思わぬ客
でろんでろんになってしまったおうどんに、めんつゆを入れて煮込みうどんにしていたところでお店の扉が開かれました。
まだ時刻は10時30分、開店には早すぎる時間です。
流石にお料理も出せないのでお引取りを願おうかと思い、厨房から出るとナイフを握りしめた子供がいました。
なんでしょう、強盗でしょうか。
というより亮君のんきにお茶飲んでいないで何とかしてくださいよ。
「泥の英雄!
兄ちゃんの仇! 」
そういってその子は亮君に飛びかかって、身をかわした亮君によってナイフを叩き落されて、そのまま拘束されてしまいました。
多分誰も被害を受けていないので攻撃判定は受けなかったのでしょうか、ふたりがお店からたたき出されるような事態にはならなかったのが幸いです。
「お知り合いですか? 」
「いや、知らんよ」
亮君の言葉にはとぼけるようなものは感じられません。
多分本当に知らないのでしょう。
「お前が! お前が兄ちゃんを! 」
「お兄さん? 」
さっきからこの子が言っているお兄さんとは誰のことでしょうか。
「そうだ! こいつが兄ちゃんを殺した! 」
「んー? 」
亮君はそう唸って、そして数秒考えてからその子のことを舐め回すように見つめてから何かを思い出したようです。
心当たりあるんですか。
「お前聖国の人間か? 」
「……もう捨てた国だ」
「あーってことはあの時殺した掃除人の兄弟ってところか?
いや、掃除人に家族はいないって聞いたことがあるから……孤児か」
「そこまで分かっているなら! 」
そう言って喚いていますけど、もぞもぞと動くだけで亮君の拘束から抜け出せていないです。
それに亮君も手加減をする素振りは見せていません。
「とりあえず、ご飯にしませんか? 」
お昼ご飯と呼ぶには少々早いですが、それでも食べられないことはありません。
それにこの子、さっきからおなかからきゅるきゅると音を鳴らしているんですよね。
「……うんまあいいか」
亮君は少し考えてからその子から手を離しました。
それを見て厨房に戻って器に煮込みうどんをよそって、カウンター席に腰掛けてくつろぐ亮君と、その後ろで警戒心を露にする子供の前に差し出しました。
私も亮君の隣に座って、割り箸を割っておうどんをつまみます。
けれど煮込みすぎました。
お箸でつまんだだけでぶつぶつとちぎれてしまいます。
失敗しました。
「冷めちゃいますよ? 」
子供にスプーンを渡して、すすめます。
少し悩んだみたいですけど、私からスプーンを奪い取ると、亮君の座っている場所から3つ離れた席に腰掛けて一口食べました。
それから一瞬の間を空けてガツガツとものすごい勢いで食べ始め、途中口を押さえて目に涙を浮かべていました。
舌を火傷したのでしょうか。
それを見て亮君が立ち上がって、水の注がれたコップを少し離れたところに置きました。
「ごちそうさまでした」
しばらくして食べ終えたので、一言つぶやいてから器を手に取ります。
すると亮君に手を引かれました。
「片付けは俺がやるよ」
「そうですか?
ではお願いします」
亮君の言葉に甘えます。
さて、その間はこの子の相手をどうするかですね。
もう食べ終わっているため、器は亮君が持って行ってしまいました。
残ったのはお水が少し残ったコップのみ。
まずはそこから始めます。
この子のコップにお水を注いで、そして笑顔で話しかけます。
「お名前はなんですか? 」
「…………」
「あの……」
「無駄だよ蒼井さん」
どうにかコミュニケーションを取ろうと思いましたが、亮君に遮られてしまいました。
でも無駄とはどういうことでしょうか。
「そいつは掃除人、わかりやすく言うなら……暗殺者だ」
暗殺者、暗殺者?
