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1-14 天獄への階段

 神に奇跡を願う事により成される蘇生魔法の成否は、被蘇生者の善悪が影響するのか?

 長年続いたこの論争に終止符を打つため、時の最高司祭はある実験を実施した。

 建国帝にして魔王討伐を果たした勇者の伝説に登場する敵ーーつまり明白な悪人であり、しかも死後三百年前という困難な人物に対する蘇生魔法を成功させたのである。

 だがこれにより、元々悪党な上、現代の常識のをわきまえない厄介な男が誕生してしまったのだった。

 勇者の伝説で最初に倒されたーーカナンと、最高司祭からお目付け役を命じられた女聖騎士ミオルの冒険が始まる。

 蘇生魔法は奇跡に等しく、あらゆる魔法の中でも最高位に位置するというのは、ミラドシア帝国総合魔法学会における定説である。

 当然である。人の生命を蘇らせるのだ。そんなにお安いわけがあるまい。異世界転移や精霊王憑依と同じ位難しい魔法とされている。

 だがしかし、蘇生魔法にはある厄介な問題があり、それは長年論争を呼んでいた。

 それは、蘇生魔法は神に祈りを捧げる事によって成立する神聖魔法の一つであるという事だ。

 それの何が問題なのか?

 それは、蘇生魔法が失敗した場合、対象の人物は神の御心に沿わぬ悪人であったのではという疑惑だ。

 蘇生魔法は非常に難易度の高い魔法だ。それぞれの神々に仕える最高司祭、魔王討伐に参加した勇者に仕える神官、神の恩寵を受けた聖人。それらの者ですら成功する事は稀である。

 また、成功率上昇には高価な触媒を要するため、国王や高位の貴族や聖職者などの一部の有力者が対象となる事が多い。

 その様な状況で失敗した場合どうなるか。

 失敗した者は、表面では善人を装っているのだが、裏では悪どい事をやっていた。それを神様はお見通しであったのだろう。成功した例を思い出してみろ。魔王との決戦の最中命を落とした勇者アンガスは、仲間の蘇生魔法によってその場で復活して魔王を討伐したではないか。最高難度である戦闘中の蘇生魔法であっても正しき心を持つ勇者なら成功するではないか。

 その様に政敵が噂を流すのである。これでは遺族達にはたまったものではない。

 もちろん別の説も存在する。

 蘇生魔法の成否は単に術者の技量に左右されるだけだ。勇者を復活させた術者は、空前絶後の神聖魔法の使い手である聖人ノバスチオンではないか。単に術者が優れていただけであろう。

 こんな論争が百年以上続いている。

 馬鹿馬鹿しい限りの論争だが、影響は大きい。要職にある者が不慮の事故、例えば食べ物を喉に詰まらせたりして死んだ場合、後任者が決まるまでの間仕事が停止してしまう。特に王族や貴族の後継者争いは内乱を引き起こして大勢の犠牲者が出ることすらある。ならば蘇生させた方が良い。

 だがもしも蘇生魔法が失敗した場合、故人の名誉に傷がつくかもしれない。その様な恐れで蘇生魔法が使用されず大規模な争いになった事は何度かある。

 真実の究明が求められていた。

 そしてその様な世界のある場所で、一人の男が目を覚ました。少年とも言って良い幼なさの残る顔立ちであるが、険しさに溢れる凶相がその印象を完全に打ち消している。

「目覚めましたね。カナン……という名前で良いですか?」

「何だあんたは、何で俺のことを知ってやがる。大体ここは何処なんだよ」

 少年ーーカナンは寝台から身を起こしながら言った。目の前には二十代位の眼鏡をかけた女が何やら帳面に記録をしながらカナンの方を見ている。聖職者であるらしく聖印が首にぶら下がっている。

「ここに書いてありましたから。読んでみます?」

「読めねえよ」

「それは失礼。この本はですね。魔王ケルナルトを倒した勇者にしてミラドシア帝国の祖でもある勇者アンガスの伝記なのです」

「ああ? 伝記?」

 カナンは困惑した。何故自分の名が勇者の伝記などに書かれているのであろうか。記憶の混乱に拍車がかかった。

「もったいぶらず言いますが、あなたは蘇生魔法で復活させられたのです」

「蘇生魔法? するってえと、俺がはその勇者アンガスの伝記の登場人物って事か?」

 まだ働かない頭をフル回転させて、カナンは自分が何者か推察した。勇者アンガスがどの様な人物か知らないが、その伝記に出てくるなら勇者の仲間か何かであろう。

「ええ、勇者アンガスがミラドシア地方に冒険者として来て、最初のミッションの途中で返り討ちにした追い剥ぎのカナンですね」

「追い剥ぎ……?」

「そうです。勇者アンガスがミラドシア地方に来るまでの人生は完全に不明なので、最初に出てくる事績があなたを切り捨てるところですね。お墓も残ってましたよ?」

「いやおかしいだろ。何で追い剥ぎをわざわざ復活させたんだ?」

 カナンの乏しい知識でも、蘇生魔法はかなりの費用がかかる事は知っている。

「それはですね。蘇生魔法に関する論争が原因なのです」

 女神官は、蘇生魔法の成否に関する論争についてかいつまんで語った。

「それで調和の神ジェニス様にお仕えする最高司祭ノヴァク様は思いついたのです。誰もが知る悪人を復活させたのなら、それは悪人かどうかは蘇生魔法の成否に関係ないと証明できるのではないかと」

