1-09 僕の寿命をあげたなら、君はステキな恋ができますか
日比野叶和には初恋の人がいた。
小中と来て、高校まで同じになれたまでは良かったのだが、想定外だったのは彼女が病魔に冒されてしまったことだった。
あるとき、叶和はサリエルと名乗る死神――死を司る大天使と出逢い、自分の寿命と引き換えに初恋の彼女を助けてほしいと乞うた。
その願いは奇跡的に聞き入れられ、彼女は奇跡的な復活を果たすのだが。
無限の時が流れている夢幻のような空間。じっと見つめ続けていれば精神から飲み込まれてしまいそうな紋様が渦巻くように蠢いている。もしかしたら生体で成り立っているのかもしれないが、それを調べる気は全く無い。本当のところを知らないので下手なことは言えないけれど、たぶん知ったら死ぬんじゃないかね。
「あの子にはもう時間が残されていないんだ」
そんな得体の知れないような場所で、僕――日比野叶和とそいつは向き合っていた。
相対しているモノの名はサリエル。簡単に言ってしまえば死神のような存在だがそう呼ばれるのは心外だそうで、あくまでも『死を司る大天使』だという。
そう呼んで欲しいのなら素直に従う。死を管轄するような者に逆らう気はない。
「だから、その子を何とかしてあげたい……。そう言うんだな?」
僕は静かに頷く。
「なるほどねえ……」
サリエルも静かに何度か頷いた。
「そういうことなら承ろう」
「……っ!」
言葉にならない声が勝手に出て行った。その声を追うように、僕はひたすらサリエルに頭を下げる。
「……しかし、随分とご執心のようだな」
「そ、それは……」
「いい、いい。そういう色恋沙汰は感知しない主義だ」
「そっスか」
「胸焼けがして敵わん」
「そっスか」
意外にも『リア充爆発しろ』的発想だった。
っていうか、バレてる。だったらわざわざ説明する必要もない。
言ったとおりだ。僕らにはもう時間が無いのだ。
――『私もふつうに恋愛とかしてみたかったなぁ』
女友達しか残っていなかった病室で、売店から丁度戻ってきた僕が不意に聞いてしまったこの言葉が脳裏にこびりついてしまって離れない。
そんなことない――とあの時にハッキリ伝えられるヤツは居なかった。
僕も病室の入り口のところで立ちすくむことしか出来なかった。
間もなくして彼女にはいくつもの管が通され、ある時期を過ぎてお見舞いもできなくなり、無力感と焦燥感に身を焼かれそうになっていた。
そんな僕を助けてくれたのが、サリエルだった。
〇
「あぁ~ん! 会いたかったぁっ!!」
「あはは、そんな泣かないでよー。昨日連絡したでしょー」
「そうだけどー! そうだけどさぁ!」
うわぁんと元気に泣いているクラスメイトたちのハグ攻勢。そのすべてにハグを返してニコニコと笑顔になっている高倉一華は、雪も降りしきる冬本番を迎える頃にはすっかり元気を取り戻していた。
彼女の入院期間は約半年にも及んだ。その内数ヶ月は面会謝絶になっていたくらいのところからの復帰は、奇跡の復活とさえ言われていた。
――当然だろう。
「いやぁ、めでたいねー!」
僕もその輪にこっそりと加わっておく。一応学級副委員長っていう肩書きもあるし、こういうシチュエーションには参加しておくのが当然というか何というか。
「やっぱりみんなが元気なのがイチバンだよねー」
「はいはいそだねー。日比野は元気で留守がイイよねー」
「うんうん…………ん? いや、ちょっと。君ら、やっぱり僕の扱い悪くない?」
「アンタはそれくらいでちょーどいいの」
――そうそう、僕の扱いなんてその程度でイイ。それくらいにしてくれた方が精神的にラクだ。
今僕に対して容赦ない言葉選びでツッコミをしてくれたのは永原萌衣。高倉や僕と同じ中学校の出身。少々言葉はきついところもあるが、根は良い奴である。
いずれにしても感謝、何事にも感謝だ。感謝は尽きることがない。湯水が尽きたとしても決して尽きる事は無いだろう。サンキュー!
いやでもそんな『亭主元気で留守が良い』みたいなことを言われると割とショック――でもないか。亭主として考えてくれる余地があるとも言えそうだ。だとしたら永原は僕のことを好ましく思っている説すらある。
「永原、ありがとうな」
「は? イミフ」
――感謝だ。万物に感謝。サンキュー!
