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権利

「各クラスの教室を回って、謝罪したいですって?」

 スターリング先生が驚きの声を上げました。

 その声を聞いた他の先生方も驚きの表情を浮かべて、私に注目します。

 注目された私は真っ赤になりましたが、

「私のせいで、ここまでの騒動になりましたし、弟の件でもお詫びしなければなりません」

 スターリング先生は眉を寄せていましたが、それを止めると、

「一人で出来ますか?ここだけで、そんなに真っ赤になっているのに?30名以上いる生徒の前で話が出来ますか?弟さんと一緒の方がいいのではないですか?はっきり言いますが、私は貴女がまともに話せるとは思えません」

 スターリング先生がおっしゃることはもっともなことです。

 ですが、私は手をぎゅっと握り締めて、顎をぐいっと上げますと、

「それでは弟が何もかも全部一人で言ってしまいます。これだけの騒ぎとなってしまった元々の原因である私の言葉でお詫びしなければ意味がないんです。それに弟がまた登校出来るようになるまでには日があります。お詫びは早い方がいいのです。・・・私は最後までやり遂げます。途中で投げ出したりなんかしません。ですから、どうかお願いします。生徒の皆様にお話をする機会を下さい」

 私は口を大きく開けて、スターリング先生だけでなく、他の先生方にもはっきり聞こえるように心掛けながら言いました。

「・・・」

 そんな私をスターリング先生はしばらく黙って、見ていましたが、頷いてから、立ち上がると、

「では、今日の放課後から時間を頂けるよう先生方に頼んでみましょう」

「ありがとうございます!」

 私は頭を下げました。



 放課後のホームルームの時間になり、私はあるクラスの教室の前に立っていました。

『大丈夫?』

 今朝、寮の私の部屋でメグは私の髪を丁寧に櫛でとかしながら、そう言うと、鏡の中の私の顔を見ました。

『大丈夫です。私、これでもリバーの姉ですから』

『それが大丈夫な理由になるの?どんなにしょうもない姉でも、姉なのは変えようがないでしょう』

『そ、そう言われると・・・』

『冗談よ』

 メグは笑いながら、私の肩に手を置くと、『カーライル公爵家カサンドラ・ロクサーヌ。今の貴女は抜群に綺麗よ。自信を持って、いってらっしゃい』

『はいっ!』

 私は大きく頷きました。


「メグ。私、頑張るね」

 いつも公爵令嬢らしく、堂々としているメグのようになれますように。

 そして、レオ様が言っていたように『強く誇り高く』見えますように。

 私はドアを開けると、背筋を伸ばして、きびきびと歩くことを心掛けながら、教室の中に入って行き、教卓の前に立ちました。

 その教室には30人以上の生徒さんがいて、当然のことながら、皆様の目は私に集中します。

 途端にカーッと頭に血が上って、足や手が震え出しました。私はスターリング先生の前で言ったことも忘れて、逃げ出したくなりましたが、小さく首を振り、深呼吸をしました。

 私は私のしたことに責任を持たなければなりません。自分でやると決めたことは、最後までやり通さなければなりません。

 私はピンと背筋を伸ばし、おなかの前で軽く手を握り合わせると、

「・・・皆様。私、カーライル公爵家カサンドラ・ロクサーヌと申します。突然お邪魔して、大変申し訳ございません」

 そこまで言うと、教室の中を見渡し、「昨日は私と弟、リバー・ロクサーヌが皆様の見本にならなくてはならない五大公爵家の人間でありながら、それに反する行動をしてしまいました。その結果、皆様には多大なるご迷惑をお掛けしてしまいましたことをお詫びしたいと思い、こうして、ホームルームの時間にお邪魔させていただいた次第です」

 私は頭を深々と下げると、

「この度は大変申し訳ございませんでした」

 と、謝りました。


 すると、

「お姉様、やめてください!」

「お姉様は悪くありませんっ」

「頭を上げてください!」

 そんな声が上がりました。

 ・・・お、お姉様ですか?ここは3年生の教室だったと思うのですが・・・。

 私は首を傾げたくなるのを堪えながら、顔を上げると、

「お詫びのためにこちらにお邪魔したのに、厚かましいとは思うのですが、少しお話したいことがあるのです。・・・皆様に知っていただきたいことがあるのです」


 私はアーロンに暴力を振るっていた7人の生徒が全員平民で日頃から、貴族家の生徒に見下されていたことを話しました。

「誤解なさらないでいただきたいのですが、皆様が差別をしたと言っているわけではありません。そして、彼らはどんな理由があろうとも、人として間違ったことをしました。それを他の誰かのせいだと言っているわけでもありません。ただ平民だからと見下し、不当な扱いをする生徒さんは実際にこの学園にいるのです」

