テストをする意味とは
「そうか……ついに始まったのか」
この日は珍しくガムを噛んでいた雨夜先生は俺に対してそう返事をした。
「ついに……というのは?」
「楓夕が湯朝の許嫁として相応しいかのテストが始まったということだ」
「それは――つまりいよいよ結婚という訳ですね」
「相変わらず恐ろしく前向きな奴だな」
雨夜先生はやや呆れがちな表情を見せると小さく溜息をつく。
「そうじゃなくてだな、湯朝家と雨夜家というのは許嫁という縛りがあるものの、結婚までの道程に色々とテストを課すんだ。特に昔は湯朝家と雨夜家の力関係ははっきりとしていたからな。今は全くないんだが……まあ名残だな」
「それが今の状態に繋がっているんですか?」
「大前提は湯朝と楓夕が問題なく二人で暮らすことが出来るか、という点だ。ここで失敗すれば結婚は遠のくものだと考えていい」
「それは非常に良くないですね……」
無論俺も今すぐとは思っていないが、それでズルズルと行くのは好ましいことではない、何よりそれが結果として楓夕の負担になるなら尚の事。
「因みに……審査基準はあったりするんですか?」
「まずは楓夕の家事スキルだろう、そして主を支える妻としてのサポート力、そして最後は許嫁という枠を超えた愛」
「愛!」
審査項目が楓夕課せられたものばかりで俺としては如何なものかと思ったが、愛となれば話は別である。
「ここが正念場……いや天王山になりそうですね……」
「……ん? そうなのか? いや、うーん……?」
しかしあれやこれやと楓夕にアタックをかけて続けているものの、明確な変化というものは未だ得られていないのが実情。
だが同居という名のフィールドがあればおのずと一緒にいる時間は増える、一気に告白まで持っていく関係性を築くことは不可能ではない!
「まあしかし1年の旅行というのはあくまで方便だろう、二人がうまく行っているのであれば帰宅の期間が早まる可能性は十分あり得る」
「つまり両親が帰ってくる時間が早ければ早いほどテストは合格であると――よし、そういうことなら――」
「貴様は随分と紗希さんと仲が良いのだな」
「はっ! ふ、楓夕……いや別に変な意味はなくて――あっ」
毎度のことながら今知られる訳にはいかない話をしている時に限って楓夕が図ったかのように登場するので、俺はつい不審な行動を取ってしまう。
また雨夜先生が余計なことを言わなければいいけど……と少し恐々としていたら、楓夕が突如ずいっと俺の前に近づいてきたではないか。
「い! いや……本当に疚しい事は何も――……って、ん?」
「――ネクタイがズレています。こういう細かい所が相手にズボラな印象を与えてしまい兼ねないので気をつけて下さい」
「あ……わ、悪い」
「よく見たら寝癖もまだ残っていますね。アホ毛など貴様が残していても本当の阿呆でしかない……仕方がないからこれから毎朝チェックします」
「お、おおう……さ、流石楓夕、ありがとう」
「今の間だけだけどな、細かい所は注意してチェックしますが、終わる頃には基本的な身だしなみくらいは整えられるようにして下さい」
「あ、はい」
「あと今日の夕食はどうしますか? 肉か魚か、好きな方を選ぶといい」
「んー……最近肉系は食べたばっかりだし魚か……楓夕は?」
「では魚と致しましょう、丁度今日特売があった筈なので、刺し身と煮付けと、後は数品適当に作ります」
「分かった。急なことなのに何から何まで……本当に楓夕は優しいなあ……」
「別に――――あ、もう予鈴ですか、私はそろそろ戻りますので、貴様もうつつを抜かさず早急に教室に戻るようにして下さい」
「了解――あ、いや。やっぱり一緒に行こうぜ、いつも忠告して貰っているのに悪いし、偶には時間前に着くようにしないと――あ、先生、では」
「……分かりました、では紗希さん失礼します」
そう言うと楓夕はいつも通り俺の横について、同じ歩幅で教室に向かって歩き出したのだった。
楓夕自身がこのテストに関してどう思っているかは分からないが……少なくとも許嫁としてすべきことを確実にこなしているようには見える。
なら――俺もそれにしっかりと応えつつ楓夕との関係性をより深め、最終的には誰もが羨む夫婦を目指さなければ!
「このテスト……確実に乗り越えてやるぞ……!」
「……いや。このテストやる意味ないだろ……どう考えても合格だし」




