしっかりと、どこかに隠していたような戦闘服を着込んでいて。
俺もカピカピ、ヒリヒリとした感覚を全身に纏わせたまま脱ぎ散らかしていた仕事服を急いで着る。
最後に尾の先に棘付きの鉄球を装備した後。
「こちら、得意の暗器です!」
いつから準備していたのか、俺の良く使うような得物すらも手渡してくる。
「……」
無言で受け取って、各所にしまい込む。
「それでは蒼龍・青木空海さん! これからよろしくお願いします!!」
ガスマスク越しのくぐもった声。防護服で覆われた尻尾が未だにブンブンと振るわれており、こいつは明らかにこの状況を楽しんでいた。
「お前、利用価値無くなったらぶっ殺すからな!?」
「ご心配なく! ルートは百も策定していますので!」
残念というべきか何というべきか、こいつクソ優秀なんだよな!
そして8時きっかしに爆発音がそこら中で響いた。
……マジのマジにやりやがったこいつ。
きっと何百億とかするであろうホテルの至るところから爆音と地響きが迸り始める。
「さあ行きますよ! ここからはスピード勝負です!」
「あーもう! こん畜生が!」
ドアを蹴破れば、驚いた客達が外に飛び出してきていて……その手には銃器やらが漏れなく握られていて……俺の舌から感じられる臭い、殺意は紛れもなくこちらに向けられていて……。
「一つくらい嘘入ってるって思ってたんだけどな!?」
そう言ってると、赤木が客……敵に容赦なく銃をぶっ放す。俺もそれに続いて暗器を投げつけた。
「こちらです!」
そう言いながら、赤木は非常階段を通り過ぎ……何もなさげな壁を蹴り飛ばすと、どうしてか穴が空いた。
途端に生臭さが舌に届いてくる。
「……使われなくなったダストシュート?」
「ご明察!」
「俺の分のガスマスクまで用意しておいて欲しかったかなぁ!?」
「私より高性能で生命線の舌を塞げる訳ないじゃないですか!」
図星だが、図星なんだがさぁ!!
赤木が先にダストシュートを降りる。
いつの間にか手摺りにロープが繋げられていて、顔を近付けると嫌な臭いがより濃くなって、でも敵もやってきていて。
「あーもー!!」
意を決して俺もロープを掴んだ。
するするするする……。
腐乱臭がっ! 気持ち悪りぃ! 一気に胃液が飛び出して来そうだ! クソクソ……ん?
…………いや、今、何見えた? 壁に信管付きのプラスチック爆弾……。
「こっちに逃げたぞ!」
上から声が。
ピッ。
下から想像に難くない操作音が。
「3秒後に爆発します!」
「降りてる途中だ馬鹿ヤローーーー!!!!」
着地して走り出した直後、爆音と煙に吹っ飛ばされた。
*
ダストシュートからホテルの地下へ、そこから下水道に侵入し、移動してから表に出る。
そのすぐ近くの赤木の隠れ家に、さっと入った。
ボロアパートの一室。
下水塗れの全身をシャワーで洗い流し、仕事服は漂白剤にぶちこんだ。
ただ、下水に毒された舌はまだひん曲がったままだ。
「……はぁ。食い物はあるか? 腹減った」
「保存食だけですが! あ、一応右にずれてもらえます? ……はい、そこあたりで大丈夫かと」
「……?」
言われた通りにしてから、赤木が目の前の押し入れを慎重に少しずつ開くと、罠として銃が設置されていた。
それを取り除くと、中には食料から武器までたっぷりと。
「お前……いつから準備してたんだ?」
「これは趣味です!」
「趣味、ですか」
「青木様も一つくらいは隠れ家を持っているのではありませんか!?」
「否定はしねえけどさ」
昨日なんて腰を掴まれて尻尾ブンブン振ってたというのに、こいつの中身はどこまで行っても隙が無えというか、ヤバいものでも詰まっていそうな。
「あ、カロリーメーカーならプレーン味で頼むわ」
「この前販売終了してしまいましたね!」
「……え? 買い溜めしておきゃ良かった」
「次はバニラ味だそうで!」
「無駄にフレーバー付け加えやがって……。何にせよシンプルなのが一番美味いって結論になるだろうが」
「私はチーズ味が一番好きですね!」
俺に一番合わない味なんだが。
カロリーメーカーを数箱と共に、赤木は二つ、特徴的な金属の箱を出して来た。
「お前、んなもんまで……」
「さて! これからに関してですが。
私達がこの状況から手っ取り早く脱するには、このアタッチメントが使えますね!」
アタッチメント。
無骨な名前のそれは、その名の通り、人に機能を付け加えるものだ。
毒物を食えるようにする、五感を強化するといった代物から、珍しいものだと炎を吐けるようになるだとか、翼を背中から生やすだとか。
そして、人の様相をがらっと変えてしまうものまである。
ただ、それそのものがかなり貴重な代物だし……。
「俺に適合するヤツも持ってんのかよ」
「ええ! 青木様のこれは擬態能力を加える代物ですね!」
「カメレオンになれと」
「……私のに比べたら良い代物ですよ! 私、狼人から犬人になるようなものしか見つけられませんでしたから!」
珍しく空元気っぽい声だな?
「犬人? 種類は?」
「……」
「聞こえないぞ」
「…………チワワ」
「っ……ぶふ……っ、いや、御愁傷様っ……」
「なので私にとっては最終手段なんです!」
まあ、逆だったら俺もブチギレてるけどな。
ピピピピピ!
部屋の中から唐突に電子音が鳴った。
「何の音だ?」
「誰か近くに来ているようですね! 隣人かもしれませんが!」
外を覗く。
「……なあ、赤木。お前、まだ何か隠してねえか?」
「……何故でしょう?」
「やって来ている奴等の中に、俺が過去捕まえた奴が居るんだよ。テロの共謀者だ。
国がやっている事としては流石におかしいし、ホテルからかなり距離を取ったのに、特定されるのが早過ぎる」
「えっ……?」
カロリーメーカーを口に全て放り込みながら、振り返る。赤木は銃と弾丸を早速手渡して来た。
訳が分からないというような顔をしている。
嘘は吐いていなさそうだが……。
「んぐんぐ、ごく。……ま、何にせよ突破してからだな」
「……そうですね……?」
渡された防弾チョッキを着込んで、多少臭いのマシになった暗器も幾つか手に取る。
外を覗くと、飛び降りて仕留めるのに丁度いい場所にその犯罪者達が居た。
「それじゃ、中は頼むわ」
「えっ、あっ!」
ガァンッ!
「ぶべっ!?」
「防弾ガラスなんです、それ」
「……先に言え」





