犠牲(リバー視点)
翌朝、僕が用意された部屋で朝食を食べていると、ドアがノックされました。
「はい」
と、僕が答えると、ドアが開き、父が入って来ました。
「おはよう」
「おはようございます」
「眠れたか?」
「はい」
と、僕は頷きました。良く眠れたとは言えませんが・・・。
しかし、父の方は全く眠っていないように思われます。
「お父様」
「うん?」
「昨日はすみませんでした。冷静に物事が考えられませんでした」
僕は頭を下げました。
「やめなさい。・・・私も厳しく言い過ぎた。だが、理解して欲しいと思う。いや、理解しなければならないんだ」
その父の声には明らかに苦悩が混じっています。
僕は顔を上げると、真っ直ぐに父の目を見つめてから、
「僕はこの先、どんな事が起こっても、五大公爵家の一員としての立場は忘れません。でも、キャスを、僕個人にとって、大切な物も守ります。絶対に諦めたりなんかしません」
父は驚いたような顔をしましたが、ややあって、口元に笑みを浮かべると、
「良く言った。・・・リバー。何があっても、揺るがない強い意志を持つ事が大事なんだ。そして、守りたい物があることも。そんな人間は簡単には負けないよ」
そして、僕の両肩に手を置いて、「私が持っている全てをお前に教える。だから、強くなれ」
「はい。強くなります。お父様よりも」
と、僕が言うと、僕の頭をやや乱暴に撫でてから、
「生意気だ」
どこか嬉しそうに言いました。
それから、会議が始まると言う事で二人で会議場に向かっていると、
「カーライル公爵!」
魔術師らしき人が走って来て、「西区で雷が落ちたとの報告が入りました!」
「雷・・・まさか!もう習得したと言うのか?!」
父が驚愕の声を上げました。
ダンレストン公爵家が得意とする土系魔法は雷を自由自在に操る事が出来るのです。
人によっては、攻撃魔法だと気付かずに雷が落ちただけだと思うかもしれませんが、空を見ると、雲ひとつない青空です。自然発生したとは思えません。
と、言う事はダンレストン公爵家を襲った何者かの仕業に違いないのです。
攻撃魔法は呪文が分かったからと言って、すぐに習得出来るものではありません。
それをこの短時間で習得したと言う事は敵は相当な使い手であると思われます。
「リバー。部屋に戻っていろ!」
と、父は言うと、走って行ってしまいました。
会議の開始は一時間程、遅れました。
僕が会議場に入ると、シュナイダーがもう来ていました。
僕はシュナイダーの元へ行き、
「おはよう」
「おはようございます」
「大丈夫?顔色が悪いよ」
と、僕が心配になって言うと、
「大丈夫です。皆が大変な思いをしているのですから」
「無理はするなよ」
と、僕は言いながら、シュナイダーの隣の席に座ると、会議場を見渡していましたが、国王陛下、ジャスティン殿下、レオ様が入って来たので、立ち上がりました。
対策会議に出席しているのは、王族方は国王陛下、ジャスティン殿下、レオ様の三人だけです。
後は五大公爵、8人の大臣、サラ様のお父様を除く、五大公爵を継ぐ事が決まっている人間です。
国王陛下が対策会議の開始を告げ、それぞれが把握している情報を順に話していきます。
先程、西区で雷が落ちたとの報告がありましたが、やはり魔法だったようで、
「約130名が死亡したとの報告があります」
と、父が厳しい表情でそう言いました。
僕はショックを受けましたが、父は続けて、
「私はその現場を直接見て来ました。人通りの少ない場所でしたから、一概には言えませんが、敵はまだ完全には習得していないと思われます。そして、威力を試す為にあの場所で使ったのでしょう」
威力を試しただけなんて・・・許せない。僕の中に激しい怒りが沸き起こりました。
隣のシュナイダーも拳を震わせています。
