14 彼の独白・その3
話をしよう。
この前振りで食いついてくれるのは今となっては親友ただ一人だけど。
話をしよう。
愚かで考え無しのバカな男の話だ、急に暗くなって申し訳ないが話は俺の生前から始まる。
「ごめんなさい、別れましょう」
にこりと表情を変えず、付き合い始めてまだ一週間の彼女はそう言った。そういう女だというのは噂話で聞いたいたから、こちらとしても遊びのつもりだった。だがそれにしたって早すぎる。
目の前の女は昨日まで「愛している」と言った口で「さよなら」を告げた。特にショックでも無かったが、ただ純粋に・・・女ってのは怖いな、そう思った。
今にして思えばあのころの俺は見た目は品行方正でも心情はかなり荒んでいた、何故なら家に帰ればまた、いつも通りしつこい母の縁談話に延々と付き合わされるからだ。
「輝也さん、高比良の御嬢さんが貴方のこと気に入られたそうで、またお会いしたいと仰っていたわよ」
俺の家は古くから続く名家、だったのはとっくの昔で、何代も前の当主が資金繰りに失敗してからは名も実も無い、ただ見栄をはるだけの一族に落ちぶれた。母はプライドのせいか上流階級に居残るため、次々と一人息子の俺に良家の令嬢との縁談を持ち込んだ。
そういうものは大概突っぱねられて終わる筈だけど残念ながらというか何と言うか、俺は生前から人目を引く大衆から突出した容姿を誇っていた。眉目秀麗おまけに博学多才となると、御嬢さん方と優秀な遺伝子を欲する馬鹿な親御さんたちが揃ってこちらの足元を見て、資金援助のかわりに息子さんを婿入りさせないかという話になる・・・いつの時代の政略結婚だよ。こちとら現代の高校生なんだがな。
愛する息子の八面六臂の活躍ぶりに、選り取り見取りでどれにしようかなと両親のテンションも最高潮。気分がだだ下がりなのは俺一人。何気にフられたイライラ感も手伝って冷静な俺としては珍しく、学生らしいプチ家出という反抗方法を試してみることにした。
なんてことは無い、自転車で行けるところまで行って帰ってくるだけだ。軽い気持ちで必要最小限の荷物を持って、母にはコンビニに行くと告げて、念のため靴箱に抗議の手紙を置いて家を飛び出した。
自転車を走らせて1、2時間で、俺は早速後悔をする羽目になる。長年愛用している自転車のチェーンがあっさりと切れてしまったからだ。周囲に修理屋などは無く、あったとしてももう閉まっているだろう午後6時、海沿いの国道で立ち往生を強いられる。これはマズイ。
ここまでは比較的下りが多く、今から歩いて帰るとすると家に着くのは多分日が変わった後だ、このあたりにネットカフェでもあれば助かるが、その類も見当たらない。なんせ海と道しかない場所だ。
仕方なく逆方向に歩いていくことにした、ここで立ち止まっていても仕方ない。地元に着けば何か手があるだろう。そう思い自転車を押してしばらくすると、俺のすぐ横に一台のトラックがやってきて緩やかに止まった。
「おい坊主、こんな時間になにしてんだ?」
正に、地獄に仏だった。家の方向に向かっていたトラックのおじさんは事情を話すと快く車に乗せてくれて、腹が減っているだろうと自分の弁当を分けてくれた。
「こういうこと言うとうっとおしいと思うかもしれないけどよ、おじさんの子供もあんた位の年なんだよなァ」
家出なんて止めときな、と親身になってくれるおじさんに何だか子供じみた自分が恥ずかしくなる。奥さんが作ったらしいおにぎりは素朴な味なのに今まで食べた物より美味しく感じた。
小一時間車に乗って、ようやく幾つか見覚えのある道が出て来た。もう少し先の駅前で下してもらったらきっとおじさんに住所を聞いて、このお礼は必ずしよう。そう心に誓った矢先だった、
おじさんが胸を押さえて苦しみだしたのは。
「・・・っ・・・ぐぁっ」
「・・・おじさん?おじさんっ!?」
何かの病気だったのか息も絶え絶えにもがくおじさん、戸惑い肩を強くさすっても状況は何ら変わらず制御のきかない大きな車は猛スピードで青信号の交差点に突っ込んでいった。それに気付かず女の子が横断歩道を渡ってきて―――。
それが俺の覚えてる、最後の風景。
ざんねん!!わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!!
