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1-24 『カノン』の生態観察レポート

 朔暦1108年2月に飛び立った『ムーティヒ銀河探査隊』が惑星エルストにて未確認生命体の卵を回収することに成功したとのニュースが入ってきました。彼らはその卵に『カノン』と名付けたそうです。その『カノン』を孵化させようという計画が、新たに建設された人工衛星『フォルセティ』で行われることが決定しました。現在、会見がされているとのことで、中継です。


「報告の通り、神秘的なこの卵を我々は見つけ出した。初めてこの卵の孵化に成功させたとしたら、誇るべき出来事として歴史の1ページに刻まれるとは思わないか?ろくでもないと言ったのは誰だ?不躾なことを言ったのはどこのどいつだ? 」

 

 中継の途中ですが、速報です。『グランツ銀河探査隊』が移住が可能な惑星を発見したとのことです。




 僕はレポートを残すことにした。いつかの選択のため。

【 このノートで15冊目になるわけだが、そもそもこの『カノン』と名付けた黒い卵を観察することとなった発端と経緯が全く記載されていないことに気付いたので今更だが書いていこうと思う。



 始まりは、我々『ムーティヒ銀河探査隊』の8番目の探索先となった惑星・エルストに着陸して11日目、広大な砂丘にて金色の毛むくじゃらと出会ったことからだった。その5mはあるであろうキラキラと輝く毛玉は、我々探査隊に気付くとこちらに近づかせまいと大きな咆哮で威嚇してきた。ものすごい大きな図体の獣相手だ、一瞬怯んだが隊長の喝により気合を入れなおし、我々6名は総攻撃を仕掛け、その化け物を倒すことに成功した。


 犠牲者を1名出してしまったものの、得るものは大きかった。金色の毛玉の死骸に近づければ、2m近い大きく黒い楕円状の何かを大きな図体の陰に隠していたのを見つけた。即座に、この黒いものがなんなのか調べてみれば、それは少し熱を発し、そして、脈を打っていることに気付いた。生きている。もしかしてこれは、先ほど殺した毛むくじゃらの卵なのではないだろうか。もし、孵化に成功させたとしたら? 飼育出来たら? 調教させ、意思疎通が出来るようになったら? 様々な可能性を秘めた異星の生命体は、研究材料として調査対象として申し分ないものだった。上の人間に通信報告をすると、その神秘的な卵と異星生物の死体を研究するための専門施設として新たに我々専用の人工衛星を与えられた。とても光栄なことだ。我々は上の方々に、祖国母星に大きく貢献したと認められたのだ。これは末代までの誇りとなるだろう。


 隊長は研究対象となった死体に『フーガ』、卵に『カノン』と命名した。死体や卵に名前を付けるなんて何だか変な感じだが、こういった報告等に必要だったのだ。それにしても隊長は音楽が好きとは意外だった。普段そう言った様子を一切見せないから、趣味を持たない仕事人間だと決めつけてしまっていた。決めつけはよくないな。先入観は時に大きな過ちへとつながる。柔軟な思考で一つ一つに向き合う必要がある。まだまだ我々は大きく進歩できるはずだ。 】





「こんなところにいたのか、『モーント』。そろそろおくすりの時間だよ? 」


 少年は慌てて読んでいた本を閉じ、そして、おそるおそる静かに後ろを振り返る。その怯えた大きな青い瞳には僕の姿が映っていた。


「何をそんなに怯えているんだい?僕はただ、姿の見えなくなった君を心配して探しに来ただけだよ? 」

「あの……、その…… 」


 彼は自分のやってしまった罪に気付いているらしい。さて、これからどう動くのだろうか。僕の胸は好奇心で胸がいっぱいだった。

 

「……勝手に鍵を借りてココに入ってしまって申し訳ありませんでした 」


 震えながら頭を下げる彼の姿に僕は首を傾げた。おかしい。何故、彼はそんなことに謝っているのだろうか。


「あの……、『ケプラー』様?僕への処罰はどうなるのでしょうか 」

「処罰?なんで? 」

「なんでって、ココは入っちゃいけないって言っていたから…… 」


 彼の言葉にようやく僕は理解した。そういえば、昔、彼らには書庫への入室を制限していたのだった。おそらく彼はそのことに対して罪の意識を抱き、僕がそれに対して怒っていると思っている。けれど、僕は疲れるのが嫌だから、そんな小さなことで怒らないのに……。


