1-21 復幻師
300年前に人間が絶滅した世界。
アンドロイドたちは人間風の生活を楽しんでいた。
唯一、想像ができない彼らはエンタメ不足に。
あるキッカケで、感情シナプスにエラーがある個体なら、過去のデータから似た作品を造りだせることが判明。
今は過去の監視カメラ映像から映画やドラマを造る復幻師という職業ができ、彼らの映像作品が最新の娯楽となっている。
ROMAは復幻師となって2ヶ月の男性型アンドロイドだ。
ROMAは人間だった記憶がある。その記憶は14歳まで。自殺したからだ。
どうして自らを殺したのか知りたいROMAの元にREINというアンドロイドが現れる。
REINも過去人間だったと告白した上、さらには“ROMAの死因”は他殺だと言い出した。
REINと交換条件で始まった死因の復幻。だがそれは、人類史上最大の連続殺人鬼“コピーパペット”へと繋がっていく──
私は、ROMAの部屋が大好き!
少し広めのワンルームをレトロなビーズのカーテンで仕切ってあるのがお気に入り。ベッド側の壁には映画のポスターやミュージシャンの写真が貼ってあって、見る限り、ROMAは間違いなく私と同じイケおじ好き。
リビングはカラフルなクッションが敷き詰められてて、めっちゃかわいい。服はカジュアルだけどロックなテイストも多くて、コレも好き!
だから、私は製造番号を捨ててROMAと名乗ってる。だって、ROMAの部屋に住んでるし。
私はROMAのクローゼットから、黒のワンピースを取りだした。
180㎝の男性ボディの私が着ると膝丈になるのが残念。だけどシルエットがやわらかくて、角張ったボディを誤魔化してくれる。首には赤いストール。これで尖ったあごと喉が隠れていい感じ。
人造植物に意味のない水やりをしてから、黒の編み上げブーツを丁寧に履いて、姿見を見た。
ロングの黒髪を姫カットにしたのは正解だった。赤いストールがよく似合う。
淡い桃色のグロスを小指でひいて、流行りのサングラスと黒の革手袋をはめて、私は黄色のクソ重い鉄のドアに手をかけた。
監視カメラデータールーム に行く前に、コーヒーショップに寄ろうかと、サングラスの端で時間を確認しつつ鍵をかける。
ドアノブを回して鍵がかかったか確認する私だけど、その度に笑っちゃう。
だって、真っ赤なスプレーで、ドアにROMAって、雑に書かれてあるんだもん!
……正直、このROMAがローマなのか、ロマなのか、はたまた悪口だったのか、私はなーんにもしらない。
ここの住人はもとより、人類は300年前に絶滅してる。
今はAI搭載アンドロイドが、この世界の頂点だ────
「おはようございます、ROMA。また110階から階段ですか?」
「おはよ、bluebird。だって映像解釈、はかどるんだもん」
彼はこのタワマンの管理人。
白い前髪の中央を青に染めているからbluebirdって私は呼んでる。みんなは70号って呼ぶけど、イケメンにその呼び方は失礼だっての!
「ROMA、膝を故障します」
「製造されてまだ2ヶ月だよ?」
「早め早めがいいんです」
さっと屈み、私の膝に手をかざす。スキャンをしているようだ。
「いつもありがと」
「いいえ。僕はここの管理人ですから」
立ち上がると、bluebirdはつけたした。
「ROMA、メモリーストッカーに浸るのは危険です。寿命を縮めます」
「過去の私を知ったらやめるってば」
私は、過去、人間だった──
そういうと、みんな、メモリーバグだといって大笑い。
でも、過去の私はここではない街に住み、流行りの服を着て、学校にも行って、彼氏ができたり友だちとケンカしたり、毎日何気なく過ごして、楽しんで……
……自殺した。
14歳だった。
この2ヶ月で、14歳という年齢がどれほど幼いかは、メモリーストッカーの映像から学んでいる。
だから余計に、私はどうして私を殺したのか、ずっと考えている。
私視点の映像記憶しかないから内面理由まではわからない。
事故や病気への絶望で死を選んだなら、まだ納得できる。
けど、全て満たされていた私が、自分で死んだのはどうして?
私は理由が知りたくて知りたくて、しかたがないのだ。
「ROMA、無理は禁物ですよ」
乱れた髪をそっとなおしてくるbluebirdに、私ははにかんでしまう。
彼は、私のボディが男でも、女として扱ってくれる。
仮にこれが彼の感情シナプスの異常行動だとしても、イケメンに優しくされて嬉しくない女子はいないと思う!