願わくは―――おじさんだけでも助かっていればいいんだが、あんないい人が死んでしまうなんて世の中間違っている、と思う。しかし振られた日が死んだ日とは要らぬ疑念を呼びそうだが、まあそれも終わった話だ。両親がどう思ったか、など考えるだけで鬱々しくなる。
早々に話を変える、わりかし死語の世界というものに興味を抱いていた俺だったんだが、あっさりと次の生を得ることとなった。天国地獄問答などに答えは出ないままで、いささか残念ではある。
次の世の両親は、前世とは打って変わってとてもいい人たちだった。親切で優しくて、どちらかと言うとそのうち悪い奴に騙されるんじゃないかと不安になる程だ。一つ問題があるとすれば、今世で俺は前世とは逆の性別、つまりは女として生まれたことだ。
男というのは気儘で羨ましいなどと言う話を聞いたことがあるが、その通りだと納得してしまった。女性には色々厄介なことがある。例えば派閥争いとか、男子との接し方とか。そんな大げさなと思うかもしれないが、女子は群れを作る生き物だということを痛感してしまった。
無駄に男ウケが良いけれど、前世が男の俺としては男と付き合う気にもなれず、同性の女子とも前世のトラウマからか仲良くなれず、よってどんどん孤立していった。勉強も出来たし態度も真面目だったから教師はそれを問題視しなかったけど。
その内人間嫌いとのうわさが流れたが、あながち間違ってはいない気がする。
そんな感じで幼・小・中学時代を過ごし、家からの近さとそこそこの学業内容で湊都高校へと進学し、内申点目当てで生徒会に入ることにした。面倒くさい役職は他に任せて書記にでも志願しよう。
高校生になっても俺の生活は変わらなかった、愛想笑いを浮かべては人を遠ざける簡単なお仕事です。
生活どころか俺という人間自体が一変したのは、常葉白羽と言う人物に出会ってからだった。そいつと出会った経緯は単純なもので、前世なら誰でも知っている流行のアニメのセリフを何気に言ったら同時に声がハモったのが切っ掛けだった。それ以来少しずつ会話をするようになり、今では一緒に昼飯を食うのが日課になっている。
目の前の人物は、にやにやと頬を緩ませて今日起きた素敵体験について延々と語っている。・・・多分前世ならスルーして友達にもならなかっただろう、でも今はこの無害な笑顔を見ているのも悪くない。少し今の両親に似ているからだろうか、こんな風に思うようになったのは。
「でね、和のリボンが歪んでて、それを水月がくいって引っ張ったのよ」
濃い茶色のストレートセミロング、身長162センチ、体重は口を割らないが胸囲はソコソコ・・・パッと見容姿は中の上、美少女アニメで妙に人気が出ちゃうモブって感じか、たまにいるよなそういうキャラ。どちらかと言うと和ちゃんよりこっちの方が乙女ゲーヒロインぽい。
・・・うむ、和ちゃん、か。
「英先輩、知ってます?」
ふと、生徒会室で聞いた話を思い出す。会計の女の子と二人きりになった時、彼女が言った言葉を。
「先輩最近、常葉先輩と仲良いですよね?」
生徒会の仲間だし嫌みのない元気な子なので、一緒に作業したり話をすることはよくある。
「そうだけど・・・何か?」
「聞きました?実は彼女の妹の・・・和さん?男の子なんですって」
「・・・はい?」
不思議そうにする俺に彼女はわざわざ生徒名簿を取り出した、そこにはキチンと“常葉 和・男性”と記載されていた。
