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向き合う時(シュナイダー様視点)

 私は寮の廊下から、寮に向かって歩いて来る殿下のことを見ていました。

 殿下は左手にスケッチブックを持っています。どこかで絵を描いていたようですね。

 今日は本来なら、お茶会があった日です。

 ローズさんには申し訳ないことをしました。頑張って、お茶会の準備をしていたのに、全て無駄にしてしまいました。

 きっと、他にもっと良い方法があったのではと思いますが、殿下は自分が国王となることを決め、王位継承権の放棄を迫ったとしても、兄君であるダンズレイ公爵様に対する忠誠心のような物を持ち続けています。だから、ダンズレイ公爵様を頼ろうと決めたのです。

 1ヶ月前に殿下がローズさんに結婚を申し込むと言い出したのには、私とリバーも驚きました。殿下がローズさんを何とも思っていないのは明白だったからです。

 私とリバーで考え直した方がいいと説得しましたが、殿下は聞く耳を持ちませんでした。特にリバーとは喧嘩寸前になった程です。

 ですが、リバー自身、結婚に愛情は必要ないと言う考えなので、殿下がそんな結婚を選んだところで文句を言える立場じゃないと、殿下にいくつか苦言を呈した後は引き下がりました。

 私の方は、殿下が自分を見失っているような気がして、どうしたらいいかと考えるようになりました。


 殿下は幼い頃から、両陛下・・・ご両親との関係が希薄だったように思います。

 国王陛下は前国王陛下が亡くなられたばかりで、多忙だったため、あまりご一緒に過ごしたことがなかったようです。

 王妃様はやや離れたところから見ているだけでした。王妃様に『レオ。近くにいらっしゃい』と、声を掛けられても、真っ赤になって、逃げ出してしまっていました。嬉しいはずなのに、素直になれない困った子供だったのです。

 ご両親に甘えられない殿下を兄君はとても可愛がっていました。

 弟君の優秀さに気付き、自分より国王に相応しいと感じながらも、卑屈になることなく、殿下のことを心から自慢に思っていた素敵な兄君なんです。

 少々頼りなくて、感情に流されやすい部分があり、我が儘だったアナスタシア殿下を甘やかしていた方ではありましたが、殿下も本当に兄君が大好きだったのです。殿下の中心には兄君がいつもいたのです。

 ですから、殿下に自分を取り戻すきっかけを与えられるのはダンズレイ公爵様だけではないかと私は思ったのです。

 

 マーガレット様に話したように、私はローズさんのためだなんて、調子のいいことは言えません。

 なぜなら、私はある理由から、殿下がローズさんと結婚してくれたら良いのにと思っていて、殿下の心がローズさんにないことを知っていながらも、しばらく、知らない振りをしていたのです。

 もちろん、考えを改めたからこそ、作戦をリバーに持ち掛け、実行するに至ったのですが、許されることではないでしょう。

 何より、もっと前から、私は殿下の心が誰にあるのかを薄々気付いていたのに、そうでなければ良いと思い、また知らない振りをしたのですから。



 一昨日、リバーの策略に嵌まり、納得がいかないと言った様子のマーガレット様と別れた後・・・。

『で?とどめを刺すって、どうするの?』

 と、リバーが聞きました。

『いや、まだこれと言った具体策があるわけでは・・・』

 と、私が答えると、リバーは肩をすくめて、

『シュナイダーはさ。レオ様に遠慮してない?真正面からぶつかったことある?』

『え・・・』

『まー、僕はあのふてぶてしいカーライル公爵の息子だからね。普段からレオ様には遠慮なく言ってるけど、シュナイダーは一歩引いてるところがあるでしょ?でも、前はそうじゃなかったよね?学園に入ってから、余計にそうなった気がするんだけど、僕の気のせいじゃないよね?』

『・・・』

 私は何も答えられませんでした。リバーはそんな私を真っ直ぐ見つめながら、

『今回の作戦はメグさんが言ったように確かに回りくどい。そして、ローズだけが割りを食うことになっちゃったよね。僕は自分の大事なものを守るためなら、目的を遂げるためなら、他は犠牲にしてもいいって考えだけど、シュナイダーはそうじゃないだろう?ちょっと、らしくないなと思ってさ』

『・・・』

 私はやや俯くと、『殿下は兄君の話なら聞いて下さると思って・・・』

 リバーは分かるよ。と、言うように頷きましたが、

『僕はあまりしつこいと、レオ様が余計に意地になる気がして、後は自ら間違いに気付いてくれるのを待つつもりだったんだ。でも、そうなるとやっぱり苦しむのはローズだよね。レオ様が何も言えない空気を出しちゃってるしね。だから、レオ様が気付くのを待つだけじゃなく、早めた方が良かったと思う。だから、シュナイダーは間違ってはいないよ。でも、ダンズレイ公爵様やサラ様だけじゃなく、シュナイダーもレオ様の心を動かせると僕は思うよ?なのに、どうして、自分でそうしようと思わなかったの?最初から、ダンズレイ公爵様を頼ることしか考えてなかったよね?シュナイダーらしくないよね。僕はそこが気に入らなかったな』

