キャスの母も大変なんです(リバー視点)
異常な程に体力がないキャスが母に命令され、外に走りに行きました。
それから、僕がダンス用の靴を履いていると、
「あなたにはキャスをリードしてもらわないといけないから、早めに仕上げないとね」
と、母が厳しい口調で言いました。
「は、はい・・・」
剣術がどれだけいいか・・・と、僕が思っていると、
「疲れるわー。厳しくするって・・・」
僕は苦笑いして、
「そうですね」
「貴族が人前で怒鳴るなんて出来ないでしょう?だから、その分、家で叱ってるのに、娘に甘い、娘に甘い。甘い。甘い。私たちは砂糖で出来てますか?って、言ってやりたいわよ」
母はそう言ってから、僕を見ると、「私は今までだって、キャスにはしょっちゅう怒ってるでしょう?」
「ええ。お父様が一度キレると手が付けられなくなる分、お母様が先に怒ってますもんね」
母は大きく頷きます。「それにしても、お父様は何故もっと厳しくしようと言ったんです?」
キャスが痩せると宣言する前に、父がキャスにはもっと厳しくしようと思う。と、言ったのです。
母は眉をしかめて、
「あれよ。あの酒樽事件をフォルナン侯爵夫人が聞き付けて、キャスを一年、私のところに寄越しなさいと言ったのよ」
僕はびっくりして、
「ほ、本当ですか?」
「お父様が私が死んでしまうから、やめてくれって、泣き付いてくれたから、何とか回避出来たわ」
僕はホッとして、
「そうですか・・・」
良かったです。父がキャスと会えなくなるなんて、堪えられないでしょうからね。僕も堪えられません。
「でも、条件が付いたのよ」
と、母は溜め息混じりに言います。
僕はピンと来て、
「もっと厳しくする?」
「ええ、そうなのよ。当然、分かりました。と、言うしかないでしょう?キャスが1年他所に行ってみてごらんなさい。私たち、一切出番がなくなるじゃないの!いい加減、あなたたちが入学したら、忘れられる存在だって言うのに!だいたいアンドレアスばっかり目立って!依怙贔屓よっ!」
「・・・?」
母はもっと目立ちたいのでしょうか。
「それにキャスはぼーっとして、どこか抜けてるけど、勉強は出来るし、呑気で物事を深く考えないから腹を立てることがまずなくて、あなたと喧嘩になることもないし、こっちが困るくらい何も欲しがらないし、無駄に早寝早起きだし、鈍臭くて、不器用なくせに、何でも自分でやりたがるし、池の掃除だって、自分でやってるわ。あの子はそんなにひどい子じゃないわよ!」
「・・・」
キャスをけなしているようにしか聞こえませんが・・・。
母は苛立たしげに、足を踏み鳴らし、
「こうなりゃ、キャスを最高のレディにしてやるわ。結婚市場で一番の優良物件にしてやるわよ。カーライル家の意地にかけて!」
母は燃えてますが、最高とか一番はいくらなんでも無理だと思いますが・・・。
「そして、お相手も最高の男性に嫁がせてやるわ」
「最高・・・王族とか・・・?」
母は首を振って、
「丁度良い方がいないでしょう。ジャスティン殿下はもう決まっているし、クリス殿下はキャスより6つも年下でしょう」
「・・・?」
一人忘れてませんか?「レオ様は?」
「ないわ」
母がきっぱりと言いました。僕はきょとんとして、
「・・・アナスタシア殿下にしたことを気にしてるとか?」
「まさか。あれはあの方なりの事情があったことだし、私がどうこう言える立場じゃないわ」
「なら、何故・・・」
「だって、手が早い男にろくなのはいないわ。キャスにキスしたでしょう?今更だけど、あれはないわ。女親の私でも、ショックだったわよ。5歳だったからって、あんなの笑って許せるわけがないでしょう。おまけに、勘違いされたくないから、キャスに結婚出来ないって言っておけって、伝えて来たでしょう?一体、何様?ええ、王子様よね。分かってますとも。でも、キャスにだって選ぶ権利はあるわよねえ?だいたいいつも冷静で大人びている殿下が、一体どうして、ああなっちゃうの?キャスに膝枕なんかさせて!意味が分からないわよ!」
「・・・」
レオ様は僕たちの両親にある意味、嫌われているのですね。
そして、母は喋り続けます。
「私、キャスにはシュナイダー君がいいと思うのよ。手が早いなんてことは絶対にないでしょう?その点、全く心配ないもの。シュナイダー君のお父様とは同級生なのよ。真面目な良い方だわ。そうそう。あなたのお父様だって、酷いものだったわよ。周りの全ての女性が自分に気があると思ってたのよ?馬鹿じゃないの?あの人、私を落とせるか、お友達と賭をしてたのよ?男って、ほんとにどうしようもないわ。だけど、悔しいことに私はお父様に一目惚れだったのよね。でも、簡単に靡いてなんかやらなかったわ。ねえ、リバー。あなただけは、ああなったらダメよ?あなたまでああなったら」
「お、お母様、落ち着いて。話がずれてますよっ」
と、僕が慌てて言うと・・・母は我に返り、一つ咳をしてから、
「全く、いい加減、カーライル家は家族も火を吐くんじゃないかって怖がられてるのに、まーた怖がられるわ」
「僕も領地の子に、お父さん、火を噴くんだってね。って、昔、言われたよ」
と、僕は言うと、笑いました。
「本当に竜ね」
母も笑いました。
僕はふと・・・。
「そう言えば、将来、僕も嫌われ役をやるんですかね」
かなりきつそうです。嫌われ役を難無くこなしている父のことはとても尊敬していますが、出来たら、遠慮したいです。
「どうかしら。それぞれの性格と逆のことをさせるらしいから・・・」
「なら、シュナイダーがいいな。怒鳴りまくっているところ見たいし」
僕がにやりと笑うと、
「その黒い笑顔はやめなさい」
と、母は言いながら、窓に歩いて行き、「まあっ。キャスったら、もう歩いてるわ。キャス!!走りなさい!!」
と、外に向かって、叫びました。
「はぃいっ!」
キャスの情けのない声が聞こえて来ました。
これで、僕の母も火を噴くと言われることでしょう。
それより、これからのダンスレッスンが憂鬱です。でも、キャスをリードする為です。頑張りましょう。