「じゃ、行ってくるね、bluebird」
「いってらっしゃい。僕も、すぐに行きます」
──この街は、NIPPONの首都・TOKYOにあるSHIBUYAだったと、記録には残っている。
現在は、通称SIBYと呼ばれ、ここには感情シナプス異常のアンドロイドが住んでいる。
通常、エラー個体は廃棄される。
だが、彼らにしか造れないものがあることが80年前、判明した。
擬想像 。
AIは0から1を創り出せないうえに、指示をだされなければ1を2にすることもできない。
だがエラー個体たちは、自身の意志で、1から2を造りだすことができる特殊個体だったのだ。
彼らは 復幻師と呼ばれ、他のアンドロイドたちからは羨望の存在だ。
現在は監視カメラ映像から、映画やドラマを造りだし、アンドロイドのエンタメ欲求を支えている──
私はモーニングのコーヒーを買おうと、コーヒーショップへ入る。
『おはようございます、ミスター。ご注文は?』
浮いたボールから電子ボイスが響く。
ボディスタイルから識別された呼び方に毎日不機嫌になりながら『いつもの』も通じないため、私はできるだけ早口で呪文を唱えた。
「ベンティサイズホイップアドチップウィズチョコレートソースウィズキャラメルソースマシマシ、ホットで」
『かしこまりました』
盛り盛りのコーヒーをスティックで乱暴に混ぜて店を出る。メモリーストッカーはここから歩いて5分の高層ビルだ。
上唇についた甘いクリームをべろりと舐めて自動ドアをくぐれば、廃棄されればよかったのにと思う、ゲロ個性の塊が闊歩している。
今、SIBYにいる復幻師は17体。世界で見ても1000体もいない。
それもそう。長くて3年程度しかメモリーが保たないのだから、復幻師の世代交代は早い。
……いた。一番奥のストッカーを今日も陣取ってる。
殺人事件の映像ばかり眺めている金髪縦巻きロリータの変態美少女。
新顔だけど、スプラッタ映画でも造る気?
服が昨日と同じだ。もしや、着替えるって概念がない?
「ROMA、励むねぇ。……あ、奥のか?」
電子タバコの煙を吐きながら、上半身タトゥーまみれのこの男は、製造番号をモジってイーサンと呼ばれている。1が3つ並んでいるかららしいけど、なんとも安直。私も人のこと言えないけど。
「コード、焼き切れそ」
「切れるんじゃね? アイツ、帰ってねぇみたいよ?」
休みなしの検索は熱暴走の危険がある。それは人間で言えば脳卒中。アンドロイドなら即死行為だ。
だいたい起動72時間以内に映像を造らなければ廃棄処分となるのに、あの子は映像を造ってるのだろうか?
確かに、私も起きた最初は右も左もわからなかった。
……よし、先輩風を吹かせてみよう。
甘いクリームを追加でべろりと舐めて、少女の横につく。
「ねえ、君、起きてから何時間経ってんの?」
「オレ? えっと、……70時間ぽい」
72時間しか刻まない腕時計がつきつけられた。
今、71時間になった。
残り、1時間……?
「ちょ、ちょっと、あと1時間じゃん! それで復幻できんの!?」
「別に。起動が停止するだけだろ?」
少女は大袈裟だなと、大きく肩をすくませるが、
「全身引きちぎられるけど」
「そりゃすげぇ。文字通りの強制終了だ」
少女はイスから私を見上げて、鼻で笑う。
「オレ、人間だったから死んだの体験済みでさ。そういう死に方もアリかもね」
少女の椅子がくるりと戻る。
だが私がその椅子を再びくるりとこちらへ回した。
「あんたもメモリーバグって言うの?」
「ちがう。ちがうちがうちがう! ……私も、人間の、メモリーがある、から。あるの」
少しだけ驚いた顔をしたけれど、へぇとだけいって、また体を戻してしまった。
そんな彼女が再生を始めた映像だが、どうも見覚えがある。
……ビーズのカーテン、イケおじ趣味まるだしの壁、カラフルなクッションたち──
「この女の子、君とおんなじ服着てる。丈違うけど」
話しかけるのも無視して見入った映像の女の子は、くるぶし丈のスカートを翻し、床へに静かに倒れた。右手から錠剤がこぼれ、左手のコップは水を散らす。
少女は16、7。メイクが背伸びをしていてとってもかわいいのに、青白く頬を染めなおし、口と目をぽっかり開けて死んでいる。
「この子も自殺か……」
「何見てんの? 他殺でしょ?」
「は?」
私は雑な動きで画面を巻き戻す。
不自然に起き上がった彼女は玄関まで素早く戻り、元の時間軸で動いていく。
玄関で彼氏にキスをし、楽しげに部屋のクッションに倒れ込み、ケラケラと弾むように笑いながら立ち上がる。真っ直ぐキッチに向かい、棚から薬を取り出し、口に含み、コップで水を飲む。
そして、さきほどの場面に繋がっていく──
「ほら! 自分で薬飲んで、死んでるじゃん」
「ううん、他殺だって。じゃあさ、オレが他殺であること復幻で証明してやるよ」
「ほんとに?」
ぎゅっと私が顔を寄せたとき、少女の顔も、ぐっと迫る。
「交換条件。君のボディが欲しい。前のオレに似てるんだ」
「あげる」
「まさかの即答! いいね、君が死ぬのに」
少女の薄い肩を私は握る。
「でも、私の人間の最後を復幻してくれたら、ね」
少女は右眉を吊り上げた。
そんなことかとでも言いたげな顔だ。
「交渉成立」
少女の手を握ろうとした私の手首が、握り止められた。
bluebirdだ。
「ROMA、いけません。REINの虚構に付き合ってはいけない」
復幻師、REIN。
絶対存在しない、リンカーネーションする個体の名────





