1-17 侍女アトナのヤベェ想い出話~聖剣ルティアーヌの災厄編~
アスタリア家の令嬢メイベルの侍女をしているアトナ・フェルマータは、旅行誌『箒旅行』の編集者ターニャから、とある取材を申し込まれる。
令嬢のメイベルは旅行家として『箒旅行』に紀行文を連載しているのだが、このほど、その旅行録を一冊の本にまとめることになった。ついては、メイベルのお供として毎回旅に同行しているアトナの視点で、彼女との旅に関する思い出話を語って欲しい。そして、その語りをターニャが編集して『箒旅行』に刊行記念企画として連載したい、というのだ。
どうもこの企画の裏では、メイベルが暗躍しているらしく、外堀をガッツガツに埋められたアトナは、礼金をはずむというターニャの言葉もあり、この依頼を承諾する。
かくして、記念すべき第一回目の想い出話としてアトナが語り始めるのは、「ルティアーヌ」という聖剣を巡って繰り広げられた、実に「ヤベェ」大騒動の顛末なのであった。
はぁ。お嬢様の旅行録刊行記念企画として、私の話を雑誌に掲載したいってことですか?
雑誌って、お嬢様がよく旅行録を連載しておられる『箒旅行』ですよね? 名前の割に、箒に跨って旅行してる写真がほとんどない、あの『箒旅行』ですよね?
マジですか? こんなチャランポランな侍女の証言なんて需要ないでしょうに。ターニャ様も奇妙な企画を考えつくものですねぇ。
でも、私はお嬢様みたいに流麗な文体で、旅行体験を粉飾、ああ、失礼、装飾することなんてできませんよ? 文章なんて、故郷にいる両親とか、姉貴に手紙書くくらいですし。
はぁ。書くのはターニャ様なんですか? それで、私はこうやってペラペラと話をしているだけでいいんですか? そんで、内容も整えてくれると。しかも礼金もはずむと。
フゥン……。なら、断る理由はないですね。
あ、でも、アスタリア家の許可って取ってるんですか? いくら私が大丈夫だって言っても、私はあの家の侍女っていう立場ですからね。勝手に雑誌の取材を受けてたってことになると、ちょっとマズい気がするんですが。
はぁ、左様で。すでにお嬢様経由で、ご主人様からも許可を取ってるんですね。なんだか、物凄い勢いで外堀をガッツガツに埋めてきてるじゃないですか。
いや、いいんですよ。別に、それだったらこちらも遠慮なく色々と話をすることができますからね。むしろ安心しました。
それで、第一回目のお題ってのはなんなんです? 私もお嬢様と旅をするようになって三年近く経ちますけど、あんまり前の話だと薄らボンヤリとしか覚えてないんですよね。
はい? 聖剣ルティアーヌ? それって、半年くらい前の話ですよね?
よりによってそれですか? もっと軽い感じのとかいっぱいあったでしょうに。聖剣ルティアーヌって……。
そりゃあね、お嬢様は楽しかったでしょうよ。ノリノリでしたから。でもね、侍女として参加していた私は大変だったんですから。
いや、話をしたくないわけじゃないんです。思い出すたびに顔を顰めたくはなりますけれど、むしろ貴女に聞いて欲しいくらいです。
まぁ、かなり愚痴っぽい話になると思いますけど、それでいいならやってみましょうか。
ああ、その前に確認なんですけど。
お酒、飲みながらでもいいですか?
はあぁ……。やっぱお酒っていいですよね。身体が暖かくなって、頭もシャキッとします。昔のことも割とハッキリ思い出せますしね。酒の女神ダクレアに祝福あれ、ですよ。
さて、聖剣ルティアーヌについて語る前に、そもそもの話をしないとなんですけどね。
ターニャ様は聖剣ってご存知ですか? ああ、さすが旅行雑誌の編集者様ですね。実際に、何本もご覧になっておられるのですね。
私もお嬢様と旅をするようになってから、色々な地域で聖剣と呼ばれている剣を見る機会に恵まれて来ました。
最初に見たのは確か、レミアという街にあった聖剣でしたね。名前は忘れちゃいましたけど、柄に宝石が散りばめられている、とても綺麗なものでした。後は、クロノアとか、ティグレームとか、有名どころの街の聖剣はまぁまぁ見ていると思いますよ。
ターニャ様も見てるなら分かると思いますが、ああいう聖剣っていうのは素晴らしいのとショボいのの差がすごいでしょ? 見た目はさすがに綺麗なものが多いですけど、そこについている伝説の差には愕然としますよね。
有名な聖剣なら、悪しき龍だとか、天から降って来た魔王だとか、そういったものを封じ込めているって話になるじゃないですか。でも、ショボい聖剣だと、それが白い蛇だとか、強いのか弱いのかよく分からない魔物だとか、そういうものになってくるわけですよ。
私が見た中で、一番酷いなと思ったのは、ティグリムという街にあった聖剣ですね。
酷すぎてニャルンラムっていう名前まで憶えてますもん。知ってます、ニャルンラム? いや、知らなくて全然問題ないんですけど。
見た目はちゃんとした聖剣なんですよ。柄には美麗な金銀の紋様が施されていて、中央にデデンと紫色の魔石がはめ込まれてるんです。それがキラキラ光って、溜息が出るほど綺麗でした。四角い岩の天辺に突き刺さってて、周りを柵で厳重に囲っちゃってね。
一体、どんな物凄い敵を封じ込めてるんだってなるじゃないですか。それで、期待に胸を膨らませて、横にフワフワ浮いてる説明版を見たら、なんて書いてあったと思います?