なんでしょうその不穏当な職業は。
日本人として立派に平和ボケしている自覚はあります。
だからこそそんな存在が信じられません。
特にこんな子供が、と考えると……。
「さっき国は捨てたと言ってたけど、どうだかね。
掃除人の仕事は嘘をつくことも含まれているし、対象を騙すことは必要なこと。
ある意味じゃ詐欺師みたいなもんだよ。
だからこそ、その個人を特定する情報はなく掃除人には名前が与えられない。
唯一名前が与えられるのは仕事、つまり暗殺の時のみ」
「そんな……」
「だからそいつには名前が無い」
「名前ならある! 」
亮君の言葉に子供が声を上げました。
その目には涙が浮かんでいます。
「私はミナ! 兄ちゃんがくれた名前だ! 」
ミナちゃんですか、髪の毛を短く切りそろえていたので男の子かと思っていました。
「ミナ……ね。
想像するに37番か」
「………………」
「だんまりか、別にいいさ。
ただし俺を狙うなら店の外で、できるだけこの店から離れた場所でだ。
いいな」
そう言った亮君の声からは殺意を感じることができました。
つまり、亮君はこの子を殺す気なのでしょうか。
「亮君」
「悪いけど蒼井さん、この世界は自分の命を狙う者や、恨みを抱いているものを見逃して生きていけるほど甘い世界じゃないんだ。
……それで、死んでいったやつを何人も知っている」
「……そうですか、でもそれなら私が知らないところでやってもらいたかったですね。
最初から最後まで」
「それに関してはごめん、俺が軽率で抜けていた。
でも、この子供はそのうち蒼井さんに害をなす。
それは俺が一番望まないことだ」
亮君は私が怒っていると気づいているみたいですね。
でも勘違いしています。
「亮君、私が怒っているのはその考えです。
私は亮君より年上ですよ。
自分のことは自分で守ります。
なんならこのお店からでないことも覚悟できています。
だから、私のために亮君が手を汚す必要はありません」
「蒼井さん、それは違う。
俺は蒼井さんのためじゃなくて俺のために手を汚すんだ」
珍しく亮君が譲ってきません。
いつもなら、こういった口論や口喧嘩になれば私に花を持たせてくれるんですけどね。
それだけ大切なことなのでしょう。
「わかりました、腹の探り合いはここまでにしておきましょう」
「そうだね」
「無知は罪です、でも同時に救いです。
知らなければ私はミナちゃんのことを気にせずにいたでしょう。
でも知ってしまった以上は見殺しにはできません」
「なるほど、でも俺はこの子供を生かしておくわけにはいかない」
そう言って亮君はカウンターに立てかけていた刀を抜きました。
それと同時にミナちゃんが胸元の十字架の首飾りを手に取りました。
その十字架は鞘が付いたナイフだったらしく、軽く振ると先端が取れて刃が現れました。
「拘束! 」
思わずそう叫ぶとミナちゃんが地面に倒れ込みました。
亮君も膝をついています。
だんだんお店の能力にも慣れてきました。
「それで、大方攻撃を仕掛けさせて外に放り出されたところを、と考えていたのでしょうけれど……どうします? 」
「こうする」
私の言葉に亮君は間髪入れずにそう答えて刀を手放しました。
それと同時に亮君は立ち上がって、ミナちゃんに近づいていきます。
「え……? 」
拘束の命令はまだ続いているはずです。
それなのになんで亮君は動けるのでしょうか。
「今後の為に覚えておいたほうがいいよ蒼井さん。
何にでも弱点はある、このお店は……反抗心と危険度の二つがあって初めて客に拘束、追い出しといった能力が使える。
俺は今武器を持っていないし、蒼井さんに対して反抗心なんかない。
だから拘束も、ちょっと体を動かしにくいかなくらいの効果しかないよ」
そして、ミナちゃんの頭に手を載せた亮君は徐々に腕に力を込めているのが分かりました。
「それと、攻撃の意志がなければお店の外に追い出されることはない」
「ぐ……」
ミナちゃんが苦しそうな声を上げます。
「……どうする? 蒼井さん」
「…………降参です」
「はいよろしい」
そう言って亮君はミナちゃんから手を離しました。
あぁやっぱりそういうことでしたか。




