このお話のヒロインはちやほやされません
ローズマリー様のことを、シュナイダー様が『ローズさん』、リバーが『ローズ』と呼んでいることを知った私はショックを受けてましたが、
「でも、ローズってどうなんだろうね」
と、リバーが言いました。「令嬢としては、キャスよりきちんとしてるけど・・・」
「・・・」
まあ、そうでしょうね。「けど、なあに?」
「ローズの手作りのお菓子をレオ様とシュナイダーの3人で食べたんだけど・・・」
「!」
ま、まさか・・・。
「塩と砂糖を間違えていましたね」
と、シュナイダー様がやや眉をしかめながら言いました。や、やっぱりー!
「味見した?って、僕が聞いたら、レシピは完全に頭に入っているし、作り慣れてるって言ったんだ。おまけにお母さんやお祖母さんから習ったものじゃなくて、自分で考案したお菓子だって言うじゃないか。僕、軽く殺意が芽生えたよ」
リバーはしれっと怖い事を言ってから、「だから、言ってやったんだよ。『人に食べさせる物を味見もしないって、信じられない。どこから、その自信が来るの?深く物事を考えることはないの?君は本当に気楽でいいよね。だいたいさー、自分が普通の人より、注意力が散漫で、しょっちゅうくっだらない失敗してること分かってる?このしょうもない食べ物もその根拠のない自信も全部焼き払いたいくらいだ』って。あははっ。すっきりしたよ」
「ひ、ひどい・・・」
と、私が引きつって言いますと、
「シュナイダーだって、安定の無表情で一口食べたきり見向きもしなかったよ。おまけに塩と砂糖を間違えたことに気付いたローズが『捨てますから』って言ったから、レオ様が『捨てることはない』って、また食べようとしたんだ。レオ様は自分に切り分けられた分だけはせめて食べてあげようと思ってたみたいだけどね。そしたら、シュナイダーはレオ様の手をぺいって払ってから、ローズに向かって、『殿下が体調を崩したらいけないので、二度と作らないで下さい。は?気をつける?そんなことは知りませんよ。私はこのことでは貴女を今後一切信用しません。また何か作って、殿下に食べさせようものなら、王族方に対する傷害の罪で訴えます』だよ?怖くない?」
「・・・」
こ、怖いです。
「全くですね!殿下に何かあったら大変ですよ!リバーとシュナイダーは正しいです!」
と、ルークがうんうんと頷きます。
「・・・」
おかしいです。ヒロインは何をしても許されると思ってましたが、この3人には通用しないようです!
「はっきり言いますが、砂糖だったとしても、なんてことのないごく普通のお菓子です。趣味の域でしかない素人が作るものを殿下に食べさせるわけにはいきません」
と、シュナイダー様はきっぱりと言いました。
「そうだね。塩と間違うだけならまだしも、体に入るものだ。レオ様に何かあったら大変だよ。どのみち、王妃が厨房に入る必要なんかないんだから、やめさせても問題ないよ」
「でも、お菓子作りが趣味だと思うし・・・それを奪うのは可哀相じゃないかしら」
「そんなのは殿下や私たちに関係のないところで勝手にやればいいのです。それに私やリバーはローズさんを好きでもなんでもないんですから、手作りのお菓子なんて嬉しいと思うわけがないでしょう。嫌がらせとしか思えません」
と、シュナイダー様はまたまたきっぱりと言いました。ぎゃー!
「全くだね。僕もローズには興味も関心もないし、迷惑極まりないよ。僕、これみよがしに手作りのお菓子を作ってくる人、嫌いなんだよね。ルークのお母さんは職人並だからいいけどさ。レオ様なんて、王子だよ?いい加減、舌が肥えてるのに、素人の小娘が作ったものを食べて美味しいなんて思うわけないでしょ。まあ、神経の図太さだけは褒めてあげるよ。レオ様もそれが良かったのかな。よっ!さすが将来の王妃!」
リバーはローズマリー様がいるであろう方向に声を上げてから、とても愉快そうに笑いました。も、もうやめてあげて下さい!
シュナイダー様はうんうんと頷いていましたが、私を見て、
「カサンドラ様。私とリバーはカサンドラ様から、殿下がローズさんを正妃にするつもりでいると聞いたから、お守りするのですし、他の方にはしない注意もするんです。殿下が恥をかかないよう私たちで教えてられることは教えていかないといけないのです。ローズさんはもう少し思慮深くならなくてはなりません」
「良くお父様が言っているだろう。王族方を守るだけが五大公爵の役目じゃないって。王族方を育てるのも、正しい方向に導くのも役目のうちだって。だから、僕とシュナイダーはそのつもりでローズに接するよ」
と、リバーはそこまで言うと、溜め息をついて、「レオ様がローズと婚約してくれたらもっと厳しく言えるんだけどな」
「も、もっと厳しくするの?」
十分、厳しいです!
「当然だろう。さすがに結婚を反対するようなことまでは僕とシュナイダーもしないけどね。あー、早く婚約してくれないかなー。思う存分厳しく言えるのに。レオ様も鍛え甲斐のある人を選んでくれて、お礼を言いたいくらいだよ」
リバーはどことなくわくわくしている様です。ひぃいいっ。ローズマリー様、弟が申し訳ありません!