・・・白羽曰く、この世界は乙女ゲーム“スノードロップ”の中である筈だ、しかしながらその真っ只中である主人公が男とは一体どうなっているんだろうか。それで言うと俺がこの世界に居ること自体も疑問なんだが。
「・・・京歌?」
回想から意識を戻すと目の前の少女は心配そうなセピア色の瞳でこちらを見ているじゃないか。
「ごめん、熱中しすぎちゃって・・・もしかして引いてる?」
「・・・いやちょっと考え事を、そしてお前に引いてるのはいつものことだ(`・ω・´)キリッ」
「アラ、ソレハ失礼シマシタ!」
「ドウイタシマシテ?」
ムッとした顔で睨んでくる白羽ににやりと笑って返すと、また彼女は笑顔になる。晴れやかなその表情を見ていると「お前の妹は本当は男だ」とか「現実を見ろ」とか、そういった冷たい言葉を、本当は俺が言わなきゃいけない言葉を、飲み込んでしまう。
白羽は知らない、俺がもっと冷たい人間だって事を。前世の俺なら、こんな風に友達とじゃれつくなんて考えもしなかった。ふざけたり、笑いあったり、こいつに会ってから俺はどんどん可笑しな人間になっている気がする。そしてそれを不快に思っていない自分が、・・・嫌いじゃないんだが。
「聞いてなかったお詫びにデザートのブドウを半分くれてやろう」
「わーい有難く貰います、じゃあこっちのつくねをあげるよ」
パクリと皮ごと食べられる品種の種無しブドウを頬張ると、その甘さにとろーんと微笑む。・・・本人はまるで無自覚だが、白羽には“美味しい物を食べると口元が緩む”というガキみたいな癖がある。飴玉で誘拐されるんじゃないかと少し本気で不安だ、平和な奴だと思いながら定期的に食料を与えてしまう俺も割とバカだと思う。
校庭グラウンド側の窓近くに二人で向かい合って座っていた俺はふと視線を感じて廊下側の窓を見ると、我らが生徒会長 陽高晃人と副会長 蔵王惟真が教室前を通り過ぎようとしていた。はて、俺に何か用が有るのかただ単に通りかかっただけなのか。昼休みの後半で生徒の数は少なく、騒ぐ女子生徒もそんなに居ない。
用が有るなら早く済ませたい、そう思ったところで違和感を感じた。歩いている彼らはスピードを落とさず、またこちらを見ているはずなのに俺とは視線が噛みあわない。普通お互いが見つめ合っていたら気付く・・・んん?
「あま~♪このブドウすごい美味しい!京歌のお母さん何処で買ったのかな」
「さあな・・・」
結局二人は教室前を通り過ぎる最後まで俺の視線に気が付かなかった、辺りを見回しても二人の視線の先には誰もいない。ただ一人、呑気にブドウ食ってるやつを除いては。
・・・ということはヤツらは何をするでもなく態々この教室の前を通り、白羽をガン見していた事になる訳だが、ここで鈍感力の無い自分が恨めしく、何で一番部外者の俺が全ての情報を握ってしまってるんだと思わず頭を抱える。『ゲームの展開を見守りたい』友人はそう言うけれど。
・・・おい、これはもうダメだろ。
白羽の願いを叶えるには致命的すぎる、本人という名のバグがある。しかし目の前の少女のあどけない表情を見て俺は、それをまだ言えずにいる。
彼の独白・その3
英 京歌(前世 愛木 輝也)
不思議と一番書きやすいのが白羽と京歌の絡みですw
一応ここまでが第一章といった風に考えていて、
「和ショック」までを急ぎ気味に駆け抜けて来ました。
攻略対象たちもまだ恋心を自覚していない状態です。
拙い文章ですがこれからも頑張ります、評価等本当にありがとうございます




