1-23 乙女ゲームの『推し本人』に転生――って、それ意味あるゥ!?
乙女ゲームの推し本人(男子)に転生してしまった少女と、ヒロイン(女子)に転生してしまった少年の、性別がややこしいラブコメ。
◇
乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時、頭を抱えた。転生先が最推しの攻略対象だったからだ。
推し本人に転生したら、彼と恋愛するどころか出会うことすらできない。何より大好きなキャラクターが世界から消えてしまった。
「こうなったら演じてやるわ! 私がライリー様の存在を守る!」
ライリーとして生きようという決意を胸に、ゲームの舞台である学園に入学するも、ヒロインも原作とは違っていた。自分を僕と呼び、下ろしていたはずの長い髪をポニーテールにしていた。
「切っても剃っても翌朝にはこの長さまで伸びてるんだ。仕方なく結んでる」
「ホラーかよ」
「ホラーだよ」
ゲームどおりにイベントを進めたい少女と、自由に生きたい少年は、ぶつかりつつも恋をする。
神様は意地悪だ。
情け容赦もなければ慈悲もない。もしくは私のことが大嫌いなんだろう。
そうでなければ私を、大好きな|乙女ゲームの最推しキャラ《ライリーさま》本人に転生なんてさせないはずだ。
前世で歩道橋から転げ落ちて死ぬ間際に、どうせならライリー様のいる世界に転生したいと願った。
確かに願ったけど。
それは『ライリー様とヒロインの恋愛を影から眺めたい』とか『あわよくばライリー様と仲良くなりたい』とか『できたらできたらライリー様とラブラブになりたいなあ!!』とか、そういう素直な欲望から出てきた願いであって。
断じて――推し本人に転生したいとは願ってない!
だって、推し〝本人〟に転生して、一体何ができるっていうんだろう?
彼を影から見守ることはできないし、話すこともできないどころか出会うこともない。せいぜい鏡の前で大好きな顔を眺めるのが関の山だ。
しかも私が入り込んだせいで、ライリー様の存在が消えてしまった。
ああ、愛しのライリー様。
いつでも自信家な、伯爵家の次男坊。多少尊大なところはあるけれど、その自信は隠れた努力に裏打ちされたものだ。
理不尽な相手には真っ向から立ち向かい、か弱い女の子にはすごく優しい。照れると可愛いし、彼の攻略ルートに入るとめちゃくちゃ甘やかしてくれる。
そんなライリー様がこの世界から消えてしまっただなんて! 神様はあんまりだ!!
前世の記憶を取り戻してから十日間、強いショックで寝込み、熱に浮かされた頭で、私は決めた。
この先ずっと、ライリー様というキャラクターを演じようって。
ライリー様の存在は――私が守るんだって。
◇
前世の記憶を取り戻してから、はや十年。
私も十五歳になり、ついに入学式の日がやってきた。
「ゲームの期間は一年間……絶対、ぜっっっったいにボロを出さずに全部のイベントをこなしてやるんだからね」
周りに聞こえないよう小声で気合を入れた私は、目の前に佇む大きな建物を見上げる。
煉瓦造りの美しい校舎はゲームのオープニング画面で見た静止画像そのままで、これからの不安よりも、大好きだった世界に本当に入り込んだという感動が勝った。
校舎に伸びる並木道は満開の桜に彩られている。風が吹くたび花びらが舞うので、視界は淡いピンク色に霞んで見えた。
並木道を歩いていくのは真新しい制服に見を包んだ若い少年少女たち。その背中を眺める私も新入生の一人だ。
ブレザーの上着は胡桃色。焦茶色のラインと校章が刺繍されている。チェックのズボンも刺繍とおそろいの色合いで、すごくお洒落だ。ライリー様の赤いツンツン髪にもよく似合う。
家に届いたばかりの制服を試着した時は、『ああっゲームそのままのライリー様が目の前に!』と興奮してしまって、鏡の前でいろんなポーズをとっていたところを妹に見られてしまった。
冷たい視線にだいぶ居たたまれない思いをしたけれど……大丈夫。テティはゲームに登場するキャラクターじゃない。
ライリー様らしくない姿を彼女に見られたくらいは誤差だ。たぶん!
