怒って、泣いて、そして。
私とレオ様は唖然として、ルーカスを見ていました。
私がレオ様をたぶらかして・・・?いかがわしい行為に嵌まり・・?
な、何を言ってるんでしょう。いかがわしいって、私とレオ様が抱きしめ合っていたことですか?レオ様がいつも過剰なスキンシップをするせいで、確かに感覚が麻痺しているかもしれませんが、いかがわしいは言い過ぎです。
「ルーカス、お前は何を・・・」
と、レオ様が言いかけましたが、
「殿下は騙されているのです!だいたいこの目、何か企んでいる人間の目です!」
目・・・悪役令嬢らしい吊り目のことでしょうか。
「どうせ、殿下の婚約者の座を狙っているのでしょう。殿下、この女は殿下に相応しい人間ではありません。目を覚まして下さい。どうしたのですか。殿下は今まで女にうつつを抜かすような方ではなかったではありませんか。理想の方だっていらっしゃいます。自分は殿下の理想の方は必ず現れると信じています。なのに、その殿下がよりによって・・・」
「ルーカス。待て。公爵令嬢に向かって、失礼では」
ですが、ルーカスはレオ様をまた遮り、
「処分は覚悟の上です!これで殿下が正気に戻って下さるのでしたら、自分のことなどどうでも良いのです!」
「・・・」
レオ様も私も絶句します。
「カサンドラ様。お願いですから、殿下をたぶらかすのはやめて下さいませんか。殿下はどんな時でも、冷静で聡いお方です。我が国の王子として、これ以上のお方はおりません。将来はジャスティン殿下を助けながら、我が国を更なる発展に導かれることでしょう。ですが、今の殿下はどうです?ただの子供のように甘え、勉強も鍛練も疎かにし、あなたに会いたいと我が儘を言ってばかり。公の場でもあなたにべったりだと言うではありませんか。そんなのは本当の殿下ではありません。あなたに悪い影響を与えられたとしか思えません。自分は今までのように心を許している人間しか側に置かず、誰にも隙を見せない殿下でいていただきたいのです。でなければ、足元を掬われてしまいます」
「・・・」
この男は何を言っているのでしょう。
本当の殿下とは何でしょう。私の隣にいる殿下はニセモノですか?
「と言うことで、今日こちらに同行することをお願いしたのです。カサンドラ様がどんなお方なのか知りたくて。殿下が噂通りカサンドラ様にうつつを抜かしているのか・・・・残念ながら、噂通りでしたが。それにカサンドラ様の弟と言うことですので、あのリバー様も少々、信用出来ません。いやに愛想が良すぎますし、殿下に取り入っているとしか・・・」
「!」
その時、私の中で何かが弾けました。「・・・さい」
「・・・?キャス?」
私は立ち上がりますと、
「うるさいっ!」
と、叫びました。「あんたは何様のつもりっ?!私のことはいいけど、レオ様とリバーを悪く言うのは許せない!」
「自分はレオ様のことは」
と、ルーカスは言いかけましたが、
「あんたはレオ様を自分の理想の人間に作り上げてるだけじゃない!レオ様はまだ9歳よ!子供みたいに甘えて何が悪い!殿下は我が儘すら言っちゃいけないの?!心を許せる人間しか置けないのを、人に隙を見せられないことをしんどいことだと思えないのっ?!そんなレオ様が私やリバーの前で子供らしく、飾らない姿でいられることがどんなに良いことか分からないのっ?!レオ様は王子である前に人間なのっ!勝手なことばかり言って、あんたはレオ様の何を見て来たんだっ!あんたに私とレオ様のっ、私の何が分かるんだっ!」
そこまで言ったところで、不意に涙が溢れて来ました。
腹が立っているのに、何故、涙が溢れるのでしょう。
それは分かりませんが・・・。
「うわああああっ!」
・・・私は我慢をしないことにしました。何故なら、もう止めようがないくらい泣きたくて仕方なくなったからです。
「キャス!」
レオ様が私を抱きしめて、「キャス・・・すまなかった。キャス・・・」
私は首を振りながらも、レオ様に縋り付きました。
レオ様は慰めの言葉を言いながら、私の髪を撫でて下さいます。
私は騒ぎを聞いて駆け付けたリバーやシュナイダー様、使用人さんたちにも気付かず泣き続けました。
私はそんな中、こんな事を思いました。
あの時、私があの男に騙されていたと知った時も、怒ってやれば良かったのです。騙され、馬鹿にされ、悔しかったです。確かに自分は根暗と言われても仕方ないところはありました。ですが、私のことを何も知らない人間に根暗で終わらせられたくありませんでした。何より私が怒ることで自分たちがどんなにひどいことをして、私を傷つけたか、彼等に知って欲しかったです。
それから、今のように思い切り泣けば良かったのです。私は泣きもしないで、屋上に行きました。泣きもしないで、死んでしまいました。私は、今、泣いていて、心の中にあった重く暗いものが全て流れていっているような気がしています。泣くことがこんなに大事だと言うことに初めて気付きました。
そして、今のレオ様のように慰めてくれるお友達を作っていれば良かったのです。友達は作ろうと思って、作れるものではありませんが、いくらでもチャンスはあったはずです。どうせ自分なんかが。と、諦めなければ良かったのです。一人だけでも自分を分かってくれる誰かがいれば私は生きていられたと思います。
私はそんなことを思っているうちに、落ち着いて来ました。ですから、私はもう大丈夫です。と、言うために顔を上げると、
「レオしゃま・・・わ、私・・・」
「何も言わなくていいから」
レオ様は優しく微笑むと、ハンカチで私の涙を拭ってくれました。
そして、そのハンカチを私に握らせてから、ルーカスに顔を向けると・・・。
「お前は帰れ」
そう言ったレオ様の声は背筋に震えが走る程、冷たいものでした。




