これからもずっと一緒に
「よい……しょっと」
俺は山のようにあった荷物を運び込むと、床に座って息をついた。
「ふぅ……流石にちょっと疲れたな」
夏も終盤戦に入り、2学期も目前だというのに一向に暑さが引く気配はない、この様子だと9月の終わりまで暑さは続くだろう。
「ま、暑さ寒さも彼岸までというしな……」
「安昼、お疲れ様」
「お、楓夕、おかえり」
買い物から帰ってきた楓夕はそう言うと、レジ袋の中から二人用のアイスを取り出し、割ってその片方を俺に渡してくれる。
「ありがとう、にしても――今日も暑いなぁ」
「うむ、だがクーラーの取り付けは週明けになるらしいから、暫くは扇風機で凌ぐしかないだろうな」
「うへえ……マジか……」
「まあこの音でも聞いて気持ちを紛らわせるといい」
すると楓夕はベランダへと近づき何かを取り付ける。それは風が靡くとチリンチリンと涼しげな音を立てた。
「風鈴か」
「夏も残り少ないからな、風情を楽しむのも悪くないだろう」
確かに目を瞑ると瞼の裏に自然豊かな田舎の情景が浮かび上がって来そうだ。こんなにシンプルな音なのに、不思議と暑さも和らいでくる。
「一旦片付けも休んだらどうだ? 朝からずっとで疲れただろ。今昼ご飯を作ってやるから」
「そうだな。それにしても――本当に二人で暮らすことになるなんてな」
そう。俺達は両家の半ば強引な形で、まだ高校も卒業していないというのに部屋を借りて暮らすことになったのだった。
とはいっても、十分な支援を受けているので本当の意味での同居とは少し違う気もするが、慣れ親しんだあのマンションから離れたことは事実。
場所は学校から徒歩10分も掛からない1LDKのアパート。これでいつもより長く寝れそうだが、そこは楓夕が許さないだろう。
「どうせ大学生になれば私達は同居するのだ。その予行練習と思えばこれから先二人で暮らして苦労することもないだろ」
「ご尤も、楓夕ともずっと一緒にいられる訳だし」
「そういうことだ」
「でも関東の国公立大学か、本当に合格出来るのかねえ……」
まだ三年生でもないのに気が早い気もするが、俺と楓夕は関東のそこそこ有名な国公立大学を目指して勉強を始めている。
お互いの将来が明るいものであるように――しかし根が馬鹿な二人は難易度が上がるにつれて四苦八苦の日々を強いられていた。
「そこはお互い補完し合って頑張るしかない。それに――私は安昼が落ちて自分が合格しても、入学する気はないしな」
「俺は落ちる前提なのか……でもなんで?」
「安昼と一緒でないキャンパスライフなど、楽しくないに決まってる」
「それは――俺が同じ立場でも同じ感想になるだろうな」
「まあ私自身は落ちると思っていないが」
「なぬっ」
いや確かに楓夕の方が成長速度は早いけどね……正直若干置いてかれ気味なもんで不安になってるし……。
だが楓夕はそんな俺の様子を見てクスリと笑った。
「?」
「そんな寂しい顔をするな、私は安昼を置いていく為に勉強はしていない」
「そりゃ嬉しい――ならもっと一緒に歩けるように頑張らないと」
――そしてふい静寂が流れるが、風鈴の音でアイスが若干溶けかかっていることに気づいた俺は、慌ててそれを口の中に入れる。
すると既にアイスを食べ終えていた楓夕はレジ袋を再度持ち上げ、キッチンへと歩き始めた。
遠くから、ひぐらしの鳴く声が聞こえている。
「――だが」
「ん?」
「勉強だけでなく、もっと色んな所にも遊びに行きたいな」
「だな、季節毎に沢山イベントがあるし」
「きっと何処へ行っても楽しい時間を過ごせるだろう」
「楓夕がいるから、当然だ」
「全くだ――さて、午後も頑張って貰う為に、冷やしつけ麺でも作るとしよう」
「お! やったー!」
これにて全編完結となります。
改めてここまでお付き合い頂いた読者の皆様には心からの感謝を。短い期間ではありましたがご愛読頂きありがとうございました。
きっと二人の未来は明るいものでしかないでしょう。なにせ許嫁などという言葉が出てこなくなる程ただのカップルに成り果ててしまったのですから、何も心配する必要はないと思います。
それでは、また。
※コメントのお返事、指摘点等を含む文章の修正はこの後順次させて頂きます、後回しになってしまった事に関して深くお詫びを申し上げます。




