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19 旅のしおり

梅雨も明けて7月、夏が現実味を帯びてくるちょうどこの時期に湊都では高校三年生の一大行事、修学旅行がある。学校によっては春だったり秋だったり、公立校の多くは二年生の内に終えてしまうこともあるそうな。


「学校を遠く離れてまだ見知らぬ場所へ、修学旅行ってすばらしいね!」

「そうだね、三年生だけの旅行だから腹黒穂積も居ないしね!」


ぐはっ、京歌から急所にかいしんの一撃!こうかはばつぐんだ!・・・先日のあの一件以来、必死に二年生の教室に近づかないようにしたり一人になることを避けてきた。


それというのも彼の真意がこれっぽっちも読めないからだ。


「ただの愉快犯、て線もあるけど何にせよ不審だよな」


夕日に照らされた放課後の教室で、二人向かい合って旅のしおりを眺める。分からないことを考えていたって仕方ない、今はこっちが本題だ。


「修学旅行の行き先は大阪、京都の4泊5日だったよね」

「京都ってますますときメm」


サッと右手を突き出して京歌の口を塞ぐ、それ以上言ってはいけない!文句有り気な京歌を放置してしおりをぱらぱらとめくって日程を確認する。


「一日目は飛行機で関空までばびっと飛んで、大阪にあるテーマパークで自由行動・・・その後近くのホテルに宿泊」


テーマパーク、つまりは大型遊園地だ・・・うーん、私が頭でっかちなのかもしれないけどさ、学を修めるための旅行、と書いて修学旅行と呼ぶのにこういったいかにもな娯楽施設に行くのはちょっと抵抗がある。そう言うと京歌は左手で私の手を退けながら右腕で頬杖をついて先生たち結構策士だな、としたり顔で笑う。


「修学旅行初日の生徒なんてのは好奇心の塊、飢えた獣だ、そんなのを野に解き放ったら絶対に問題を起こすヤツが出てくる、迷子になったり変なのに絡まれたり、それに対して遊園地ってのは大きな檻の役割を果たすんだ」

「檻?どういうこと?」

「檻の中ならどんなにはしゃいだって問題ない、迷子になった?なら係員が何とかしてくれる、不審者が出た?じゃあ警備員を呼べばいい、先生たちは生徒にかまわず遊んでられるってわけだ」


おー、成程この日程にはそんな意味があったのか。驚きながらまたぺらりとページをめくって二日目は大阪から京都まで電車で移動、京都駅で貸切のバスに乗り換えて強行軍で有名観光スポットを巡る。清水寺、金閣寺に銀閣寺、東寺などなど、結構忙しい。


「バス移動ばっかりで酔いそうだな、しかも昼食は精進料理か・・・」

「そのかわり二日目の夜は京都の旅館だから温泉と食事は期待できそうね」


・・・ん?温泉?ふと違和感を感じたので顔を上げて京歌の方を見てその違和感の正体に気付く。


「・・・あの、京歌サン・・・お風呂はどうなさるおつもりでしょうか・・・」


時折忘れそうになるけれど目の前に居るこの美少女、英 京歌の中身・・・というか前世は男の子だ。人前では慎ましく可憐な少女を気取っているけれど、私といる時の語り方は男子そのもので、一緒に温泉に入るのも恥ずかしいし彼が女湯の脱衣所に入るのも、出来れば阻止したい・・・。


「何かね白羽君その疑いの眼は・・・念のため言っておくが俺はこの手のイベントは常に生理中て言って誤魔化してるよ」


はわ、見透かされてしまった、いやそれにしても京歌から生理中なんて言葉が飛び出してくるのもなかなかショッキングなんだけども・・・むむむ。


「それは置いといて、三日目の京体験はどれ選ぶんだ?」


おっとそうそう、修学旅行って事前に決めておかないといけない事がたくさんあるから脱線ばかりしていられない、三日目は選択制の体験学習になっている。選べる項目は焼き物、和菓子、舞妓体験、絞り染め、和アクセと多岐にわたるが、やっぱりり女子には舞妓が人気らしい、けど。


「私は焼き物か和菓子がいいな、練りきりって一度やってみたかったし生八つ橋も作れるらしいよ」

「花より・・・と言いたいとこだが俺の希望もそのへんかな」


結果満場一致・・・と言ってもたった二人だけど、どちらも和菓子作り体験に決定。これで三日目はOK、となると残った重要課題は。


「一番の問題は四日目の自由行動だよね」

「だよな、大抵の名所は二日目に行くし・・・前世でも京都には何度か旅行で行ったし」


そこだよね京都といえば旅行遠足の定番スポット、まあ自由だから別に他県に行くのも可能だけどあんまり大きく移動すると電車賃がかかるし帰りも大変、知らない場所で迷子になるリスク背負って動くのもなぁ、って考えてしまう。


