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私じゃないでしょう

 私、リバーに背負ってもらったままジャスティン殿下がいらっしゃる・・・と、言いますか、先程、サラ姉様が『婚約破棄宣言』をした広間に戻りました。ジャスティン殿下は長い間、固まっていたようです。まだ一時間も経っていないのに、何だかやつれてしまってます。顔色が悪いです。


 私の父、アンドレアスが飛んで来て、

「キャス!一体、どうしたんだい?!」

「お、お父様、心配しないで。ちょっと転んだだけです」

 そもそも歩けないわけではないのです。リバーが過保護なのです。

「お母様、キャスが怪我をしているので、手当てをしてあげて下さい」

 と、リバーが言いますと、父は真っ青になって、

「け、怪我?!一体、どこを?!」

 それから、父は足を捻ったのか、骨が折れたのか、頭は痛くないか(?)、熱はないか(??)と、矢継ぎ早に聞いて来て、擦りむいただけです。と、言いたいのに、口を挟む暇がありません。困ったお父様です。

 すると、父の後ろで苛々していた母、マリアンナは我慢の限界が来たようで、

「あなたは少し黙って下さい!」

 と、きつめの口調で言いますと、父を押し退けて、「リバー。あちらの椅子にキャスを」

「はい」


 私は擦りむいた膝を手当てしてもらい、椅子にぼんやりとして座っているジャスティン殿下の前に行きました。

「ジャスティン殿下。お待たせして、申し訳ありません」

 と、声を掛けましたが、ジャスティン殿下は反応がありません。

「まったく・・・」

 レオ様がやって来ると、「兄上!」

 と、ジャスティン殿下の耳元で声を上げました。

「うわあっ!」

 ジャスティン殿下は椅子から転げ落ちて、「な、な、何だ!」

「何だではありません。キャスが来ましたよ」

「あ・・・」

 ジャスティン殿下は私を見上げて、「その、カサンドラ嬢。すまなかった。落ち着いて考えてみれば、君があんなことを言うわけがなかったのに・・・アナスタシアの言うことを鵜呑みにしてしまった。本当に申し訳なかった」

「・・・いえ。私のことはもういいのです」

 と、私が答えますと、

「アナスタシアは両親と共に帰った。キャスやサラ嬢に謝れと言ったんだが、あれは話にならない。私からも謝る。本当に申し訳なかった。・・・両親もサラ嬢とキャスに正式に謝罪の文書を送るし、婚約破棄についても、当然のことだか、サラ嬢にもダンレストン公爵家にも一切の責任は問わないと言っている。もちろん、そうならないのが一番だが・・・」

 と、レオ様が言いました。

「そ、それで」

 ジャスティン殿下はやっと立ち上がり、「君からサラに婚約破棄を思い直すよう言ってもらえないだろうか」

「はい?」

 ・・・は?君から?ってことは私がですか?私から言うのですか?いや、そりゃ、サラ姉様に思い直すように言いましたけど・・・。


 私が少々固まっておりますと・・・。

「ジャスティン殿下。口を挟みますことを、お許し下さい」

 私の父がジャスティン殿下の前に来て、「サラ様に婚約破棄を思い直してもらうために、カサンドラに謝罪したのですか?」

「え?」

 ジャスティン殿下がキョトンとします。

「でしたら、私はすぐにカサンドラを連れて帰ります。そもそも何の非もないのに、責められたカサンドラがジャスティン殿下のために尽力する理由などございませんから」

 父はキッパリと言いました。

「か、カーライル公爵、いや、その、まっ」

 ジャスティン殿下は慌てて何やら言いかけましたが、父はそれを遮るように続けます。

「それに比べて、娘を庇っていただいたサラ様の素晴らしさと言ったら。私、惚れ惚れと致しました。ジャスティン殿下とアナスタシア殿下に対して、あんなに毅然とした態度を取れるのは、五大公爵である私でも難しいことです(そんなことはない)。婚約破棄は正解ですな。失礼ながら、ジャスティン殿下はサラ様のお相手にしては、あまりに・・・ふっ(鼻で笑い、あえて最後まで言わない)。ああ、そうです。他国の王太子に嫁いでいただいた方がよろしいかもしれませんね。それはもう立派な王妃となられることでしょうから」

 お、お父様、ジャスティン殿下が真っ青です!


「カーライル、そんなに火を吐かなくとも」

 と、レオ様が言いかけましたが、父はにっこり笑って、

「私が本当に火を吐きましたら、ジャスティン殿下は再起不能となりますが?それでも宜しければ、いくらでも吐いて差し上げますよ?」

 こ、怖いです!リバーお得意の笑顔で怒りオーラを出す芸(?)はお父様譲りだったのですね!