「そんなことでは怒らないよ、『モーント』。だって、君は知識に対して貪欲な子だ。いつか書庫を利用する時が来ることは想定済みだよ? 」

「でも、前に書庫に入るんだーって言った『ナハト』は行ったまま帰ってこなかったから…… 」

「『ナハト』、あぁ、あの活発的だったあの子か。そうか、あの子は本とか興味なさそうだったが、ココに入ろうとしていたのか。知らなかった 」

「え、『ナハト』はココに入った罰で戻ってこなくなったんじゃないんですか! 」


 彼らの中でアレがどういう存在だったのかは知らないが、正直に話すと少し面倒そうだ。


「あの子は勝手にラボの外へと出ていってしまったんだ。決まった時間におくすりを処方しないと君達はどうなってしまうか、知ってるよね? 」

「呼吸が出来なくなって、動けなくなる…… 」

「そう、僕はあの子がいないことをすぐに気付けなくてね。今でも見つけられていないこと、本当に申し訳ないと思っているよ。だからこそ、今、こうして、おくすりの時間が近付いたら、みんな揃ってるか確認しているんだよ。もしも、君のことを僕が怒るとしたら、時間に食堂にいないことだし、そして、今、僕は怒っているのではなくて心配していたんだ。わかってくれたかな? 」


 彼は俯きながらもコクリと頷いた。そして、手に持っていた本を僕に渡すとゆっくりを立ち上がり、廊下へと繋がる扉の方へ歩き出した。


「この本はもういいのかい? 」

「うん、もう大丈夫です……。あの、こういう、なんて言うか意味不明なことがたくさん書いてある雑なSF小説じゃなくて、ラボの歴史というか、僕達の先輩の生い立ちみたいなのがあれば、読みたいなって。それで、ココのこととかもっと知りたくて…… 」


 僕は小さくわかったと答え、くせのある黒い彼の髪をくしゃくしゃと撫でた。そして、本を片付けてから行くと彼に告げ、先に食堂へと向かわせた。


 僕はその手に持っていた本を仕舞う前にパラパラとめくった。


【我々の人工衛星にたくさんの移住者が来た。少し難のある性格をしているが優秀な頭脳を持った学者達らしい。そんな人材をこちらに送ってきてくれるなんて、かなりこの生態研究に期待してくれているということだろう。 】


【隊長が死んだ。いや、骨と皮だけの存在になって、死んでいた。比喩ではない。かろじて人型で倒れた骨と皮だった。原因はわからない。施設内では大きな混乱が起きた。 】


【また、骨と皮だけの死体が出たそうだ。もはや、日常だ。とある学者は『カノン』が怪しいと騒いだ。何を馬鹿なことを言っているのだろうか。『カノン』は我々の研究対象であり、擁護すべき尊き卵だ。この子は俺の大事な子供だ。 】


【また醜い人間たちが争っている。争うくらいなら、とっとと俺らのラボから出ていけばいいのにね、そう思うだろ『カノン』。君の温かい鼓動を感じる時だけが唯一の俺の癒しの時間だ。 】


【今日、仲間だと思っていたフランツが、『カノン』、君の殻を割って殺そうとしたんだ。俺が気付いた時には何処から持ってきたのかわからない斧のようなものを振りかざしていた。あの時はびっくりしたけど、君はやっと生まれてきてくれたね。7年待った俺に見せてくれたその姿は想像を上回って、とても美しかった。金色の柔らかい髪、大きな銀色の瞳の人型の君。気付けば、フランツは骨と皮だけの存在となっていたけど、いつものことだ。フランツは君を害そうとしたから天から罰を受けた。ただ、それだけだ。 】


【君は俺の子供だから、『カノン・ケプラー』なんだよと教えた。愛おしい、この壮大な宇宙が残した奇跡の子、『カノン』。俺、リヒト・ケプラーは、君のパパで、君の一生の味方でいると伝えた。 】


 本、いや、冊子としてまとめられたソレを本棚に戻しては次の記録が残された冊子を取り出して大好きだったパパの残してくれた記録を眺めた。これらは、愛すべき、パパの記録で記憶。そして、僕は、今、このラボに残された道具からパパと同じ生命体を生成し、一緒に生活、観察をしてレポートとしてデータに残している。


 そう、今、君が見ているこのデータは、僕、『カノン・ケプラー』がパパの真似をして『こどもたち』を育成、観察記録を記したものだ。もしかしたら、ただのデータとして誰の目に触れられないまま終わるかもしれない、意味のないもの、空想物語として片づけられるかもしれない。けれど、『こどもたち』が、もしもコレを見て理解してしまうようなことがあったら、どういった反応を示してくれるのだろうか。喜ぶかな、それとも混乱するのかな。怒って僕を殺そうとするのかな。


 いつかの『こどもたち』の選択に好奇心で高鳴る気持ちを胸に抱え、僕はパパの残した最後の冊子を眺め終えて本棚に仕舞うと、彼らの待つ食堂に向かった。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い設定で話も引き込まれましたが、一話で完結していると部分があり、一話で満足できてしまいました。 [一言] 読ませて頂きありがとうございました
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