『・・・』

 私は目を細めて、『貴方は私にも間違いに気付いて欲しかったんですね』

『いや。どちらかと言うと、僕が考えるような作戦だったからね。回りくどいのも嫌いじゃないし。だから、まあ、いいかって、思っちゃったんだよ。僕も間違ってたよ』

『いえ、私が』

 と、私が言いかけると、リバーは私の肩を叩いて、

『まあ、どっちが間違ってたかなんて、もういいよ。シュナイダーにとってレオ様は従兄弟で長年の友じゃないか。遠慮することないよ。言いたいこと、言ってやったらいいんだよ。それがレオ様のためになるんだと信じなよ』

『・・・はい』

 私は頷きました。


 すると、リバーは私の首に腕を回して、私の体勢を崩すと、頭に拳をぐりぐりと押し付けてきました。

『な、何をするんですか』

 痛くはないですが、不満げにそう言うと、リバーは意地悪げに笑って、

『しけた顔をしてんなよ』

『こういう顔です』

『長い付き合いになって来たからね。シュナイダーの表情の違いは読めるようになったよ』

『・・・』

『不服かな?』

 と、リバーはからかうように言いました。何だかカーライル公爵様を真似ているようです。

『いえ・・・』

 ・・・不服どころか、ちょっと嬉しいです。

『今度、二人でローズに頭を下げよう。それもしけた顔の原因だろう?』

『・・・はい。すみません』

 と、私が謝ると、リバーは笑って、

『僕に謝ることなんかないだろ。だいたい僕とシュナイダーの仲じゃない』

『では、ありがとうございます』

 と、言って、私が頭を下げると、リバーは急に赤くなって、

『うわ。何言ってんの。恥ずかしいなー』

『私だって、恥ずかしいですよ。でも、どうしても言いたかったので』

『たまにはいいか』

『ええ。たまになら、いいですね』

『まあ、これから死ぬまで、シュナイダーとは付き合っていかないといけないからね。たまには礼儀も大事だよね』

『死ぬまでですか・・・長いですね』

『嫌そうに言わないでよ』

 リバーは眉をしかめながら、そう言いましたが、すぐに明るく笑いました。

 私も思わず、表情を緩めました。

『それにしても』

 リバーは溜め息をついて、『レオ様は何だって、あそこまでローズにこだわるんだろうね。容姿とか全属性持ちだからってわけじゃないよね』

『・・・そうですね。何かあるんでしょうね』

 ・・・私はそうとしか言えませんでした。

 殿下がローズさんにこだわる理由を私はある程度、察しています。

 ・・・ですが、リバーには話せません。

 もし、リバーが知るとしたら、殿下から知らされることになるでしょうが、それはずいぶん後になるでしょうね。



「シュナイダー」


 その声に私が振り返ると、殿下が立っていました。

「こんなところで、どうしたんだ?」

「殿下をお茶に誘おうかと思いまして、待っていたのです」

 と、私が答えると、殿下は片眉を上げて、

「何か話でも?」

「話がなくては、お茶も誘ってはいけないのですか?」

「・・・そういうわけではないが」

 殿下は警戒しているようです。

 ・・・もちろん、お話はありますけどね。


 殿下と共に私の部屋に入り、私は早速お茶の準備を始めました。

「どこかで絵を描いていたのですか?」

 茶葉をティーポットに入れながら聞きました。

 殿下は自分のスケッチブックに目線を落として、

「めだかの池に行っていた。・・・もちろん、一人でだ」

 私は顔を上げて、殿下を見ると、

「何故、お一人だったことをわざわざ言うのですか?・・・カサンドラ様と一緒だったと思われたくないからですか?」

 殿下はカサンドラ様の名に明らかに動揺した様子を見せましたが、

「そういうわけではない。変な勘繰りは止せ」

「申し訳ありません」

 私はそう言うと、お湯をティーポットにお湯を注ぎました。


 リバーとカサンドラ様からの誕生日プレゼントである砂時計の中の砂が落ちていくのを私と殿下は見つめていました。

 砂が全て落ちて、私はカップにお茶を注ぎました。その音だけが、静かな部屋に響きます。

 元々、私と殿下は会話が多い方ではありませんでした。と、言うより、殿下の話を私が黙って聞いていることが多かったのです。

 ですが、殿下はお前も話せ。などと言ったことは一度もありませんでした。

 それはリバーもルークも同じで、最近では、アーロンもですね。

 表情に乏しく、何を考えているか分かりにくい私なのに、もったいない程の良い友人たちが出来たものです。

 でも、それは全て殿下のお陰なんです。でなかったら、今の私はないでしょう。

 私の中心にはいつも殿下がいました。殿下は私にとってかけがえのない方です。生涯の忠誠を誓って、当然の方なんです。


 だからこそ、知らない振りをしてはならないのです。



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