いつまでも寝ているわけにはいきません
・・・ああ。願いが叶うのなら、もうしばらく眠っていたいです。
起きてしまったら・・・何だか怖い目に遭いそうなんです。
ですが、もう一人の私が早く起きなさい!と、言っています。
そう。起きなくてはなりません。
「う・・・」
私はゆっくりと目を開けました。
それから、瞬きを繰り返していると、
「カサンドラ様」
と、呼ばれましたので、声がした方を見ると、
「シュナイダー様・・・」
シュナイダー様はホッと息を吐くと、
「良かった・・・」
ルークがベッドの側に駆け寄って来て、
「ああ!良かった!目を覚まさないから、心配しましたよ!本当に良かった!」
と、言ってから、いつもの明るい笑顔を見せました。
ですが、ルークの目が少し赤いように見えるのは気のせいでしょうか?
なんて私が考えていると、
「ちっとも良くないです」
そう言って、ルークの隣に立ったのはメグでした。メグは厳しい表情で私を見下ろしています。
「メグ・・・あの」
私が体を起こしながら、言いかけると、
「何て無茶な真似をするのよ!馬鹿じゃないの?!」
メグが怒鳴りました。
「メグ・・・」
「あんな人数を前に何が出来ると思ったの?!結果、たくさんの人に迷惑を掛けたのよ?!分かってるの?!貴女は怪我したら自分で治せばいいだなんて思ってるんでしょうけど、打ち所が悪くて、もしものことがあったら、どうするつもりよ?!死んでしまったら、何も出来ないのよ?!15にもなって、考えなしに行動するのもいい加減にしなさいよ!馬鹿!」
そう私に怒るメグの瞳がだんだんと潤んで来て、「こんなに心配をかけてっ・・・も、う、貴女なんか・・・貴女なんかっ・・・もうっ、うんざりよっ・・・嫌いよっ」
そして、メグの頬を涙が伝いました。
「ご、ごめんなさ・・・メグ、ごめんなさいっ・・・」
私は謝りましたが、メグは私から顔を背けると、
「私に謝って、どうするのよっ!」
「メグ・・・」
私は肩を落としました。
それから、しばらく沈黙が続き、
「メグさん・・・」
それに耐え兼ねたルークがメグにハンカチを差し出しましたが、
「ぐしゃぐしゃじゃないのっ!」
と、メグがややシワのあるハンカチを見るなり、文句を言いました。
「で、でも、使ってませんから、綺麗ですって」
メグはじっとそのハンカチを見ていましたが、
「・・・せっかくですから、使わせてもらいます」
と、言い、ハンカチを受け取ると、私たちから背を向けました。
メグが落ち着いたところで、ベッドの側の椅子に座っているシュナイダー様が、
「多分、色々とお聞きになりたいかと思いますが、今は丁度お茶の時間で、ここは医務室です」
私は初めて来た医務室を見渡しましたが、
「え?お茶の時間ですか?」
いつの間にそんなに時間が経ってたんですか?
メグが頷いて、
「右頬と頭の怪我はスターリング先生が綺麗に治してくれたから、傷一つ残ってないわよ。安心して。・・・それで、傷を治した時点で目を覚ますはずだったのだけど、貴女、単に良く寝ていただけのようね」
「た、単に良く寝てた・・・」
私は恥ずかしさから赤くなりましたが、ハッとしますと、「私のことより、アーロンは?アーロンも怪我をしていたのではないですか?」
「私が治しましたから、安心して下さい。ですが、念のために今日は寮に帰しました」
と、シュナイダー様が答えましたので、私はホッとすると、
「そうですか・・・良かった。あ、それからリバーは・・・あ、あの、怪我をしたのでは・・・と、言うより、とんでもないことをしたんじゃ・・・」
シュナイダー様はルークと顔を見合わせてから、一つ咳をして、
「リバーのことは、後にしましょう。ともかく、最初から説明します」
最初からと言いますと、グレゴリー・ベイントンさんのことですが、彼はアーロンとは顔見知り程度でお友達ではありません。
あのリーダー格の男に脅され、私をあの場所に連れて来ただけだったんです。
私が壁に激突したのを見て、怖くなって逃げ出したそうですが、後になって、自分がしたことを担任の先生に全てお話したそうです。
次に何故、あの場所にリバーたちが現れたかと言いますと、
「実はリバーの派閥の方々に頼んでいたんですよ。ルークも四六時中カサンドラ様の側にいられるわけではありませんから、カサンドラ様がおかしな行動をするのを・・・あ、いえ。カサンドラ様に近付くような男を見掛けたり、異変に気付いた時はリバーに報告が行くようになってたんですよ」
「そうですか・・・」
やや引っ掛かる言葉がありましたが、気にしないことにしましょう。「ですが、何故、リバーは自分の派閥の方々にそんなことをお願いしたんでしょう?学園でそんなに危ないことがあるとは思えないのですが・・・」
すると、ルークが、
「元々は殿下が自分にカサンドラ様のことを気を付けてくれないかとおっしゃったんですよ」
「レオ様が?」
「いつか、ローズさんに頭痛がすると言ったことがあるのは覚えていますか?」
「え・・・あ、はい。覚えてます」
あれは確かレオ様と喧嘩をしていた頃・・・。
「殿下はそんな風には見えなかった。何かあったはずだから、絶対に気を抜くなと自分におっしゃいました」
「レオ様・・・」
あの頃はまだレオ様と仲直り出来ていなかったのに、レオ様は私を気にかけていてくれたんですね。
「それで、自分がリバーに相談して、ローズさんだけではなく、カサンドラ様のこともリバーの派閥の方々が気を付けてくれることになったんですよ」
「そうだったんですか・・・リバーの派閥の方々には面倒を掛けていたんですね」
・・・私なんかのために申し訳ないです。
「ただ、歴史の授業が行われる教室は盲点だったんです。教室は奥の方にありますから、歴史の授業に参加する生徒しか普段は行きません。そして、カサンドラ様もご存知だと思いますが、リバーの派閥の方々は一人も歴史の授業を選択していませんからね」
・・・リバー派閥の皆様は男女共に見た目が華やかでオシャレで、常に流行の最先端を行くような方々ばかりです。ですが、そんな華やかな方々から、美の女神に愛されし者と言われ、崇められているのがリバーです(本人は気持ち悪いと言って、とっても嫌がってます。お姉ちゃんも正直笑ってしまいます)。
ですから、そんなリバー派閥の皆様はじみーな歴史を選択しないのです!