「ま、待ってくれ!」

 ジャスティン殿下は切羽詰まった様子で・・・「た、ただ私はサラの友人であるカサンドラ嬢に対して、悪いことをしたから・・・幻滅されて、婚約破棄をされたのだと思って・・・だから、何とかしたいと思っただけで・・・つ、つまり、私はもうどうしたらいいのか分からないのだ」

 ジャスティン殿下は途方に暮れているようですが、レオ様はやれやれと言うように溜め息をつきました。

 私もそうしたいです。いえ!それどころか!サラ姉様はこの方のどこが好きなんでしょうか?!私、ふつふつと怒りがわいて来ました!


 私はジャスティン殿下のすぐ近くに立ちますと、

「ジャスティン殿下。大変申し訳ないのですが、背を屈めてもらえますか?」

「え?あ、ああ」

 ジャスティン殿下が私に言われた通りにしましたので、私は両腕を広げてから、勢いをつけて戻すと、ジャスティン殿下の顔を両手で挟みました。パーン!と、良い音が響きます。

「まあ!キャス!」

 母が悲鳴を上げました。

 ジャスティン殿下はあまりのことに呆然としていますが、私はむぎゅっとジャスティン殿下の頬を挟んだまま、

「サラ姉様を泣かせた罰です!ほんとはこんなものでは済まないのです!ツンデレもいい加減にして下さい!」

 ツンデレの意味は分からないでしょうが、続けます。「ジャスティン殿下は何にも分かってません!6年も何をやっていたのですか!このっお馬鹿さん!」

「ぶはっ」

 レオ様が吹き出します。私はそんなレオ様をジロリと見て、

「レオ様は笑わない!」

「は、はい」

 私はまたジャスティン殿下に向かうと、

「私から婚約破棄を思い直して欲しいと頼んだところで何の意味もないのです」

「しかし・・・」

「婚約破棄を言い出したのは私のことだけが原因ではありません。今回のことはただのきっかけです」

「え・・・」

「ジャスティン殿下は何故サラ姉様を婚約者に選んだのですか」

「それは・・・」

「もちろん、ここで言う必要はありません。皆様、知ってますから」

「え・・・そ、そうなの?」

 ジャスティン殿下が目を泳がせます。

 うーん。何だか放っておけない感じがいい・・・んですかね?

 私は頷きますと、

「それを言ってあげて欲しいのです。サラ姉様がダンレストン公爵令嬢だから選んだのではないのだと」

「カサンドラ嬢・・・」

 私はジャスティン殿下の顔から手を離しました。頬がちょっと赤くなってしまいましたが、顔色が悪かったので、ちょうどいいのではないでしょうか?


「サラ姉様は今も泣いています。止めてあげられるのはジャスティン殿下だけです」

「そ、そうだとしても、私はあまりに不甲斐なくて・・・合わせる顔が・・・」

 まだ言いますか!と、私はイラッとしましたが、

「人間、やり直しは出来るのですよ。私はもう水に流しますし、サラ姉様は、優しく、心の広い方です。ジャスティン殿下が誠心誠意を尽くせば、サラ姉様は許してくれるはずです。さあ、早く行ってあげて下さい」

 と、私は言って、横にどきました。

「・・・分かった」

 と、ジャスティン殿下は二、三歩、足を進めましたが、「その、カサンドラ嬢、サラは君にどんな相談、うわっ!」

 突然、ジャスティン殿下がつんのめったようになって、両膝をつきました。

 レオ様が何とジャスティン殿下の背に跳び蹴り(跳ばないと届きませんからね)を食らわせたのです。


 ジャスティン殿下は振り返り、誰がやったのかに気付くと、

「れ、レオ、お前なあ・・・」

「景気づけです」

 レオ様は全く悪びれずに言うと、「それから、何も悪くないキャスを責めた罰です。本当ならもっとやってやりたいのを我慢してるんですからね」

「うん、すまない・・・」

 レオ様は扉を手で示して、

「さあ、とっとと行って下さい。その辛気臭い顔はサラ嬢に会うまでには何とかして下さいね。兄上はまあまあいい男なんですから、自信を持っていいんですよ」

「レオ・・・」

「だいたいサラ嬢がキャスを信頼して相談したことをキャスが話すわけがないでしょう。無駄な時間を使わないで下さい」

「・・・そうだな」

 ジャスティン殿下は頷くと、「カサンドラ嬢。すまなかった。それから、本当にありがとう」

 と、言うと、走って、広間から出て行きました。


 私はホッと息を吐きました。

 上手く行けば良いのですが・・・ですが、私にはもう出来ることはありません。ジャスティン殿下が頑張るしかないのです。

 そんなことを思っていると、

「カーライル。キャスを抱えて行け。急ぐぞ」

 と、レオ様が言いました。

「「は・・・?」」 

 私と父はぽかんとします。

「あのサラ嬢のことになると意気地無しになる兄上がどうするか見物だろ」

 と、レオ様はニヤッと笑うと、駆け出しました。


 レオ様・・・いい趣味してますね。と、私は思いましたが、

「お父様!お願いします!」

 私は声を上げました。


 こうなりゃ、見届けてやるのです!



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