「くっ、この世界にアニメ○トさえあれば・・・」

「はいはい、悩んでも決まらないし旅行雑誌でも買ってからまた考えようか」

「そうだな、五日目は最後の買い物と帰還っと」


うん、今決められるものは全部決まったかな、時計を見ると午後五時を過ぎたところ。そろそろ学校を出ないとスーパーのセールに間に合わない。


「じゃあ帰りますか」

「今更だけど今日は生徒会いいの?」

「あー・・・あ、生徒会自体は休みなんだが、おや机の中から重要書類が」


酷くざるなセキュリティを見た、といった表情で見つめると当の本人はわるびれることも無く「生徒会室に寄って返してくるから先に昇降口に行っててくれ」だそうで、「分かった待ってる」と軽く了承してこうして靴を履き替えて待っているんですが。


「・・・なかなか来ないなぁ」


途中で誰かに掴まっているんだろうか、待ってるといった手前先に帰るわけにもいかず、どうせなら一緒に行けばよかったと思うけれど、それももう後の祭り。


人気のない廊下で一人で棒立ちをしていると、突然背後からトンッと何者かからの襲撃を受けた。具体的に言うと誰かが私の腹部に手をまわして、いきなり後ろから抱きついてきた。ハラはヤメテ、ハラは!女子のお腹にはいろいろと繊細な事情が詰まっているのよ、そうツッコみを入れようとした途端に。


「白羽先輩、つかまえた♪」

「ふぎゃぁぁぁぁっ」


おおっとリアル絶叫、この声間違いなく私が今現在出会いたくない異性ランキングナンバーワンの穂積くんじゃないですか、やだーーー!


「先輩もうすぐ修学旅行に行っちゃうんですね、5日も先輩に会えないなんて寂しいなぁ」


えーい意味が分からない!離せ離せともがもがと暴れるものの、ガッチリと前で組まれた手は振りほどけない、あれコレ乙女ゲーならときめくところですか本来なら後ろから抱きしめられるのって私的にとても萌えるシチュエーションの筈なんだけど恐怖しか湧いてこないよ!あーもう!ヤケクソで彼の手を掴むんだ自分の手に力を込めて前へ抜け出そうとすると、穂積くんは急に腕の力を緩め今度はするっと解けた。


「ええっ!?」

「っと、危ない」


その反動でつんのめりそうになる私の体を、彼はもう一度抱きしめるように支える・・・はっ、流れるような自然な流れで一瞬呆然としてしまったことを悔いながら、飛びのくように穂積くんの傍から離れる。本当はお礼を言わなきゃいけない所かもしれないけど、私がこけかけた原因は彼なんだから謝る必要なんてないだろう。と毅然とした態度で相手を睨みつける。


逃げていても何も改善されないようだし、もういい加減頭に来ているんだから―――儘よ!


「毎度会うたびにケンカ吹っかけてきて、どういうつもりなの!最初に会った時だってあんな脅しみたいな事言って、あんたは一体何がしたいの!?」


ビシッと人差し指を突きつける、かんかんになって怒鳴りつけるけれど反面、頭の隅ではどうせいつも通り飄々と避けられて終わりそうだな、なんて後ろ向き思考をしていた、のに。


「え、別にあんなのただの挨拶で・・・」


目の前の少年は普段の凛々しい顔立ちを少し崩してきょとん、と驚いたような表情を見せた。・・・ちょっとかわい・・・いやいやいや、あんな恐喝みたいな挨拶があってたまりますか。しっかりしろ自分。


「脅しって言い方は酷いな、単に先輩の反応が見たかっただけで本当に男侍らせてるなんて思ってるわけじゃないよ」


へ?それって私がビッチかどうか確認したかったってこと?いや、じゃあ何で今日や調理実習の日にちょっかい出して来たのかが分からないんだけど、と疑問を口にしようとしたそんな瞬間に。


