元いじめられっ子、いじめっ子を目指す
レオンハルト・レイバーン・カルゼナール。
我が国の第二王子。
その王子様に対しての、悪役令嬢カサンドラ・ロクサーヌ、つまり、私の役割は『いじめる』です。
『レオナード』と偽名を使い、『両親を亡くし、施設で育ったが、魔力量が高い為、子爵家の養子になることが決まった』と嘘の人物像を作り上げ、カーライル公爵家に現れたレオンハルト殿下。
胡散臭さを感じたためか、施設育ちに変な偏見を持ったのか、自分より愛らしい容姿が気に入らなかったのか、カサンドラはレオナードをいじめます。
私は3つ目の理由が有力だと思います。
レオンハルト殿下の愛らしさったら、愛らしさったら!
もう鼻血モノです!連れて帰りたいです!
カサンドラよりずっと小柄で華奢な体つき!銀髪にガラス玉のような瞳は儚げで神秘的!もう守ってあげたいです!
しかし、悪役令嬢としては、いじめなければなりません。
レオンハルト殿下の攻略法。『天然ドジっ子を装う』です。
イベントが起こった際、絶対こんな女いねーよ!と思う選択をすれば、楽々ハッピーエンドです。
何故、天然ドジっ子。いや、悪く言えば、ただのぶりっ子をレオンハルト殿下が好むかと言えば、目つきの悪い、表だけ完璧な公爵令嬢にいじめられたせいです。
カサンドラは両親と弟がいないところで、レオンハルト殿下をいじめます。
レオンハルト殿下は女の子にいじめられたなんて、プライドが許せなかったことと、身分を偽っていたせいもあり、カサンドラの両親やリバーに言えませんでした。かと言って、やり返すのは、紳士として出来なかったのでしょう。
散々だった婚約候補者の偵察後、五大公爵アンバー公爵家のガーデンパーティーにて、カサンドラと再会します。その時、あのレオナード君がレオンハルト殿下だったとカサンドラは知るのです。
しかし、さすがはカサンドラです。手の平を返したように、レオンハルト殿下を持ち上げ、擦り寄るのです。もちろん、いじめたことなんて噫にも出しません。
そうして、レオンハルト殿下は5歳にして、女性不信に陥ります。
そこで、どうして、天然ドジっ子が攻略法になるかと言うと、裏表がなく、完璧ではなく、ちょっと抜けたところのある・・・つまり、カサンドラと真逆の女の子が好みになるからです。
ゲームでヒロインがレオンハルト殿下とハッピーエンドとなった場合、カサンドラは学園の全生徒の前でレオンハルト殿下に今までの悪事をばらされ、独りぼっちになります。その結果、カサンドラは病気と偽り、カーライル公爵家に引きこもりになります。良かった。処刑どころか、国外追放にもならなくて。
しかし、ここで困ったことがあります。
私はどうやって、いじめればいいのでしょう。
売店でパン買ってきなと脅す。・・・いや。売店ないです。
靴箱に置かれた上履きに落書き。・・・いや。靴箱ないです。
お金を巻き上げる。・・・いや。王族と貴族は基本現金持ち歩きません。
悪口を面と向かって言う。・・・いや。『ども噛み』発動間違いなしです。
陰口を言う。・・・いや。相手がいないので、ただの独り言になります。
私がそんなことを考えていると、
「キャス。キャス」
リバーが肘でつついてきます。
「え?」
「えじゃなくて、挨拶。挨拶」
それに私がハッとして、顔を上げると、レオンハルト殿下が不思議そうに私を見ていました。
父、アンドレアスは心配そうにしながらも、『挨拶しなさい』と口を動かしています。
隣に立つ礼儀作法の先生でもある母、マリアンナの視線をビシバシ感じます。
ど、どうしましょう。どうやって、いじめればいいのでしょう?!
そうです!私がされていたいじめは、無視です!ここは無視してやりましょう!
私は思い切り顔をそっぽに向けました。
「キャ、キャス、ど、どうしたの」
可愛い弟が焦ってます。
「キャス、な、何か向こうにあるの?」
いつもはおっとりした母もさすがに焦ってます。
後で土下座しますから!許して下さい!
ところが!
「いやあ。キャスは照れてるんだなぁ。あんまりにもレオナード君がカッコ良くて。キャスはこういうタイプが好みだったのかー。父様、妬いちゃうぞ」
茶目っ気のある父がそう言いやがりました。
違うんです!いじめたいんです!レオンハルト殿下に『こいつ俺に惚れやがったな』なんて、思われたら、どうするんですか?!
あーもうっ!しょうがないので、挨拶してやりますよっ!
私はレオンハルト殿下を真正面で見据え、思い切り息を吸い込むと、一気にこう挨拶しました。
「おおおおぉっ、はちゅに、おおおおぉっ、むに、きゃきゃりましゅ!きゃしゃんっ、じょりゃ、でででで、ごじゃっ、いまふっ!」
史上最大の『ども噛み』具合になりましたとさ。




