もう自分の世界には入りません
私、バドレー公爵令嬢マーガレット・フォスター様の顔を見るなり悲鳴を上げてしまいました!
これには、マーガレット様も驚きましたが、
「大袈裟です。・・・今、自己紹介をしていて、あなたの番なんですよ」
と、声を潜めて言いました。
「じ、自己紹介?」
周りを見ると、皆さんが私に注目していました。ひぃっ!
この世界にも、私がいた前世の世界にもあった昔ながらの儀式があるんですね!
ど、どうしましょう!私、自己紹介なんてとっても苦手です!上手く喋れた記憶がありません!誰も聞いていませんでしたけどね!
「どうしたんですか?」
いつの間にか先生らしき方が来ていました!女性で髪をきっちりと結い上げている厳しそうな方です!「立って、自己紹介をして下さい」
「は、は、はいぃっ」
私、何とか立ち上がりましたが、「あ、あ、あの、その、私・・・」
と、言いながら、俯いてしまいます。
人に注目されるなんて、私、耐えられません!逃げ出したいです!
ですが、ハッと我に返ります。私はカーライル公爵家の令嬢です。それに相応しく、威厳たっぷりに振る舞わなければなりません!はっきりと聞き取り易い声で自己紹介しようではありませんか!
私、口をくわっと大きく開いて、
「私、カサンドラ・ロクサーヌ、15歳になりました!」
・・・あれっ?
・・・しいんと教室中が静まり返ります。
「・・・年齢は分かっています」
シュナイダー様に負けないくらいの無表情で先生が言いました。
年齢まで言ってしまいました!でも、今の台詞、言い慣れちゃってて、思わず、出てしまったんです!
「す、すみません・・・よろしくお願いします・・・」
私、消え入りそうな声でそう言うと、頭を深々と下げ、椅子に座りました。
レオ様が額に手をやって、やれやれと首を振ります。
ルークは大きく息を吐くと、ぐったりとしました(キャスが心配で息を止めていました)。
この後、この学園について詳しく書かれてある冊子が配られ、特に注意する点だけを先生が説明していきました。
教室の柱時計が、ボーン、ボーンと鳴って・・・。
「休み時間となります。明日、午前中は学園内の案内をします。午後からは各教科の先生に内容を説明していただきますので、教科の選択をする参考にして下さい。教科の選択はとても重要です。きちんと話を聞くこと」
先生は私を見ながら言いました。
・・・す、すみません。
そして、先生はきびきびした歩き方で教室から出て行こうとしましたが、
「カサンドラ・ロクサーヌさん」
「は、はいぃっ」
「放課後、職員室に来て下さい」
「は、はい・・・」
私、絶対、先生に怒られるんですよ。ぼーっとしていたから。私、すぐ自分の世界に入るところもなんとかしなくてはならないようです。
ランチの時間になりました!
学生食堂は高級レストランの店内の様です。いや、高級レストランなんて、実は行ったことないですけど・・・すみません。
この学園には千人ほど生徒がいますので、とっても広いです!
窓にはステンドグラス、天井には豪華なシャンデリア、床には赤い絨毯、丸いテーブルと椅子はいかにも高級そうです。あ、外にはテラス席があります!本当に学生食堂ですかね?!
食事はセルフサービスで好きな物を好きなだけ食べていいことにはなっていますが、紳士、淑女を育成する場でもある学園ですからね。好きなだけ食べて、お腹をパンパンにする人なんていないのです。私も気をつけなくてはなりません。
ちなみに、ランチやお茶の時間はここを利用しますが、朝食、夕食は寮にある食堂で取る事が決められています。ランチと違い、全員同じメニューです。
寮の食堂は大広間のようにテーブルが縦に並べて置かれてあります。特に席は決まっていないのですが、奥の方に上級生が座る事が暗黙の了解となっているようです。
「はあー・・・」
私は席に着くなり、溜め息をつきました。
「早速、やらかしたんだってね」
と、リバーは言いますと、私の髪をなでなでしました。うぅ。お姉ちゃんとして情けないです。
「うん・・・そうなの。私ったら、入学初日なのに・・・。私、自分の世界に入っちゃうところ何とかしなきゃね・・・」
と、私が溜め息混じりに言いますと、
「その自覚、あったんですか?!」
ルークが驚愕します。
「え?そ、そうよ。最近気付いたんだけど・・・」
「さ、最近・・・」
レオ様が笑いを堪えながら、「私たちは大昔から分かってたぞ」
リバー、シュナイダー様、ルークが頷きます。
「な、何ですと?!」
今度は、私が驚愕しました。
驚愕の事実を知り、更に落ち込んでいますと、
「カサンドラ様。自分、放課後、職員室までついていきますね」
と、ルークが言いました。
「え、い、いいわよー。いくらなんでも迷わないし・・・それに」
私は隣にいるルークにだけ聞こえるように、「お手洗いにまでついて来なくていいからね」
と、赤くなりつつ言いました。
「何を言ってるんですか!どんな危険があるか分かりませんよ?!」
そんな物はありません!
・・・私がまるで王女様のように専属騎士を連れている。と、囁かれるようになるまで、そう時間がかからないわけで・・・。なぬっ?!
そんな中・・・。
「アーロン。食が進んでないな。どうした?」
と、レオ様が言いました。
「あ、そんなことはありませんが・・・」
と、言いつつも、アーロンは周りを気にしています。
「カサンドラ様。何かこのテーブル、目立ってません?」
と、ルークも私にだけ聞こえるくらいの声で言いました。
おお。ようやく気付きましたか。私だけかと・・・いえ、アーロンも気付いていますね。だから、食べにくいんでしょうね。
「皆さん、レオ様を見てるんじゃないかしら。王子様をこんなに近くで見る機会なんて、あんまりないでしょう?おまけに今日は入学初日だし」
「なるほど。ですが、殿下はこの視線が気になるかもしれませんね。見るなと言った方がいいのではないでしょうか」
ルークは超真剣です。
「そ、それはルークがひんしゅくを買っちゃうから、やめておいた方がいいわよ」
と、私は慌てて言いました。学園ではレオ様馬鹿度は低めに設定した方がいいと思います!「それにレオ様はあまり気にしてないようだし」
レオ様はリバーたちと話しながら、食事を進めています。皆さんの視線には気付いているかもしれませんが、全く気にしていないようです。
まあ、ここまであからさまな視線を送られるのは最初のうちだけでしょうしね。
ですが、そう甘くはなかったのです。
私、レオ様、ローズマリー様の三角関係が生徒さん達の間で勝手に作り上げられ、私たちの一挙一動が注目される日々を送る羽目になることなど、この時の私には知る由もなかったのです。
ち、注目っ?!ひいいいぃっ!!