「お待た―――せしましたわね、白羽さん」


人がいないことで気を抜いていた一言目から一転して脅威の速さで猫を被りなおした京歌が廊下の向こう側からやって来たので、あからさまにホッとする。


「私たちもう帰るところなんですが、お取込み中ですか?」

「いえ、先輩さようなら、お気をつけて」


穂積は京歌が現れると同時にいつもの後輩キャラを充填し、爽やかに見送った。昇降口から校門まで出て彼が見えなくなるとやっと京歌が口を開く。


「大丈夫か?」

「大丈夫といえば大丈夫なんだけど何かこう、無為に会話しちゃったことによって余計にヤツの事が訳分かんなくなってきた・・・」


本当にアイツは一体何がしたいんだか・・・暫くは修学旅行とかもっと他に考えなくちゃいけない事が山積みなのに、


せめて京都ではめいっぱい楽しみたいと思う。


「この時は、あんな旅行になるなんて思いもしなかった・・・」

「フラグ立てるのやめてください」


*  *  *  *  *


着替えよし、携帯と充電器よし、日用品よし、おこずかいよーし。ふむ、今揃えられるのはこの程度かな、すでに鞄は8分目、こういう時どうも荷物を絞れなくてついバッグが重たくなってしまう。


自宅のリビングでしおりに書かれた持ち物チェックリストと見比べながら指さし確認、その様子を和と水月が眺めている。


「5日もお姉ちゃんが居ないなんて寂しいー」

「学校の行事にそんな事言ったって仕方ないだろ」


はて、似たような言葉を先日もかけられた気がするのは考えないようにしよう。


「そうだ姉さんこれも入れときなよ」と水月に手渡されたのは小さなケースに入った何種類かのお薬、ああこれは思いつかなかった。そっとケースを鞄に入れる。


「頭痛薬と風邪薬、あと酔い止めを入れてある、姉さん酔いやすいから」

「ありがとう、助かる」

「別にこれくらい、なんだったら向こうでも買えるだろうし」


水月は本当に気が利くいい子だ、お礼を言うとそっけない態度を取るのもご愛嬌。おっと、逆に私はこれを二人に渡しておかないと、さっと紙切れと封筒を二人に手渡す。


「そうそう、二人ともこの紙を見ておいてくれる?」

「なぁに?」

「これは、家にある食材のリスト」


ただし純粋な材料だけじゃなく、私が旅行前に予め用意しておいた、きちんと小分けにして冷凍してある常備菜と献立の数々、もちろんどれをいつ食べる等は二人に任せるけど。


「姉さんもマメだね」

「外食や惣菜も良いと思うけど、さすがに5日連続では栄養が偏るからね」

「お姉ちゃんが作ってくれてるなら私はそれでいいよ」

「寧ろ姉さんが帰ってきた日を外食にすれば良いんじゃないかな、五連泊で疲れてるだろうし」

「それだ、そうしよう!」


うーん、あえて言わないけどそれが一番有難いかも、うちの弟たちは本当にいい子だ。忘れない内に封筒の方も渡しておこう。こっちには非常用のお金が入っている、どう使うかは二人に任せよう。


「ところでお姉ちゃん、自由行動はどこへ行くの?やっぱり京歌先輩と同じ班?」

「あー、班は男女三人ずつ計六人で組むんだけど、うちのクラスは人数が足りなくて京歌と女子二人の班なんだけど・・・」

「・・・え、男子と一緒なの?」


それがですね、何と我が班の男子三名とも他クラスに彼女がいるらしくって、というかそういう三人で組んだのか知らないけど、とにかく自由行動の日に別行動をしたいと言い出した。京歌曰く「安井金比羅宮で縁結び碑の穴を表から裏に潜ればいいのに」だとか。節子それ縁結びやない、縁切りや。


「・・・つまりお姉ちゃんは京歌先輩と二人っきりで京都を歩くってこと?」

「うん、まあ私もその方が気が楽だし」

「女の子二人で動くのは危ないんじゃない?」

「メジャーな所しか行かないからまあ大丈夫でしょ」


ちなみに私たちの自由行動の内容は、午前中に神社仏閣を巡る・・・具体的に言うと一応受験生だから北野天満宮、みたらし団子発祥の地を目指して下鴨神社、時間の余裕があったら清明神社。昼からはお土産ショップでは買えないような京雑貨を探して河原町や京都駅周辺をうろつく予定。


「何かお土産の要望とかある?」

「無事に帰って来てくれれば何でもいい」


「・・・二人きり、かぁ」


小声で何かを呟いた和に欲しいものある?と問いかけると急にぶるぶると首を振って「私も水月と同じ!お姉ちゃんが楽しんできてくれたら何でもいいよ」と笑顔で返してくれた。


・・・うん、めいっぱい楽しんで来るよ!

解説回なのでさらっと、何だか週一更新になってきて申し訳ないです。

次回から修学旅行の始まりです

感想、評価、ブクマ、本当にありがとうございます

全て拝見して励みにしております

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