ちなみに歴史を選択している女子生徒は私だけだったりします。
「と、言うことで、歴史の時間が好機だと思ったのでしょう。更に授業が始まってしまえば、リバーに気付かれることはありませんからね」
「なら、どうして、リバーもシュナイダー様もルークも駆け付けることが出来たのではすか?」
ルークはシュナイダー様を見てから、
「シュナイダーの派閥の生徒が自分たちと同じクラスで歴史も取っていたんですよ。カサンドラ様は朝のホームルームの時にはいたのに、授業が始まっても、教室に来ないことをおかしいと思い、わざわざシュナイダーのところに知らせに来てくれたんですよ」
「私はリバーと一緒の教室にいましたから、その方にルークに鳥で知らせてもらうよう頼み、2人でカサンドラ様を捜すことになったんです。そして、2階の廊下の窓からカサンドラ様が男子生徒に殴られて、壁に頭から激突したところを見て、窓から飛び降りたんです」
「は?窓から飛び降りた・・・んですか?」
あれ、幻かと思ってました!
「はい。私はリバーにつられて、つい飛び降りてしまいましたが、意外に平気なものですね」
「へ、平気?」
シュナイダー様はどことなく呑気に言いましたが、2階から飛び降りて、平気な人間なんているんですか?!
シュナイダー様はルークを見上げてから、苦笑いすると、
「ルークは3階からでしたけどね」
なぬっ?!
「いやー、自分はカサンドラ様が殴られたところは見ていなかったのですが、リバーとシュナイダーが飛び降りたのを見て、自分も気付いたら、飛び降りてましたー。あははー」
ルークは呑気に笑っています。
「同じ人間とは思えないわね・・・」
と、メグが言うと、ルークは照れたように、頭をかきながら、
「そうですか?ありがとうござ」
「けして褒めていませんから」
と、メグは即座に言いました。
「ところで、私は何故あんなところに連れて行かれたんですか?あの私を殴った、リーダー格の男子生徒は何をしようとしていたんですか?」
私は首を傾げました。
「あの男はあの中では、確かにリーダーでしたが、更に黒幕がいたんです」
「く、黒幕?」
何かのお芝居のようですね。「それは誰なんですか?」
「ストレーゼン侯爵家のマーカス・ゴードンです」
・・・は?
私はしばらく固まっていましたが、
「やめて下さいよー」
と、笑って、手を振りながら、「ゴードン様がそんなことをするわけがないでしょう。穏やかでとってもいい人なんですから」
と、言いますと、
「「「はー・・・」」」
私以外の3人が溜め息をつきました。・・・ぬ?
「貴女、騙されてたみたいねえ・・・」
メグは呆れつつ、「マーカス・ゴードンは最初から貴女を狙っていたのよ?カーライル公爵家の令嬢である貴女の夫の座を狙っていたの」
「おっと?」
私はぽかんとしました。
「マーカス・ゴードンは複数の生徒から暴行されているアーロンさんを貴女の目の前で颯爽と助けて、貴女の信頼と尊敬を勝ち取り、油断させてから、別の場所に連れて行くつもりだったの」
「別の場所?」
何故???
「そして・・・貴女の、その」
と、言いかけたメグはやや赤くなりました。
それから、シュナイダー様とルークは私からやや目を反らします。何ですか?!
「め、メグ、ゴードン様は私をどうするつもりだったんですか?」
「だから、その」
メグは咳ばらいをすると、「貴女の純潔を奪うつもりだったのよ」
と、やや早口で言いました。
もちろん、ちゃんと聞こえたのですか・・・。
「へ?」
私はまたまたぽかんとしてしまいました。
じ、純潔?そ、それって・・・。し、しょ・・・。
「ぎゃっ!」
私は真っ赤になった顔を両手で覆いました。
私、カサンドラ・ロクサーヌ、貞操の危機にあったようです!