「それで俺を?」

「そうです。ミラドシア帝国に住む誰もが知る英雄譚に最初に出てくる悪人です。しかも骨しか残っておらず、死後三百年という悪条件。これで成功したのなら、悪人であるかは関係ないと言えるでしょう」

 そして、成功したという事なのだ。

「訳分かんねえ」

「まあ良いじゃないですか。どうせ地獄行きだったのでしょう?」

「地獄……」

 女神官の言葉にカナンはハッとなって自分の体を見た。

 切断もされていなければ大穴も空いていないし、焼かれてもいない。綺麗なものである。記憶はまだ曖昧だが、ついさっきまで自分が地獄で獄吏に苛まされていた事を朧げながらに思い出した。

「やべえ。俺、またあんな所には行きたくないぞ」

 カナンは頭を抱え、体を小刻みに震わせた。さっきまでの狂犬っぷりが嘘の様だ。

「え? 本当に地獄はあったのですか?」

「ん?」

「いえ……訂正、本当に地獄行きだったのですかそうですか」

 失言である。聖職者たる彼女が教典に書かれている地獄の存在を疑ってはならない。

「なあ、あんた。尼さんならどうすれば良いか知ってるんだろ? 教えてくれよ」

「そうですか。それはちょうど良いところでした。あなたがそう言ってくれるなら私たちにとっても都合が良いです。着いてきてください」

 そう言うと女神官はドアの方へと促した。カナンは寝台から起き上がり、三百年ぶりに現世に二本の足で立った。

「それと、私の名前はミオルと言います。ジェニス神聖騎士団に所属している聖騎士です。教団からあなたの世話を仰せつかってますので、これからよろしくお願いしますね」

 ミオルはそう言って右手をカナンに差し出した。


 ミラドシア帝国の首都の街中を、カナンとミオルは連れ立って歩いていた。人がごった返しており、まるで祭りの様だ。だがミオルによるとこれは単なる日常なのだと言う。

 カナンが生きていた三百年前もここは都市だったはずだが、今ほどに賑やかではなかった。

「で、俺は良い事をすれば、地獄に行かなくても済むって訳だな?」

「そうです。善行を積めば天国にすら行けるでしょう」

 単純な話ではあるが、神の教えではそうなっている。

「大金を奪ってきて、それを教会に寄付するんじゃ駄目なのか? 金持ちはそうやってるんだろ?」

「駄目です。喜捨と死後の世界は関係ありませんし、奪った時点でアウトです」

 説教する様な口調でミオルは言った。

 カナンを蘇生させた最高司祭も、実験の為とはいえ悪人を蘇らせて放置するのは拙いと思っていた。だからと言って成功した後始末するのも後味が悪い。だから、信頼する部下であるミオルを世話役につけて改心させようと計画していたのだ。なのでカナンが自発的に善行を積んでくれるのは重畳である。

「よお姉ちゃん。飯にしようぜ。ほらあんたの分も取ってきたぜ。これで天国への一歩を踏み出したって訳だ」

 カナンは何かの肉の串焼きをミオルに差し出した。

「あら、ありがとう。でもこれは何処で?」

 カナンには金を持たせていなかったはずだ。疑問に思ったミオルの目に怒りながら追いかけてくる屋台の親父の姿が目に入る。

「駄目じゃない。ちゃんとお金を払わなきゃ」

「でも、俺金なんて払った事は無いぜ?」

 カナンは三百年前の人物だ。今の常識は通用しないのだろうか。そう一瞬思ったミオルだったがすぐに思い返す。貨幣経済は二千年前の古王朝時代からある。単にカナンの常識が無いだけだ。

 規律正しい聖騎士のミオルは、あまりの価値観の違いに先行きが不安になった。

 最高司祭から任務の打診があった時、反対した同僚の事が思い出される。

「いえいえ、悪人だからこそ神の教え……何処に?」

 ミオルが少し目を離した隙に、またもやカナンの姿が消えていた。その直後、路地裏の方から怒声と悲鳴が聞こえてきた。

「神聖騎士団だ! 何があっ……」

 神聖騎士団は治安維持の権限がある。現在はカナンの世話という別の任務があるのだが、放って置けずにミオルは路地裏に駆けつけた。そしてミオルの目には、吐瀉物を撒き散らしながら呻くチンピラ風の男五人と、その前に傲然と立つカナンの姿だった。カナンの後ろには、腹の大きな若い女性が隠れている。恐らくチンピラ共が妊婦に強盗でも仕掛けようとしたのだろう。それをカナンが助けたのだ。

 それにしても、カナンの腕前は相当なものだ。カナンは素手、対するチンピラ共はナイフや棍棒を装備していた。聖騎士としての訓練を積んだミオルにも、ここまで鮮やかに対処できる自信はない。

 単なる追い剥ぎだとは信じられない。

 そしてこれだけの実力があるのなら、地獄行きの罪禍を帳消しに出来るほどの善行を積めるのではないかと予感したのだった。

「よおよお。お前ら悪い事したんだから、この財布貰ってくぜ? お、姉ちゃん。今度こそ飯奢ってやるぜ。これで天国行きも近くなるって訳だ。良いことするってラクショーだな」

 チンピラに追い討ちの蹴りをくれながら呵々大笑するカナンを見てミオルは思った。

 とんでもない奴を復活させてしまったのではないかと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書き出し祭りとしての面白さを感じました。悪人だと思って復活させた人が善人の部分もあるというところが興味深いです。 [一言] 読ませて頂きありがとうございました
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