キャス、王子様と友達になる。その2
私は完全に固まり、声が出ませんでした。
だって、真夜中の廊下に、よりにもよって、レオンハルト殿下がいるだなんて思いもしないじゃないですか。
私が固まったままでいると、殿下がこちらに近寄って来ます。
なんでしょう。もしや、階段で背中を押そうとしたことに気付いたとか・・・私の殺気を感じたのかもしれません。
殿下は私のすぐ前で足を止めると、
「怪我はもう良いのですか?」
「け、け、が?」
殿下は自分の鼻を指差して、
「あんなに血が出たのですから」
「あっ、あー、ふ、ふぁい。は、母のち、治癒まっほうのお陰で」
私は手で鼻を隠すようにして、「お、お見苦しぃところを見せちまって、すまねえ・・・」
うん?何かおかしな言葉遣いになってますね?
ちょっと落ち着きましょう。
「え、ええと・・・その、あのですね」
1分経ちました・・・が。
落ち着けません!
あまりに近くにいるので、殿下のガラス玉のような瞳に自分だけが映っていることが分かるせいです。
しかし、この挙動不審な女の前で良く普通にしてられますね。
さすが王子様と言ったところでしょうか。
「こんな時間にどうされたのですか?」
と、殿下が聞きました。
何も言えずにいた私に対して、さすがに堪え切れなかったようです。ですよねー。
いくら私でも聞かれたことには答えます。
ところが・・・。
「ゆ、夕食を食べられな」
と、言ったところで、ぐーきゅるるるるーっとおなかが鳴ってしまいました!ぎゃあっ!廊下があまりに静かなので、響いてしまったではないですかっ!
「・」
「・」
沈黙が続きます。
「・・」
「・・」
まだ続きます。
「・・・」
「・・・」
まだまだ続きま・・・
「ぶはっ」
・・・ん?!
殿下が私から顔を反らすと、おなかを抱えるようにして、震えています。
まさか、笑ってるんじゃないでしょう・・・ね?
「おまっ・・・カーライルの天使がこれって・・・ぶはっ」
んんっ?!
「くくっ、ざ、残念すぎっ、くはっ」
「あ、あのー、レオナード君も『ども噛み病』発症でしか?」
すると、殿下は途端に姿勢をちゃんとして、私をジロッと睨むと、
「一緒にするな」
で、ですよねー。
ん?ところで、何かキャラがおかしくないですか?
私がそう思いつつ、殿下を見ていると、殿下は長めの前髪をかき上げ、
「もういいや」
な、何がですか?
それから、殿下は壁にもたれて、腕を組みました。
・・・小さい子が大人ぶってー。って、突っ込みたいところですが、堪えます。
すると、
「私はこの国の第二王子、レオンハルト・レイバーン・カルゼナールだ」
レオンハルト殿下が自己紹介しました。
えっ?!言っちゃうんですか?!ゲームと違いませんか?!いいんですか?!
私がまた固まってしまうと、
「驚かないのか?」
殿下は怪訝そうな顔をしています。
まさか、初めから知ってましたとは言えませんので、
「お、おじょろき(驚き)すぎて・・・」
殿下は口の端を上げて、
「その喋り方にも慣れないが、まだ2日もあるから、その間、お前は何をするか分かったものではないだろう?『レオナード君』では笑うことも出来ん。体に悪い。だから、正体をばらしたのだ」
「はい・・・?」
つ、つまり、思い切り笑いたいから、レオンハルト殿下だとばらしたんですか?それで、いいんですか?
それから、台所に行き、殿下はここに滞在する目的を教えてくれました。
もちろん、私は知っていましたが、
「し、将来の五大公爵であるリバーのことも、でしか?」
レオンハルト殿下は砂糖入りのホットミルクを飲んでから(やはり子供ですね)、
「うむ。カーライルに次期公爵である息子がどのような人物か聞いていたのだが、カーライルは子供に甘いと評判だからな。やや心配だったのだ。自分の子供のことを素晴らしいとか天使のように可愛いとしか言わんからな」
「・・・」
とんでもない親馬鹿ですね。・・・すみません。
私は話を聞きながら、ハムとチーズ入りのサンドイッチを食べてます。何と、殿下が作ってくれました。おまけにとっても美味しいです!
私はそれを飲み込んで、
「そりで、リバーはどうでしか?」
「うむ。まだ一日目だが、特に問題もないし、これだけ手が掛かる困った姉がいれば、忍耐強さもつくだろう。将来が楽しみだ」
「そうでしか・・・」
私はホッとしましたが、何だか私の方はけなされているようにも思えて・・・気のせいですかね?
食べ終わり、おなかも満足したので、部屋に戻ることにしました。
「レ、レオンひ、レオンハルトで、殿下、サンドイッチ、ありがとうございまふ」
殿下は鼻を鳴らすように笑って、
「お前、その喋り方何とかしろよ」
「は、はい、すみません」
「今度、アンバー公爵家でガーデンパーティーがあるだろ?恥をかくぞ」
「は、はい、あ、あの、レ、オンハル、っと殿下も来られんでしか?」
「ああ」
殿下は立ち止まると、私と向き合って、
「レオでいいぞ。私もキャスと呼ぶ」
「えっ」
それは、お互い愛称呼びってことですか?前世でぼっちだった私にはハードル高いです!だいたい男子の名前(苗字に君付け)を呼んだことすらあまりないですよっ?!
殿下は眉を寄せて、
「どうした、キャス。何も難しくないだろう」
うわっ。両親とリバー以外に『キャス』と呼ばれたのは初めてです。顔が赤くなってると思います!
「ほら、口を大きく開けて、ちゃんと言ってみろ」
「・・・」
「おい。キャス」
どうして、こんな真夜中にこんな照れることをしなくてはならないのでしょうか。この後、ベッドに戻っても寝れないと思います。
しかし、呼ぶまで殿下は解放してくれないでしょう。
ここは思い切って・・・。
「レ・・・」
「ん?何だって?」
殿下が聞こえやすいように、顔を近付けて来ました。
ぎゃー!これ以上、近付かないで下さいー!
ちゃんと言いますからっ!
「レオしゃま」
私は頑張って言ってみましたが、やっぱり上手く言えませんでした。
またじみーに落ち込みましたが、
「・・・ん、まあ、いい」
と、殿下が言ったので、私は顔を上げました。
すると、殿下は私からやや目線を反らしつつ、
「その、まあ、いいぞ。喋り方は大きくなっていけば良くなるだろう。・・・可愛いし、まあ、いい」
・・・ん?『良くなるだろう』の後が聞こえなかったのですが?
私は聞こうとしましたが、
「じゃあ、おやすみ」
と、言って、殿下が私の頭をポンポンしました。
ぎゃー。殿下に『頭ポン』されちゃいました。
おっと。浮かれている場合ではありません。
私もちゃんと挨拶しなければ。
「レオしゃま。おやすみなしゃい」
ゲストルームに戻っていた殿下は、
「くはっ」
と、吹き出すと、笑いながら、部屋に入って行きました。
意外と笑う方なんですね。