「五百年前、この地域を荒らしまわった魚泥棒の羽猫を封じ込めています」
それはただの泥棒羽猫じゃんって思うじゃないですか。そんな、大きな聖剣振り回して封じ込めるほどの敵かって話ですよ。
これなんかは極端な例ですけど、聖剣っていうのには、とかくそういうヤベェものも色々とあるんですよね。
まぁ、これから話す聖剣ルティアーヌもある意味、この「ヤベェもの」の部類に入るとは思うんですけど。
先にも言った通り、私たちが聖剣ルティアーヌのあるメトラという街を訪れたのは、半年ほど前のことです。
面子は、お嬢様と私、それに警護役のサーラという剣士です。
いつもこの三人で旅をするんですよ。旅をするなら、侍女と警護役を一人ずつつけろというご主人様の言いつけを守って、お嬢様が私とサーラを選んだんです。
私はお屋敷でもお嬢様のお世話をよくしていますし、サーラはお嬢様専属の警護役の一人でした。それに、二人とも使用人や警護役の中では年の若い女性で、お嬢様にとってとっつきやすかったのでしょうね。
あの時、メトラの街を訪れた目的は二つありました。一つは、メトラの名物である虹魚の揚げ物料理を堪能するということです。
メトラの上空にはトルグレイム川という、大きな虹川が流れています。文字通り、虹が川になっているんですが、そこに生息する虹魚がメトラの特産品なんですよ。特に虹色に輝く揚げ物が有名で、お嬢様は、この揚げ物が食べたくて仕方がないようでした。
「噂だと、虹魚の揚げ物を食べると、身体がしばらく虹色に輝くんですって。私もアトナもサーラも虹色に輝いたら、素敵だと思わない? 写真映え間違いなしよ」
魔馬車に揺られながらミトラへ向かう途中、お嬢様はそんなことを言っておられました。聞いていた私とサーラは思わず顔を見合わせました。いつもは無表情を貫いているサーラの顔に、やや不安気な表情が浮かんでいるのが、とても意外でした。視線だけで魔獣を退散させることができる剣士でも、不安になることがあるんだなと学んだものです。
そしてお嬢様のもう一つの目的、それこそが、聖剣ルティアーヌだったわけです。
「メトラの聖剣ルティアーヌは、他の聖剣とはちょっとわけが違うのよ」
お嬢様はあの時、珍しく興奮しておられました。今までにも何本も聖剣を見て来たお嬢様にしては、珍しい反応だなと思いました。
「その聖剣には、他にはない特徴があるのでございますか?」
私が首を傾げながら質問をすると、お嬢様は待っていましたとばかりに、圧縮魔法を目いっぱいにかけた旅行鞄から、一冊の雑誌を取りだして見せました。
『魔馬車の窓から』という雑誌でした。もう二年近く前のものだったはずです。
お嬢様は雑誌のとあるページを広げて、私とサーラに見せました。
そこには「メトラ特集」という文字が躍り、何枚かの写真と文章が掲載されていました。写真は全て色付きで、「命の息吹」がかけられているのか、画面の中を人々がちょこまかと動いていましたね。
そのページの右側上部に赤インクで丸が付けられていたんです。お嬢様の人差し指が、そこをトントンと指し示しました。
「メトラ十月の風物詩! 驚きの賞金二千万ペリーヌ! 君には聖剣ルティアーヌを引き抜く勇気と知恵と力があるか?」
私とサーラは、虹魚の揚げ物の時以上に物凄い勢いで、顔を見合わせました。
十月の風物詩?
賞金二千万ペリーヌ?
聖剣を引き抜く?
頭の中でそんな疑問符が次々と量産されて、止まることがありませんでした。
私たちが言葉もなく黙っていると、お嬢様は満足気に雑誌を旅行鞄の中へ放り込みながら再び口を開きました。
「メトラでは、毎年十月になると、街興しの一環で、聖剣ルティアーヌを引き抜く大会が行われるの。もう百年近くやってるみたいだけど、誰も成功した人はいないんですって」
困惑する私たちの顔を眺めながら、お嬢様が厳かに宣言をしました。
「今回は、この大会に三人で参加します。一度に何人で引っこ抜いてもいいんですって。だから、三人で力を合わせてやりましょう」
お嬢様は大層乗り気でしたが、私は不安が徐々に胸を蝕んでいくのをハッキリと感じました。それはサーラも同じだったのでしょう。
「ちなみに、その聖剣には、何が封印されているのですか?」
いつもより二段階ほど低い声で彼女が尋ねると、お嬢様はこともなげに答えました。
「怨念鬼グロランテって化け物らしいわよ」
お嬢様の面前でありながら、思わずヤベェと素の発言が出そうになったところで、魔馬車が停まりました。
メトラの街に到着したのです。