 話しているうちについ口調がきつくなってしまったので、落ち着けと心に言い聞かせるために一呼吸置きました。

「・・・私をお姉様と呼んで下さる方がいらっしゃいますが、私はそんな風に呼んでいただけるような人間ではけしてありません。公爵家に生まれただけの人間であって、私自身は立派なことなど何一つしておりません。・・・こうして、皆様の前に立ち、お話出来るような資格すらないのかもしれません。この学園にはこんな私より、身分が低くても、素晴らしい才能に溢れ、優しく、強い心を持っている方はたくさんいらっしゃいます。ですから、身分が低いからとその方の人間性まで決め付けないで欲しいのです。もちろん、人には合う合わないがありますから、無理をして、お友達になって下さいと言っているわけではありません。私の父は学園での3年間が素晴らしい時間になることを祈っていると私に言ってくれました。私もこの学園の全ての皆様にとって、素晴らしい学園生活となるよう願っています。・・・そして、そうなる権利は身分や能力に関係なく、誰にでもあります。ですが、それを邪魔する権利は誰にもないと私は思うのです」

 私はそこまで話すと、また教室を見渡してから、

「お詫びに来たと言いながら、大変、不躾でおこがましいことを申したと重々承知しておりますが、皆様にはほんの少しでも心に留めていただければと思っております。・・・最後に今回の騒動、レオンハルト殿下や弟たちの処分についての責任は全て私にあります。ですから、どうかご自分を責めないで下さい」


 私は最後にもう一度、謝罪の言葉を言うと、教室を出ました。

 そして、ホッとする間もなく、隣の教室に向かいました。


 そして、全てのクラスを回り終えた頃にはレオ様、シュナイダー様、ルークの謹慎期間が終っていました。


「レオ様ー!」

 寮の玄関から出て来たレオ様に向かって、私は両手を振りました。「おつとめご苦労様ですー!」

 それを見たレオ様は急いで私の前に来て、

「何だそれは!恥ずかしいだろう!」

「親分!お迎えに上がりました!」

「だから、何なんだそれは!だいたい何故わざわざここに来たんだ?!」

「だって、早くレオ様に会いたかったんですよ!5日もレオ様に会えなくて、寂しかったんですもん!」

 正確にはレオ様と会うのは、6日振りです。シュナイダー様とルークには昨日会いました。

 昨日はお休みだったので、レオ様は王城に帰っていたそうなんです。

 謹慎のことで両陛下からお叱りを受けてなければいいのですが・・・。


「っ」

 レオ様は真っ赤になると、「よ、良くそんなことが言えるな」

「どうしてですか?」

「ど、どうせ、リバーが出て来たら、私のことなんて、どうでも良くなるんだろう。どうせ泣いて喜ぶんだろう」

「あ、あの、私に泣いて喜んで欲しかったんですか?」

「違うっ」

 レオ様はそう言って、そっぽを向きました。

「レオ様・・・拗ねないで下さい」

「拗ねてない」

「・・・」

 私はレオ様の膨れたほっぺを指でつつきました。

「!」

 レオ様はパッと私を見ると、「だから、レディが気安く男に触るものではない!」

「あはは」

「笑うな!」

「はいっ!すみません!」

 私は笑うのを止めると、背筋をピンと伸ばして、「レオ様。今回のことでは大変ご迷惑をお掛けしました。それからリバーのためにありがとうございました」

 と、言って、頭を下げました。

「もういい。・・・私に出来るのはせいぜいそれくらいだ」

 私は顔を上げますと、

「レオ様?」

「・・・それに私には何の権利もないからな」

「え?権利・・・?」

「キャスのために戦える権利は今のところ、カーライルとリバーにしかないんだよ。・・・私にはないんだよな。それを思い知らされた」

 レオ様はそう言って、掠れた声で笑いました。・・・どこか寂しそうです。


「レオ様・・・」

 私は戸惑いましたが、何とか笑みを浮かべて、「確かにレオ様が言う権利は家族にしかないと思います。家族だから許されることだと思います。でも、レオ様?私、その気持ちだけで嬉しいですよ?」

「・・・」

「レオ様・・・」

 ・・・だから、そんなに寂しそうな顔をしないで下さい。

 すると、レオ様は手を伸ばして、私の頭を撫でると、

「すまない。戸惑わせてしまったな。忘れてくれ。・・・行こう」

 と、言うと、校舎に向かって、歩き始めました。


 その後のレオ様はいつもと変わらない様子でしたが、それでも何かが違うような気がして・・・。

 私はそれを感じながらも、何も聞けませんでした。



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