会議は被害状況の報告から今後の警戒についての話し合いが続いていましたが、新しいアンバー公爵様が立ち上がり、
「ここのところ続いていた私たち五大公爵家に対する他の貴族の不満は、私の父が病に倒れ、不在だった頃に起こりましたが、五大公爵家がある特権を得て、私腹を肥やしていると言うデマを誰かが広めていた為になかなか治まりませんでした。私の父は誰が広めていたのかを探っておりましたが、結局、分からずじまいでした。その者が今回、敵に情報を流した可能性も考えられます」
「では、この城に裏切り者がいると言うわけだな」
と、国王陛下は言いました。
「はい」
アンバー公爵様は頷いて、「そうとしか考えられません。王城に出入りをしている全ての人間を調べることが必要だと思われます」
重苦しい空気が広がりましたが、ダンレストン公爵様が立ち上がり、
「この場を借りて、お詫び申し上げます。今回、私の息子がしてしまった事は言い訳のしようもございません。大変申し訳ございません」
と、言って、深々と頭を下げました。
「どう責任を取るおつもりですか?・・・あなたは息子の教育を誤ったとしか思えませんな」
と、父が言いました。
すると、ジャスティン殿下が体ごと父に向かうと、
「何もダンレストン公爵の子息のみの責任ではないだろう。誰もこのような事態は予想出来ていなかったはずだ」
「しかし、標的にするなら、前公爵を亡くしたばかりのアンバー公爵家が最適だったはずです。・・・ダンレストン公爵家は舐められていたとしか思えない。そして、その通りだったと言うことでしょう。ジャスティン殿下。将来の義父だからと庇うのは感心しませんな」
「私はそんなつもりはないっ。皆が前アンバー公爵が亡くなった事に動揺していた。そこを狙われたのだから、何もダンレストン公爵家だけを責める事はないだろう」
と、ジャスティン殿下は言い返しました。
「ジャスティン殿下はそれを犠牲になった方の家族の前でも同じ事が言えますか?」
と、父が立ち上がり、「確かに、今、私は標的にするのなら、アンバー公爵家の方が最適だったはずとは言いましたが、それが亡くなった方に何の関係がありますか?ダンレストン公爵の息子が敵にくれてやった物は罪のない人間を一瞬にして何千人も殺せる事が出来るのですよ。前公爵が亡くなった事に動揺していたから、仕方がないで済みますか?納得して下さい。などと言えますか?国を守るべき五大公爵家が国民の安全を脅かす事をしてしまったのです。そして、実際、死なせてしまったんですよ。・・・庇うことなどけして許されません」
「・・・」
ジャスティン殿下は唇を噛み、黙りました。
国王陛下は深く息を吐くと、
「ダンレストン公爵家にはそれなりの処分を下さなければなるまい。今回の失態は隠しておけるものではない」
すると、ダンレストン公爵様が・・・
「私は我がダンレストン公爵家を五大公爵家から除外していただきたいと思っております」
と、言い、どよめきが起こります。
「どのみち、今回のような失態を犯した私の息子に次期公爵を任せるわけにはいきません。息子以外に跡を継がせる人間のいないダンレストン公爵家はもう終わりなのです」
と、ダンレストン公爵様は言うと、力が抜けたように椅子に座りました。
「待って下さい」
と、ジャスティン殿下が、「そうなると、新たな五大公爵家を選ばなければならなくなります。相応しい貴族家がそう簡単に選べるとは思えません。職務の量、質から見ても、残った公爵のみではとてもこなせないでしょう。せめて、現ダンレストン公爵が健在である間はこのままで構わないのではないですか?」
確かに難しい問題です。新たな五大公爵家として、相応しい貴族家を選ぶ事は容易ではないはずです。今、他の貴族は五大公爵に不満を持っています。そんな中から選ぶ事は出来ないでしょう。
すると、今まで黙っていたレオ様が静かに立ち上がりました。




