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なぜかうちの店が異世界に転移したんですけど誰か説明お願いします  作者: 蒼井茜


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シフォンケーキ

「それで、サラさん。

早速と言いたいところなんですが……その手に持っている物は? 」


 編み籠を持ったサラさんに疑問をぶつけてみます。

 布がかけられて中が見えないようになっていますが、何やら嫌な予感がします。

 そんな考えを表情から読み取ったのでしょうか。

 うふふ、と可憐な笑顔を見せてからサラさんは布を取りました。


「今までの失敗作」


「何で持ってきたんですか……」


「だって、失敗作があればどんな失敗したかもわかりやすいでしょう? 」


 まぁ確かに……そう思って一つ手に取ってみます。

 これはたぶんチョコレートケーキを作ろうとした残骸なんでしょうね。

 かすかにビターな香りが……。


「あれ、こっちの世界ってチョコレートあるんですか? 」


「カカオによく似た風味のスパイスがあるからそれの代用だと思う……たぶんそのまま生地に混ぜ込んだんじゃないかな」


 亮君が苦笑いを浮かべながら教えてくれます。

 なるほど、確かにチョコレートはカカオを粉にして、香辛料やバニラと混ぜた物が起源ですからね。

 どの世界も考えることは似たり寄ったりなんでしょう。

 まぁ外観はあれですが、とりあえず味も見ておきましょう。

 じゃりじゃりとした食感、ゴリゴリとしたスポンジ、、ひたすら苦くて鼻に抜けるカカオと炭の香り……なるほど見事な失敗作です。

 付け合わせ用のクリームがうまくできている分、残念ですね。

 確かにこの状態ではケーキとは呼べませんね。


「じゃあまずは簡単なところから教えていきましょうか……と、そうなるとあのレシピの方が向いてるかもしれませんね」


 ちょっと待っててください、と二人をその場に残して自室からレシピ本を取ってきます。

 そしてパラパラとページをめくってお目当てのレシピを。


「シフォンケーキ……あぁそういうことか」


 亮君は気が付いたようです。

 以心伝心や阿吽とまではいきませんが、最近お互いの考えがわかるようになってきた気がします。


「その地味なケーキがどうしたの……? 」


 地味とは、サラさんシフォンケーキのすごさがわかっていませんね。

 確かにシフォンケーキはスポンジが多くを占めていますし、クリームも薄く塗ります。

 フルーツをトッピングすることもありますが、この本に乗っているのはいたってシンプルなものですからそう感じるのも仕方のないことでしょう。

 けれどシフォンケーキこそ最高のケーキと私は思います。

 単純に好きなだけですが。


「地味ですけどスポンジ焼きますし、クリームも使うので基本を知るには丁度いいかなと思いまして。

とはいえ、私もひとに料理を教えることには慣れていませんから実際はそうでもないかもしれませんけどね」


 そう前置きしてから、材料や計量器、使う道具を用意していきます。

 いくつかの道具はサラさんが興味深そうに見ていたので、今度相応の対価がいただければ譲渡してもいいですよ、というと目を輝かせていました。

 そんな余談はさておき、サラさん主体で黙々と料理を続けていきます。

 途中亮君が飽きてしまったのか、廊下に出てストレッチをしていました。

 そして仕上げ段階で、サラさんがクリームを塗っています。


「こ、こうかしら? 」


「えぇ、そうですよ。

お上手です」


「ふ、ふふん、槍術の勉強に比べたらこの程度……」


「あ、そこ気を付けてくださいね」


「あ……」


「あ……」


 注意をした瞬間にべシャリとナイフの痕をつけてしまいました。

 注意するのが遅かったのか、それとも声をかけたのが良くなかったのか……少し申し訳ない気分になりました。


「ま、まあ味さえ良ければいいのよ! 味さえ良ければ! 」


「そうですね、味が良ければ……お店で出す場合を除けばいいですよね! 」


 それと家族に食べてもらう以外は、とこっそり心の中で付け加えておきます。

 料理は五感で楽しむものですから。


「それじゃあ仕上げです、えーとサラさんのおうちで使ったチョコレートはこんな感じですか? 」


 棚からココアパウダーを取り出してサラさんに見せます。

 においをかいだり、指ですくってみたり、舐めてみたりといろいろ試してからサラさんは頷きました。


「そうね、ここまで細かい粒にはなっていないけど、確かにこれと同じ香りと味がしたわ。

少し、こちらの方が甘いような気がするけれど」


「では、この粉をまぶしましょう」


「まぶすって……つかんでかければいいの? 」


 そんな男の料理じゃないんですから……とのど元まで出かかったのをこらえます。

 料理によってはそういう手法のほうがおいしくできる物もありますからね。


「えーと、こういった振るいにかけるんですけど今回は茶こしを使います。

ここにパウダーを入れて、ゆっさゆっさしてください」


「……雪みたい」

 

 そうつぶやいたサラさんは、無心で茶こしをゆすっていました。

 クリームにココアパウダーを混ぜて、ホワイトチョコパウダーをかけたらもっと雪っぽかったかもしれませんね。


「お、できた? 」


「えぇ、今できたところです。

どうします? そのまま持って帰ってから食べますか?

それとも試食してから持って帰りますか? 」


「決まっているじゃない」


 私の問いにサラさんは胸を張って答えました。

 先ほどのココアパウダーが手について、その手で顔をぬぐったのでしょう。

 頬に一筋の線が付いていましたが、彼女はやり遂げた表情をしていました。


「これを食べてもう一個サンプルを作らせてもらうわ! 」


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