005 乙女心は難しい
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「それで、本当に護衛をやることになったんですか?」
「まあな」
アルは自室にやって来たリアと二人で昨日のシリス王からの頼みの件について話していた。
普通は王女の護衛なんて光栄な任務だと思うだろう。
しかしリアは難しい顔を浮かべている。
「でもルミア様はアルさんの本当の力は知らないんですよね?」
「そうだな。だからルミア様自身にも出来るだけ実力を隠したいと思っている」
「うーん、でもそれだと難しい気もするんですが……」
「ん、というと?」
アルはリアの言葉に首を傾げる。
そんなアルにリアはどうして知らないのかという風に溜息を吐く。
「今回アルさんが護衛することになったルミア様は凄腕の魔法使いなんですよ?」
「……え、そうなの?」
「そうですよ。因みに火魔法の使い手です」
「火魔法、か」
「はい、それでこそ宮廷魔導士にはなっていませんが、王族という立場がなければまず間違いなく宮廷魔導士の称号を与えられていたと思いますよ」
「ま、まじですか……」
アルはリアの言葉に驚きを隠せない。
まさかこれから自分が守ろうとしている姫様が魔法を使えるとは思わなかったのだ。
しかもどうやらかなりの凄腕らしい。
てっきり実力は皆無だと思っていただけに、リアの言葉は衝撃的だった。
因みにリアももちろん宮廷魔導士である。
リア=スタッカート
国内で言わずと知れた土魔法の名手である。
本人は可愛くないと日々嘆いているが、その実力はアルも認めている。
「え、それじゃあ実力を隠すとか以前に、そもそも俺がいらないんじゃ……?」
「その可能性は大いにありますね」
ルミアが凄腕の魔法使いであり実力も相当なものであるなら、アルを護衛としてつけたのはどういう理由なのだろう。
恐らくシリス王なりの愛娘への配慮なのだろうが……。
「まあそのせいで性格がきつくなっちゃってるのかもしれませんけど」
リアは苦笑いを浮かべながらそう言う。
普段リアが人の悪い噂などを言わないのを知っているアルは少し驚く。
もしかしたらリアもどこかでルミアと会話したことがあるのかもしれない。
宮廷魔導士なら王族と会う機会があってもおかしくはないだろう。
「……はぁ」
何にせよ、今回の護衛任務は一筋縄ではいきそうにない。
魔法を使う機会自体はそこまで多くはないかもしれないが、ルミアの傍にいなきゃいけないというのは精神的な疲れの方が多いだろう。
そう思うとアルは大きな溜息を吐く。
「まあ頑張ってくださいよ、先輩」
「他人事だと思いやがって……」
「他人事ですが何か?」
「この後輩可愛くない」
小悪魔的笑みを浮かべるリアにアルは呟く。
そんなアルにリアは声をあげて笑う。
普段アルが誰かとこんなに打ち解けることはないが、それだけ二人が信頼しあっているということだろう。
そもそも宮廷魔導士だからと言ってアルの実力を知っている者は少ない。
リアがアルの実力を知ったのだって戦の最中に偶然にもアルの魔法を見たからである。
それからアルを宮廷魔導士の先輩として慕うようになり、今に至っているのだ。
戦で活躍しているリアが、腰抜けのアルを慕っている姿は、アルへの嫉妬を呼んでいる。
しかしそんなことを気にしないアルは、そういう噂があるのを知りながらもリアとの交流を止めないのである。
もちろんリアはそのことを知らない。
もしリアがそのことを知りアルから距離を置こうとしたら、今度はアルから話しかけようとさえ思っているほど、なんだかんだ言ってリアのことは気に入っている。
「……それにしても質素な部屋ですね」
笑うのを止めたリアは部屋の中を見回しながら呟く。
リアの言う通り、アルの部屋はとても宮廷魔導士とは思えないほど質素な部屋だ。
広さだけは多少はあるにせよ、部屋の中にある目立つものと言ったら寝るためのベッドと机くらいだ。
それ以外は本棚や小物類でさえない。
それはアルが正真正銘の魔法馬鹿であり、自分の研究に必死だからである。
宮廷魔導士として稼いだ金はほとんど飛行魔術の研究費用に消えてしまっている。
「この部屋を見せたら、普段先輩を悪く言う人たちも少しは先輩を見直したりするんでしょうか」
リアは少しだけ寂しそうな顔を浮かべながら呟く。
アルの本当の実力を知っているからこその言葉だった。
「かもしれないけど、俺は親しくないやつを部屋に招くつもりはないよ」
「え……」
それはアルにとっては何気ない一言だった。
しかしリアはその言葉に頬を赤くし、顔を俯かせる。
「ん、どうしたリア?」
「な、なんでもないです」
「顔が赤いが……」
「何でもないです! 先輩の馬鹿!」
「え、ええ!?」
リアはそう言い残すと一瞬で部屋から飛び出して行ってしまう。
そんなリアの反応にアルはぽかんと部屋の中で突っ立っている。
どうしてリアに馬鹿と言われたのか、その理由などアルには全く理解できていない。
そもそもアルに乙女心を理解しろという方が無理なのである。
「な、なんだったんだ一体」
アルは一人になった部屋の中で困惑したように呟く。
その疑問に答えてくれる者は、どこにもいなかった。
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