さて、ヒロインはいつ登校してくるかな。
ゲームにおける最初のイベントは、この並木道での出会いだ。風に飛ばされたアイリスの赤いリボンをライリー様が拾ってあげる。それで『これ、お前の?』って聞くんだ。
この日のためにしっかりセリフを練習したし、リボンをキャッチする鍛錬やイメージトレーニングも怠らなかった。私ならきっと演れるはずだ。
緊張で汗ばむ手を握り、あたりを見回す。
彼女の薄ピンク色の髪は桜と同化しそうだから、見落とさないよう気をつけなきゃいけない。
でもゲームにピンク髪のキャラはアイリスだけだったから、遠目でも色で判別はつくだろう。
「おっ、いたぞ――あれ?」
探し始めてすぐに、ピンク髪の女の子は見つかった。彼女は並木道の端を早足で歩いている。
でも、変だな。確かに髪はピンク色なのだけれど、私が知っているアイリスとは違う。ゲームのアイリスはゆるふわウエーブの髪を背中に下ろし、サイドの髪を三つ編みにしていた。
なのに私が見つけた女の子は髪をポニーテールに結い上げている。
髪を結うリボンは赤いし、背格好も似ているけれど、印象が全然違っていた。
あれ? え? 誰??
顔をよく見ようと近づいた時、風が強く吹いた。
彼女の頭からリボンがするりと抜け出して、空に舞う。反射的に駆け出していた。
自然につかむにはちょっと遠いな!
高く舞い上がったリボンめがけて、地を蹴った。必死で手を伸ばし、リボンの端っこを捕まえる。
「よし、取ったあっ!」
「うわっ」
リボンしか見ていなかったせいで、私と同じように手を伸ばしていた女の子と正面からぶつかった。うまく着地できずに彼女の上に落ち、尻餅をついた女の子の上に倒れるような体勢になる。
顔を上げたら、見覚えのある真っ青な目が私に向けられていた。
リボンが解けて下りた髪はゆるやかに波打っている。大きな丸い目の上には長いまつ毛が並んでいた。
――やっぱり、アイリスじゃん。
ゲーム画面で何度も見た女の子が目の前に座っている。知っている顔がそばにあることにほっとして、同時に記憶の印象と重ならないことに混乱した。
ゲームでのアイリスの印象は、おっとりした優しい女の子。でも目の前の少女は不愉快そうな顔で私を睨みつけている。
「あっ、ごめん」
リボンを握りしめたまま、慌てて身を起こす。
落ち着こう。私の目的を思い出そう。
偶然飛んできたリボンを拾うのではなく、必死につかみ取ってしまったけれど、ここから強引にイベントに戻そう。
「これ、お前の?」
台詞は完璧だった。声の低さ、速度、イントネーション。練習してきたそのままのイメージで口にできた。リボンを差し出す手の角度もバッチリだ。
でも遅れて立ち上がったアイリスは、面倒くさそうにため息をついてからそれを受け取った。
「どうも。でも最初に言っておく。僕は君と恋愛する気はない。教室でも話しかけないでくれ」
「……は?」
え? 待って? そんな選択肢あった??
いや、ない。出会い頭にフラグを叩き折るような選択肢は絶対になかった。
ヒロインの選択肢は『ありがとうございます』か『そうです』の二択だ。どっちを選んでも同じ展開にしかならない、ルートに影響のない選択肢。
しかも彼女は〝僕〟って言った。アイリスの一人称は〝私〟だったのに!?
仏頂面でさっさと髪を結び直した女の子は、私のことを見もせずに校舎に向かって歩き始める。
おかしい。いくらなんでもおかしい。
考える前に足は彼女を追いかけ、手は彼女の肩をつかんでいた。
「ちょ、あんた誰よ!?」
「……えっ、なんでライリーが女言葉?」
アイリスの顔をした誰かが振り返り、彼女の目が大きく見開かれた。
まだ私は名乗っていない。なのにライリー様の名前を知っているということは、つまりそういうことだ。
他人の心を読む力なんてないけれど、きっと私たちの気持ちは同じだっただろう。
彼女もこう思っていたに違いない。
――お前も転生者かっ!!





