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思い起こせば

全国大会Aブロックのトーナメント戦を勝ち抜いた俺達横浜市立五浦中男子剣道部。同じくBブロックを勝ち抜いた鹿児島県代表である出水市立出水野添中剣道部と決勝戦に臨んだ。


鹿児島県代表と言えば新千歳空港で俺達にガン付けて、且つニュー定山渓ホテルの露天風呂で全裸邂逅した連中だ。まぁ見た感じやるなとは思っていたけど、やっぱり勝ち進んでいたんだな。


そして始まった決勝戦。やはり強力な鹿児島県代表に苦戦を強いられた。こちらも準決勝での対戦相手愛媛県代表と同じく隙の無い正統派の剣道。そこへ更に薩摩藩御家流である示現流の要素が加えられて、極めて強力な打突が絶える事なく容赦無く打ち込まれた。


先鋒の俺が一本勝ちしたものの、次鋒は引分け中堅は一本取られて負け。副将戦はミキがどうにか一本勝ちし、大将戦に友之が敗れて結果的に試合は2対2の引分けとなった。


そうなるとこの二校の同時優勝、とは当然ならず。勝敗を決めるため両校の代表による一本勝負の延長戦が行われる事となる。


高遠先生はこの結果を受けて監督として代表に俺を指名し、俺はこれから代表戦に臨もうとしているのだ。対する出水市立出水野添中の代表は大将で、ニュー定山渓ホテルの露天風呂で邂逅した松野明剣士。友之を負かした奴だ。


代表への指名は顧問で監督である高遠先生によるもの。勿論、俺に否は無く、他の部員達も同様だ。大将の友之が敗れた以上、自惚れでも自慢でもなく、出水野添中の代表に勝てる可能性があるのは五浦中男子剣道部の中で俺だけだから。


思えば中学校全国剣道大会で優勝しようと友之と貴文とで誓い合ったのは中学一年の五月、ゴールデンウィークの最中だったか。確か部活練習後の帰宅途上、駄菓子屋のみつば屋に水分補給で立ち寄ってチェリオで喉を潤していた時だった。


あの時は友之と貴文の二人から中学では俺と一緒に何かに熱中したくて剣道部に入ったんだと打ち明けられて、それが嬉しくって思わず勢いで全国大会優勝だ!と目標にしたんだった。クロスチェリオもその勢いでやったのが始まりだったよな。


俺はそんな事を考えながら正座してバッグから取り出した乾いた手拭を頭に巻いて面を被り、後ろ手に面紐をきつく結んだ。


〜・〜・〜


剣術を習い始めたのは小学三年生の頃で、美織が同級生女子とその女子に唆された馬鹿な男子からいじめを受けた事が切っ掛けだった。そのいじめは俺がその男子をぶっ飛ばして首謀者の女子を脅し上げて終わらせたけど、その一件で美織を守れるよう強くならなきゃと思ったんだ。


正座のまま両手に小手をはめ、手に馴染むようグーパーと掌握運動を繰り返し竹刀を握って立ち上がる。


是政伯父さんに諭され、器用貧乏な人生を回避するため日々努力すると決めた。最初は何にどう努力して良いものかわからず、全ての事に一生懸命に。そんな日々は美織に避けられ、無視され、憎々しげに睨まれる現実から目を背けるのに都合が良く、その内友達も出来た。


日々一生懸命で美織の事が気にならなくなり、頑張った努力が身を結び始めると毎日が楽しくなった。だけど、それも次第に物足りなくなって、中学で共に入部した剣道部で友之と貴文とで誓いあった全国大会優勝。


理解ある先輩に恵まれ、志を同じくする仲間達と努力して天辺目指して一生懸命頑張る毎日。楽しかった、本当に楽しかった。美織と和解してからは特にね。


そう、美織。気が強そうに見えて実は臆病で内気で、ちょっとポンコツな俺の幼馴染。俺は両目を瞑り、大きく深呼吸をしては美織の面影を思い起こす。


ポニーテールにした艶のある長い黒髪、色白細面に少し吊り目がちな切れ長二重の眼。スッと伸びた鼻梁に形の良い小鼻、きゅっと結んだ桜色な唇。気が強そうな美人だけど笑うと可愛いんだよな。


ついでに湘南の海で見た水着姿も思い出した。


俺は両肩を回し、軽く数回その場でジャンプして身体のバランスを整えた。うん、いい感じだ。そのままコートの定位置に着き、俺と出水野添中の代表と対峙する。


この延長戦の勝ち負けについて、俺は特に気負いは無い。俺達が目標にして来た全国大会優勝はこの延長戦に勝てば手に入る。だけど対戦相手は強くって世の中に絶対は無く、まして勝負は水物だ。仮にここで俺が負けても仲間達に俺を責める奴はいないだろう。俺が無理なら俺達の誰にも無理だろうから。


だけど俺は、やっぱり今日ここで勝ちたい。勝って優勝したい。三年間の努力の結果として仲間達と勝利の喜びを分かち合いたい。美織に「優勝したぞ!」って伝えたい。


俺の人生でこんなに欲が出たのは初めてだ。相手は強敵、優勝は簡単な事じゃない。だけど相手も人間、同じ中学三年生の男子だ。恐る必要なんて無い。


よし、やってやるさ。俺にはこの大会で得た切り札もある。


背中の襷は赤。俺は主審に促されて対峙する出水野添中の代表に一礼、三歩前に出て竹刀を中段に構えながら蹲踞。立ち上がって奴と剣先を合わせた。


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