「……まぁ、そんな冗談はともかくさ。無事に復帰できて良かったよな」
「そりゃあね。……一時は、ホントにさ」
言葉に詰まる永原。あの光景はたしかに堪えるモノがあった。自分の身に降りかかっているわけではないのだが、それでもぎゅっと心臓が握りつぶされるような感覚になった。あれはきっと死ぬまで忘れるはずがない。
「僕らが辛気くさい顔したってしょーがないっ。バチッと明るいツラ作ってさ、僕らもきっちり混ざろうぜ」
「そーね。……ね、一華!」
がしっと高倉の細いウエストに抱きつく永原。高倉も当然それが誰なのかは解っている。僕らが同じクラスになったのは別段これが初めてではない。何せ小学校の時から何度も見ていた光景だった。
「あ、萌衣~! 萌衣、ありがとうね!」
「ん? 何が?」
「だって、私がその……ね。寝てるときにもずっと来てくれてたんでしょ?」
「そりゃあ、もう! 当然でしょ! ……って、不本意ながら、アイツもだけどね」
「ハハハ! 不本意とはどういうことだい?」
少なくとも永原といっしょに通い詰めていたのは、僕以外にはいない。ということは、『永原が不本意的にいっしょに見舞いに行っていたヒト=日比野叶和=僕』という図式が簡単に証明できてしまう。数学の証明問題もこれくらい簡単に証明完了させてほしいな。
「そりゃあそうでしょ。考えるまでもないでしょ」
「照れるぜ」
「アンタほんと何言ってんの?」
今は、あまり考えながらモノは言ってない。どうせ永原も僕も少しテンションがおかしくなっているようなところはある。
「萌衣、そんなこと言ったらダメだよ」
「えー」
容赦なく不満気な態度を隠さない永原を一旦脇の方に捨て置く高倉。
「っと、……日比野くんも、ありがとね」
「いやいや、こちらこそサンキューって話だよ」
「……? よくわからないけど、ありがとうね」
大丈夫、高倉は別に解っていなくても構わない。何なら解っていない方がいい。
こちらこそ帰ってきてくれてありがとう、って話なんだから。
〇
部活動も終了時刻。身支度などを整えて、ついでにお花なんて摘みに行ったりなんかしている内に生徒玄関が閉まる時刻も近付いてきた。
周りには誰もいない。トイレ分のタイムロスのせいで部活の仲間はすでに帰路に就いている。何で今日に限って連れションしてくれなかったのか――なんて思うが、大した話じゃない。
帰り道はとくに何処かへ寄る予定もない。宿題的なモノもない。帰ったあとはグダグダと過ごせばイイ――。
「日比野くん」
「……へ?」
不意に物陰から声。
よくぞそこそこ平然とした声を出せたな、僕。
間違って『ぅひゃいっ!?』とかいう情けなさ全開の声を漏らしかねなかったぞ。
聞こえてきたその声自体も透き通りすぎて、幽霊めいた何かなのではないかなんてことも過ったぞ。
「……え、高倉?」
「うん」
「ん? ……まさか、ずっとココに居た、とかじゃないよな?」
「うん。さっきまで購買の近くのベンチに居たよ」
「ずっとそこ?」
「あとは図書室」
「ああ……」
ならば安心だ。生徒玄関にずっと立っていたのなら完全に凍えてしまうし、購買付近もそこまで暖かいわけではない。その点図書室ならば冷暖房完備だ。少し湿度が低い感じもあるから喉や鼻のケアは必要かもしれないが、寒い中に居るよりは数倍マシだろう。
「良かった。……でも、何でだ? すぐ帰った方が身体にも障らないんじゃない?」
「……ばか」
「ありがとうございます」
「え?」
「ああ、いや。こちら業界の話」
「……そう、なの?」
理解してもらわなくても大丈夫だ。うん、たぶん。
ちょっと照れた感じの『ばか』なんてご褒美以外の何物でもない! ――と言い切る強者共の集まりがこの世界のあちこちに在るという話だが、その気持ちがちょっとだけ解った気がした15の冬だった。
閑話休題。
「話は戻るけど、帰った方が良かったんじゃないのか? っていうか、永原あたりが『お帰り会』をやりたいとかって実は言ってたんだけど、その話は聞いてない?」
「あ、うん。聞いたよ? 夜遅くになるといろいろ問題あるかもしれないし、みんなの予定を合わせてお昼にやろうねってことで次の週末になったの」
「なるほどね」
それなら安心だ。
「それに……」
「……それに?」
「……」
すいすいと話していた高倉の口が止まる。
何だ、何か言いづらいことでも――?
「それに……、日比野くんと話したいこと――。ううん、日比野くんに伝えたいことがあったの」
「僕に?」
「……うん」
少しだけ視線を外すように俯いて、再び僕を見つめた彼女の眼差しがあまりにも眩しい。すっかり夜も更けているのにも関わらず、とても明るく輝いて見えた。
「お見舞いとか来てくれて、本当にありがとう。会えないのが解ってるのに来てくれたこととか、ひとりでも来てくれてたこととか、後から聞いたの。私、スゴく嬉しかった」
「ぉ、おう」
あれ?
何だろう。
――妙な胸騒ぎ。
「だから、どうしても元気になって、こうして普通に会えるようになったらすぐに伝えなくちゃって思って……!」
「ぅ、ん」
これは、まさか。
「私ね……、日比野くんが好き」
――嗚呼、神様、仏様、そして天使様。
どうしてこんなことになったのですか。





