声楽学園日記
鈴木涼子視点
アキラが行方不明になった。
その連絡を受けて、私はすぐに甲府の実家に帰った。
アキラは年の離れたかわいい弟。
生まれたその日からたっぷりと愛情をかけてきた。
オムツも変えてあげたし、あの子が大好きな特撮ショーにも連れて行ってあげた。
あの子に音楽を叩きこんだのも何といっても私だ。
ジャズのスタンダードナンバーをたくさん聞かせて音楽の英才教育をした。
そんな日々を過ごすうちに、いつしかあの子もお姉ちゃんっ子になっていた。
アキラが両親に愛され幸せに育っていくのを見るのが好きだった。
あの子が、あんないい子が家出なんてするはずがない。
きっと、事故に巻き込まれたんだわ。
しかし、いじめや悪い大人の影は警察がいくら捜査しても見つからなかった。
アキラの行方不明事件はいつしか迷宮入りとなった。
私は夜通し泣きはらした。
ある日のことだった。
100円ショップで買った大学ノートにアキラの日記が書き込まれるようになったのは。
もともと、大学の一般教養の授業のために買ったものだった。
そこに明らかにアキラの筆跡とわかる文字で、異世界冒険譚が書き込まれるようになったのだ。
なぜ、そんなことが起きたのかははっきりとしたことはわからないが、どうやら、ナーシャという人物がアキラに魔法の日記帳を渡した日以来、アキラがそこに日々起こった出来事を書きこむと、それが私の手元に転送されているらしい。
アキラも魔法の日記帳の効果には気づいていないらしく、誰に見せるわけでもない、プライベートなことが書かれていた。
ショパンという生徒との決闘、歌でスタンディングオベーションが起きた文化祭、ダンジョンの冒険などなど。
あまりに現実に起きたことであるかのように生き生きと記されていることにいつしか私は日記が偽りである可能性を疑わなくなっていた。
会えないのはさみしいけれど、元気そうに過ごしているようで少し安心した。
私はそれを「声楽学園日記」と名付けた。
日記はある日から、エリーゼという人物についての記述が増えていった。
エリーゼがどんなにかわいいか。
エリーゼがどんなにやさしいか。
エリーゼがアキラにとってどんなにかけがえのない人かを。
いつしか、私は思うようになった。
このエリーゼという人物といつか会っておく必要がある。
果たしてあの子にアキラにふさわしい女か。
この目で自分の目で確かめておく必要があると。
そうはいっても、異世界に行く方法なんてないと思っていたけど。
こうして、正月帰省の最中、私の目の前に現れるとは夢にも思っていなかったのだ。




