可愛いと言ってみた結果
「楓夕って――可愛いですよね」
「はあ? っ! ――ゴホッゴホッ!」
俺はミルクティーを飲みながら何気なくそう呟くと、雨夜先生は電子タバコの煙を気管に詰まらせたのか激しく噎せ返った。
「先生、煙草は百害あって一利なしですよ」
「そ、そういう理由で噎せたんじゃない……今お前なんて言った?」
「え? 楓夕って可愛いですよねと」
「イカレてんのか」
「なんてこと言うんですか」
先生が生徒に対して使う言葉じゃないだろうと軽く憤慨しかけるが、冷静に考えたらそれ以前に親戚同士だし別におかしな話でもないのか。
「じゃあ先生は楓夕は可愛くないと言いたいのですか?」
「可愛いというよりは格好いいじゃないのか? ほら、少しボーイッシュな雰囲気もあってクールだろ楓夕は、美人と言うならまだしもな」
「俺はそういう部分も含めて全てが可愛いと思うんですけどねえ」
とは言うものの、実のところ楓夕に対する寸評というのは雨夜先生が言うような印象である場合が非常に多い。
だが俺にはどうにもその言葉はしっくりこないのだ。間違いなく楓夕は可愛い、そう例えるならツンが強過ぎる猫みたいな。
「ふうむ……そういう視点もあるにはあるのか……じゃ、じゃあ――私も湯朝から見ればか、可愛い部類に入ったりするのか?」
「いえ、先生は格好いい部類かと」
「解せんぞ」
事実を言っただけなのに雨夜先生はあからさまに不満そうな表情を浮かべながら口から蒸気を吐き出す、いや、そう言われてもな……。
そりゃ他の人の中には先生を可愛いという人もいるかもしれないが、恐らく過ごした時間で俺の中の先生の印象は格好いいになってしまっているのだ。
そう思うと楓夕との時間が、俺の中で彼女は可愛い部類だと位置づけてしまっているのかもしれない。
「それでですね、今度は楓夕に可愛いと伝えてみようと思うんです」
「お前凄いこと言ってんな」
「でも男女関わらず格好いいとか可愛いと言われたら嬉しいものでしょう?」
「そりゃ相手によるだろう――しかし間違ってはいないかもしれんな、お前は私のことを格好いいと一蹴したが」
「めっちゃ根に持ってますやん……」
だがその雨夜先生の態度こそが俺のしようとしていることの裏付けとも言える、つまり楓夕も喜んでくれる可能性が高い……と。
「実は楓夕を褒めたり好きだと素直に伝えた所、若干態度が変わった気がするんですよね、だから俺はそれを続けつつも次のステップへと移行したい訳なんです」
「ほう? どんなことがあったんだ?」
「前はお弁当に伊勢海老が入っていました」
「…………ん?」
「だからですね、俺は地道でも楓夕との距離を――」
「私との距離が、どうかしましたか」
「ツイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!! ――ふ、楓夕? あ、悪い、わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「いえ、たまたま通りかかっただけですが、どうにも貴様は最近紗希さんと話をしているので少し気になっただけです」
「あー、そ、そうだったのか……べ、別に深い意味はないんだが――」
いくら楓夕に猛アタックをかけているとはいえ、その内情まで知られてしまうのはあまり好ましいことではない。
ここはうまく誤魔化さねば――と思っていると、突如雨夜先生が不敵な笑みを浮かべてこう言い出したのだった。
「ああ、湯朝がな、楓夕は可愛いって言っていたんだよ」
「な――――!? せ、先生……!」
そんな脈絡もなく言うことではないというのに……! こんなのどう考えてもさっきの仕返しじゃないか……どんだけ根に持たれているんだよ……。
お陰で俺の中にあった頼れる姉御肌的な印象は瓦解し始めていたが、しかし今はそんな場合ではない、このままでは楓夕を怒らせるだけ――
「……ほう、では具体的に教えて貰おうか」
「え……?」
「私のことを可愛いなどと宣うのであればそれ相応の理由があるのでしょう。ならば今ここで口にしてみせろと言っているのです」
てっきり死ねと言われると思っていたのだが、楓夕の思いがけない発言と共に放たれる鋭い視線に俺はたじろいでしまいそうになる。
だが……確かにそれはその通りだ。なんの理由もなく可愛いだのと言っていてはただの節操の無い男でしかない。
楓夕がそう言うのなら、言ってやろうではないか……!
「分かった……まずいつも綺麗に手入れされている黒いショートボブに、整った顔の中に一際目立つ目尻の上がった、しかし大きな瞳が無茶苦茶可愛い」
「貴様は私の顔に興味があるのか」
「いや、平均的な女子の身長より少し低めの、スレンダーな身体も好きだ」
「身体目当てだったとはな、死ね」
「違う違う! そうじゃなくて!」
雨夜先生の不意打ちのせいでうまく考えが纏まらず、うっかり変態みたいな発言を繰り返してしまう俺、ま、まずい……。
気を取り直すのだ。確かに外見も可愛い所は無限あるが、大事なのは内面の可愛さだ、それをちゃんと伝えないと楓夕の不審は晴らせんぞ!
「そ、そうだな、今のは俺が悪かった……ええと、そうだ! 例えば楓夕は好きな物は後で食べるタイプで、嫌いな物を先に食べる時はずっと渋い顔だけど、好きな物に辿り着いた時に少し顔が綻ぶ所は可愛いな」
「…………は? おい、ちょっと待て」
「後は……そうそう、道端で野良猫を見つけると『お前も一人かにゃ?』って言いながら警戒心を解こうと前傾姿勢で近づく所も超可愛い」
「!? な、何でそれを貴様が――!」
「それと――あれだ、楓夕は基本的に抱き枕がないと寝れないタイプで、これは昔の話だが確か俺が――――」
「も、もういい! 貴様の言い分は十分に分かった!」
「え? でもまだ100くらいはあるんだが――あ……」
つい説明に夢中になってしまっていたが、よく見たら目つきがより鋭く、楓夕の耳が赤くなっているではないか……。
「えーと……その、誠に申し訳ございませんでした」
「貴様……殺すだけで済むと思うなよ」
アカン……楓夕が声を荒げるなんて滅多にないことだ、これは今までの中で最大級のミスをしてしまっている……。
焦りがあったとはいえ、楓夕の態度が若干変化したからって完全に調子に乗ってしまった……これでは一歩進んで四歩下がるだ……。
これはどうにかして楓夕のご機嫌を取らないと……あーくそ、何をやっているんだ俺は……。
「あぁ……」
「……楓夕の奴、やっぱりどう考えても喜んでるだろ」