「あ、あのレオ様はローズマリー様を庇わなかったの?」
と、私が恐々と聞きますと、リバーはくすりと笑って、
「レオ様が?まさか。『私は王城や五大公爵家のシェフの味に慣れ親しんでいるから、こういった物は全く好みでない。今後、無理して、いや、二度と作らなくていい。それから、リバーが言うようにもう少し、色々と注意深くなった方がいいぞ。ローズマリーの失敗はやや目に余る。私もここまでとは思っていなかった。最後にシュナイダーの訴えるは脅しではない。私に何かあったら、子爵家が取り潰されると考えた方がいい。私も庇わない。以上』って、レオ様は言ったんだ。さすがだよね」
「さすがです!殿下!」
と、ルークがレオ様がいるであろう方向に向かって声を上げました。
「・・・」
れ、レオ様って、好きな方に対しても遠慮ないんですね。ひぃっ。
「キャスは厳しいって思うかもしれないけど、レオ様があれでローズを庇ったとしたら、僕はレオ様にがっかりしただろうな」
「そうかもしれないけど・・・もう少し言い方ってものがあると思うんだけど」
「ですが、庇うとまでは言わなくても、殿下がローズさんに精神的に重圧をかけないよう気を使っているのは確かですよ?それもあって、妃にしたいと思っていることを打ち明けないのでしょう。それは理解出来なくもないですが、私は殿下が王太子に就くのと同時に結婚を発表しても良いのではないかと思うのです。ローズさんの心構えが出来るよう、早ければ早いほど良いのではないでしょうか」
私はそのシュナイダー様の意見に思わず手を叩いてから、
「いいですね!国民の皆様も喜ぶでしょうね!」
リリアーナ様と同じ容姿の女性がカルゼナール王国の将来の王妃様となるのです!
それを国民の皆様が知ったら、王族方の人気も回復どころかどーんと上がりますよ!
「と、言うわけで、キャスに相談なんだけど、レオ様と仲直りして、ローズと早く婚約するよう言ってみたら、どうかな?」
「・・・」
リバーがお姉ちゃんに相談とは滅多にないことなので、嬉しいのですが・・・。「仲直りしたとしても、私はローズマリー様のことをレオ様に進言出来ないのです」
「どうして?」
「レオ様に怒られるからです。前も『押し付けがましい事を言うな』と怒られたのです」
「へえー・・・」
と、リバーが冷ややか笑みを浮かべて、「レオ様のこと殴って来ていいかな」
ぎゃああああっ!
ゆらーりと立ち上がったリバーをルークとシュナイダー様が慌てて押さえます。
「り、リバー、私が自分の考えをレオ様に押し付けようとしてたの。私が悪かったの。レオ様は悪くないから、レオ様に怒らないで」
私もリバーの肩を押さえながら、「ともかく、レオ様にはレオ様の考えがあるのよ。そ、そうだ。リバーとシュナイダー様は、ローズマリー様はレオ様のことを好きだと思いますか?」
「殿下を好きにならない女性はいません!」
案の定、ルークが自信満々で言いましたので、
「ルークには聞いてません!」
と、私が即座に言いますとルークはしょぼんとしました。可哀相ですが、それどころではないので、今は無視しましょう!
リバーとシュナイダー様は顔を見合わせましたが、
「好きだろうね。僕たちやアーロンと話す時とは明らかに違うよ」
と、リバーが言いました。
シュナイダー様も頷いて、
「私もそう思います」
私はホッとして、
「良かったー!私、ローズマリー様とあまり話をしたことがないからどうかなと思ってたけど、やっぱり両思いなのね!良かったわね!ルーク!」
「はい!リバーとシュナイダーがそう言うのなら間違いないでしょう!」
「「やったー!二人は両思いー!」」
私とルークは立ち上がると、手を取り合って小躍りしながら喜びました。
リバーはそんな私たちを見ながら、
「ほんとお馬鹿さんだね・・・見てるこっちが恥ずかしいよ」
と、呆れました。
「・・・」
ところかがシュナイダー様はそんな私たちには目もくれず、何やら考え込んでいました。
ちなみにこの後、ローズマリー様をレオ様に相応しい女性にしようと決めたリバーとシュナイダー様はローズマリー様に対して、一層、厳しく、口うるさくなります。
ローズマリー様は初めは???状態でしたが、二人があまりに怖いのか、素直に言う事を聞いているようです。
私が絶対泣かしたら、ダメですよ。と、二人に言いますと、二人共、『紳士ですから』と、言いながらも、私から目を反らしました。信用出来ません!
リバーとシュナイダー様はローズマリーが作って来たお菓子を見た瞬間、投げ捨ててやろうかと思ってました。一口食べてあげただけでも、ましだと思ってもらえたら・・・。
リバーとシュナイダー様からすれば、親切心から言ってあげたつもりでいますので、散々貶されたローズマリーは泣きましたが、二人は平然としてました。レオ様もこれといって、慰めてません。
ちなみにキャスに嫌われたくないので、泣かしたことは二人共黙っています。
作者も親切心から『王子と公爵令息が素人の作るお菓子なんか喜ぶわけないだろう』と、ローズマリーに早めに教えてあげたつもりです。
ローズマリーはけして悪い子ではありません。気持ちが空回りすると言いますか・・・。
こんな作者のお話のヒロインになってしまったことが、不幸だっただけですね。




