毒について
「ん……んん……」
息苦しさと暖かさを感じながら目を開けると視界は何かに覆われていて真っ暗でした。
とりあえず順番に思い出していきましょう。
えーと、疲れた亮君、一緒に寝る、抱きしめられていた……特に考えるまでもないですね。
これは亮君に抱きしめられているということでしょう。
右手はつないだままだったので……あぁうん気を使ってくれたのでしょう。
私は今左向きに寝ているので右手は上に来ています。
その代わり左腕がしびれて、これ動いたらピリピリと痛むやつですね。
とりあえず息苦しいので少し身をよじらせて新鮮な空気を求めます。
「おはよう、茜さん」
身をよじらせたことで目が覚めたのか、それとも目が覚めていたけどずっと抱きしめていて今気が付いたのか、どちらにせよ亮君がそういって手を放しました。
少し残念ですが、とりあえず体を起こします。
それから深呼吸をして亮君を見ると、その背後にはむっちゃんが座っていました。
一瞬の思考停止からあたりを見渡すとサラさん、東先生、ジョンさん、騎士団長さん、王様、アスロックさんと見事な顔ぶれでした。
……この人たちの前で私亮君に抱きしめられていたんですよね、そう考えると顔が熱くなってきました……。
「お、おはようございます皆さん」
「うむ、長らくの眠りからよくぞ覚めた」
大仰な言い回しで王様がそういいます。
普段であればもう少し砕けた言い回しをするはずなので、この場はオフィシャルということなんでしょう。
「私、どれくらい眠っていたのですか? 」
「9日である」
9日間……足の速い食材は全滅でしょう。
熟成が必要な食材も、手を加えていないから駄目ですよね……。
ぬか床も心配ですし、あぁどうしましょう。
「何を心配しているのかは手に取るようにわかるが……今は話を聞いてもらいたい」
「あ、はいすみません」
「うむ、まずおぬしが倒れた理由だが察しもついているだろう、毒だ」
やっぱり毒でしたか、あんな急に意識が飛ぶなんてそれ以外に考えられませんから。
これでも神経は図太いほうなので、あの程度の緊張なんてことはありません。
というよりこちらの世界に来てからも強盗なんてのはありましたし、来る前でさえ年に一回くらいは似たような事件が起こっていました。
「その毒は体内の魔力を食いつくし衰弱死させるというものだったのだが、迷い人だったことが幸いしたのだろう。
もとより体内に魔力を持たないが故に、食事や呼吸によって体内にとどまっていた魔力がなくなったことで意識を取り戻したというのが儂らの考えじゃ」
「はぁ……」
魔力がといわれてもはっきりとはわからないんですが、まあそういうものがって、そういう毒があったということで納得しておきましょう。
毒には興味ありませんし。
「だが、これは今後毒が切れるまで食事や呼吸など魔力を貯めこむ行為はできないということになる」
「呼吸や食事ができない……死んじゃいますね」
「その通りだ、しかし何事にも例外はあるようじゃ。
この店は迷い人の付属品だからか、店の内には魔力が存在しない。
正確に言うのであればこの店の中にある空気や食物、水などには一切の魔力が含まれていないどのことじゃ」
……つまりこのお店の中にいれば安全ということでしょうか。
それはいったいどれくらいの間、お店に引きこもっていればいいのでしょうか。
それならしばらくの間食材は余分に仕入れておかないといけないですね。
最近はお客さんが多いので意図しなければ残り物のでない日もありますし。
あ、でも9日間も休んでしまったなら客足が遠のいているかも……もしそうだとしたらあの強盗さんは許しません。
お店の売り上げに直接攻撃をするなんて、うちみたいな小さなお店にとっては大打撃なんですから。
「問題となってくるのが、だ」
売り上げの計算をしていると王様が見かねたかのように口を開きました。
その眼付きには鋭いものがあります。
「その毒がどれほどの間聞き続けるのかがわからんということだ。
ひと月か、1年か、10年か、一生なのか。
そして確かめるわけにもいかない、あの時気を失ったおぬしだがその後呼吸も止まっておったのだ」
呼吸が……そういわれて背筋に寒気を感じます。
もしかしたらこうして目を覚ますこともなく、あのまま永遠に眠っていたかもしれないと考えると……。
そして初めて事の重大さに気が付きました。
思わず亮君に握られていた手に力が入ってしまいました。
「とりあえず俺が人工呼吸して店の中に運び込んだからよかったんだけど、あのまま店の前でどうにかしようとしていたらまずかったと思う。
そう考えると、本当にぎりぎりだったよ」
そういって亮君が私の手を握り返してきました。
でも人工呼吸……二人きりの時にそういうことがなかったわけではないのですが……不謹慎ながら人前でされたと考えるとこれまた顔に熱が……。
「こほんっ」
そんなことを考えているとサラさんが咳ばらいをしました。
いい加減にしろ、どこかそう言いたげな様子ですので集中します。
「なんにせよ、今こうして命が無事であるということはめでたい。
そして手立てが全くないというわけでもないのだ」
「手立て……解毒ということですか? 」
「真ぁ似たようなものではある」
そう言って王様はアスロックさんの肩をたたきました。
そういえば魔力が~といっていましたし専門家である魔法使いのアスロックさんなら何かわかりますよね。
「ん……」
そう言ってアスロックさんは顔をしかめながら身振り手振りで何かを伝えようとしてきます。
それを亮君は顔色を変えながら見ていました。
「亮君、なんて言っているんですか? 」
「……解毒方法はない、って。
ただし毒の効力を極限まで消すことはできるって……。
方法の一つが魔力のない人間が、魔力のない空間で、魔力のないものを食べ続けること、今茜さんがやっていることだ。でも実際はこの世界には魔力のない人間なんていないし、どんな場所にも食べ物にも魔力は宿っているからそれはできない」
つまり打つ手はほかにないということでしょうか。
「もう一つ方法があるって……」
「なんでしょうか」
「魔力をむしばむ毒だから、毒で減少する以上の魔力を持っていればもんだいないと……」
なるほど、給水と排水の関係みたいなものでしょう。
捨てる分より多く注げばそれは結果としてプラスになるというような。
所謂力技ですね。
「でも私や亮君は魔力なんて持ってないですよね」
「そう、だからこの方法は現実的じゃない。
伝説上の霊薬とかがあってはじめてできるんだけど……その材料が何というか……」
「なにか、言いにくいものなんですか? 」
「……龍の血」
「龍の……? 」
思わず窓の外に目を向けると、少しは慣れたところでドラゴンのニルセンさんが大あくびをしているのが見えました。
……あのドラゴンさんでもいいんでしょうか。
「……茜さんも同じこと考えているんだろうけどさ、あんな奴の血で大丈夫なのか? 」
「ん」
「そう……か」
渋い顔をしている亮君でしたが、私の右手から手を放してのっそりと立ち上がりました。
それから壁に立てかけてあった刀を手に、部屋から出ていきました。
足音から察するに階段を下りて、お店の外に出たようです。
「ニルセンかくご! 」
「ふぁっ⁉ 」
突然声を張り上げて切りかかっていった亮君は、ニルセンさんの額に見事一撃見舞いました。
しかしながら相手はさすがのドラゴンともいうべきでしょうか、大した傷もなさそうです。
先ほどのような叫び声はともかく普通の会話まで聞き取れるよう宇名距離ではないのですが何やら言い争いをしているようですね。
亮君が刀を振り回して何か熱弁しているように見えます。
……今はほうっておきましょう。
そのうち戻ってくるでしょう。




