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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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69/308

13-1

 姉妹が抱きしめあっている。

 その情景を庭木の影から遠目に見守る。

 勝千代は、あえて声は掛けず踵を返した。

「……何かあったら知らせるように」

「はい」

 足元に控えていた楓が小声で答える。

 ナツとともに話を聞くつもりだったが、少し時間を置いた方がいいと判断を変えた。

 遠目に見た志乃は、骨と皮だけのように痩せ細り、その様子はかつての自身を彷彿とさせるものだった。

 あれは、ずいぶん長期間ろくに何も口にしていない者の姿だ。寺で食事は出されていたはずだから、おそらく彼女は自死を試みていたのだろう。


 改めて、ふつふつと怒りがこみあげてくる。

 如章が敵の見せた尻尾であれば、あの男が知っていることを根こそぎさらけ出すまで保護しようと思っていたが、その手を引きたくなるほどに腹が立った。

 あんな状態の少女を見ても、何も感じず監禁し続けたのだ。

 彼女を表に出すわけにはいかないという事情のためかもしれないが、それにしても、こんな風になる前にできることはあったはずだ。

「段蔵……今夜出向く」

 姿も気配もないが、そこにいるのだろうと確信して声を掛ける。

 足元で、小石が小さくバウンドして転がった。



 そして夜。

 勝千代は、いくら何でもあんまりじゃないか、という恰好で弥太郎に抱えられていた。

 具体的には、頭のてっぺんから足先まで、余すところなく分厚い布で包まれている。

 大人用の小袖ですっぽり覆えてしまうサイズが悪いのか。

 いや、東雲が用意したこの水干の色が問題なのだろう。

 諸々の苦情を飲み込んで黙り、上下左右の動きに耐える。


 やがて動きが止まり、やれやれ、今回は酔う前になんとかなったと息を吐く。

 そっと降ろされて、布を外された。

 明かりはなかった。屋根裏だからだ。

 しかし完全な真っ暗ではなく、破風の格子から月明かりが漏れている。

「……目立つな」

「浮き上がって見えますね」

 勝千代が身にまとっているのは、上下ともに真っ白の水干だ。

 東雲にお願いしたのは、子供サイズの水干を、なのだが、送られてきたのはコレだった。

 まるで白拍子だ。いや、白拍子でも袴は朱かった気がする。

紐などもすべて白いのは、もしかしたら東雲の好みか? 神職の子供は皆こういう恰好をするのか?

 ……とにかく全部が真っ白なので、目立つこと目立つこと。ほのかな月あかりを反射して、まるで発光しているかのように浮き上がって見える。

 ちなみに、目元以外を布で覆った弥太郎は、闇に紛れるような忍び装束だ。

 断然そっちの方が良かった。


「仕方がない、手早く済ませよう。如章はどこだ?」

「この先です」

 暗いのでよくわからないが、かなりの数の忍びがいるのが分かった。

 そりゃあね。こんな派手な、しかも非力極まりないお子様を連れてくるのだから、警護を厚くもするだろう。

 頭を過ったのは、掛かりの事だ。ちゃんと父に請求してるんだろうな。

「ここです」

 いち、に、さん……と人数を数えていた勝千代に、弥太郎がひっそりとした声で言う。

 指さしているのは、梁の下。

 横に並んで見下ろすと、天井板がわずかにずらされていて、意外なほど近距離に丸い禿げ頭があった。

 ……牢の天井は随分と低いらしい。

 新しいことを学んだ、と感心しているうちに、弥太郎が仕事を開始した。

 

 眠れず起きていたらしい如章が、はっと何かに気づいたように周囲を見回す。

 弥太郎が手に持っていた紙包みを開いて、天井板の隙間からさらさらとその中身を撒いた。

 匂いなどはない。細かな粉末なので、落ちてきた事にも気づかなかっただろう。

 数分もしないうちに、丸い頭がぐらぐらと揺れ始めた。

 更に数分すると、何かにおびえたように壁に背を寄せ、ぶつぶつと独り言を言い始める。

 頃合いだろうか。


 天井板が元通りに閉められた。

 勝千代が降りるのは、牢の中ではない。格子の手前の通路だ。

 ひとりでは降りることができないので、当たり前のように弥太郎に手伝ってもらう。

 すとん、と地面に足をつけて気づいたことがある。

 木ではなく、石の土間なのだ。

 足元から深々と冷たさが這い上がってくる。

 目の前には太い格子木。如章がいる牢以外にも人はいるが、皆ぐっすり眠りこんでいるようだ。……いや、眠らされているが正解か。

 勝千代は、城の役人らしき武士までも、壁に背をつけて座り込んでいるのに目を向けた。

 あらかじめ、それほど時間は取れないと聞いている。

 彼らが目を覚ます前に、如章から話を聞き出さなければ。


 勝千代が頷くと、音もなく牢屋に忍びの一人が降り立った。

 見覚えのあるフォルムでわかる、楓と一緒にいた手足の長いあの男だろう。

「ひいっ」

 如章は、こんなに派手派手しい勝千代の存在に目を向けもせず、首根っこを引っ張られて初めて侵入者に気づいた。

 薬のせいで、視界が利かないのかもしれない。

「如章」

 勝千代の声に、びくりと飛び上がった。

 きょろきょろと周囲を見回し、ようやく白いこちらの姿に気づいた様子で、しきりに目をこすりながら生唾を飲み込んでいる。

「そなたの罪を問いに参った」

 如章の目が見えていないなら、こんな目立つ格好は無意味だったかと思いながら、頭から被った薄絹で顔を隠し、更には東雲から借りた扇子を見よう見まねで広げた。

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