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冬嵐記  作者: 槐
第七章

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184/308

31-1

 叔父が到着したとき、その供回りの数を見て、福島家が完全に朝比奈から手を引くのだと察した。

 叔父の表情も心なしか晴れ晴れとしていて、眉間の皺もいくらか薄い。

 寒月様が土方(高天神城がある地名)を隠棲地に希望していると聞いたら、またゴルゴ顔が復活するんだろうな。

 そんな事を考えながら、寒月様に頭を下げる叔父の背中を見つめる。

 

 掛川城から小荷駄隊が出立して一週間ほど。

 棚田の次席が戻ってきたのは一昨日らしい。

 日数があわない気がして首を傾げた勝千代に、叔父は懇切丁寧な解説をしてくれた。

 あの時荷台に大量に物資を積み上げているように見えた小荷駄隊は、そのあとも各町各村で兵糧を集めながら曳馬に向かったのだそうだ。

 文官が同行したのは、金銭的なやり取りが必要だからで、荷物を積み上げながら進む小荷駄隊の歩みが早いわけがない。

 曳馬に到着するまで五日かかるというのは、あくまでもその鈍足を計算しての事。単騎で引き返すなら、並足で一日もかからない距離なのだそうだ。


 改めて、この時代の物流の不自由さがわかってくる。

 事前事前に考えて行動しなければ、最悪物資も兵糧も援軍もない、という目も当てられない状況になりかねない。

 かつて暮らしていたところでは、インターネットで注文すれば翌日、時間によっては当日のうちに欲しいものが届いた。

 水やお米など、事前に考えなくても、なくなりそうになってからの発注で十分に事足りたのだ。

 ここはそんな便利な時代ではない。

 大量の兵糧が必要なら、前年の収穫期の前から商人に注文を掛けておかなければならないのだろう。

 かなり頭を使う。

 経験もだが、商人の伝手も重要な要素になってくるに違いない。

 福島屋敷の勘定方が商人と結託して悪事を働いたのも、その強いパイプが根底にあるのかもしれない。


 ふと頭をよぎったのは、兵糧の動きを見れば、どこの家が軍備を強くしているのか、どこが戦を仕掛けようとしているのか、はっきりと目に見えるものとしてわかるのではないか、ということだ。

 飯がなければ、兵は動けない。

 兵の頭数をそろえることももちろん重要だが、彼らを飢えさせず動かすためには、何を置いてもまずは兵糧だろう。

 つまりどういうことかというと、敵に回りそうな相手の米の動きを見張っているだけで、おおよその動向は把握できるのではないか。

 このあたりの事は誰でも思いつくだろうから、参謀らにとっては当たり前の考察なのだろうが……。


 挨拶を済ませ、振り返ってこちらを見下ろした叔父が、難しい顔をした。

「……また悪い顔を」

 え? 今はそんな変な事を考えてなかったけど。

「そういえば叔父上、今日は山水の岩が搬入されたのですが、運び手の人足が……」

 トラックや重機がないと動かせないような大きな岩を、この時代の者たちは人力で運んでくる。

 もちろん京からなどというのは無理で、近隣の山からなのだろうが、それでも、人の背丈よりも大きな岩を運んでくる方法は、かなり見ごたえがあって面白かった。

「丸太を敷いて、人足が綱を引くのですが」

 テコと滑車の原理について口頭で説明するのは難しいのだが、この時代の作業工程は実によく考えられている。

「勝千代殿」

 ウキウキしながら見事なその仕事ぶりを話そうとして、毅然とした口調で止められた。

「御前です」

 はっとして寒月様の方を見ると、珍しくその顔は笑みの形をしていた。

「よい。実に利発な子や」

「ありがとうございます」

 寒月様は扇子を振りながらそう言って、同じく、叔父の表情も緩む。

 ……皮肉じゃないよね?

 叔父はなおも、不自由な事はないかと寒月様に尋ね、寒月様も、これまで今川の武士たちに向けているのとは違う、比較的友好的な雰囲気で首を振っている。

 妙に穏やかなふたりの表情を交互に見て、勝千代は、いまいち納得しかねる気分で首をかしげた。


 これまでの数日で感じたことだが、寒月様は武家とは基本的に距離を置こうとしている。

 護衛の者たちが挨拶しても、一瞥も返さないことも珍しくはなく、勝千代以外とは会話を交わすことすら稀だ。

 高位の公家とはこういうものかもしれないと、不自由な御身分を気の毒に思ったものだが、それと叔父への対応は明らかに違った。

 寒月様が意味もなくそんな態度をとるとは思わないから、理由があるのだろう。

 それが、今川への隔意の表れであり、福島の肩を持つというアピールでなければいいのだが。

 そういえば、叔父に相談しなければならないことがたくさんあるのを思い出した。

 寒月様の隠棲地の件がその筆頭だが、それだけではない。

 機嫌がよさそうなところ申し訳ないのだが……いや、今話さなくともいいか。


 もちろん早ければ四半刻もせずに報告するつもりでいたのだ。

 何ならこの場を下がってすぐにでも。

 時を誤ったとは思わない。人前の、特に寒月様の前でするような話でもなかった。

 だがしかし、その安易な判断で後手にまわった。

 いや、襲われたとかではないよ。これほどの厳重な警備を掻い潜って、刺客など来ない。

 では何が起こったのかというと……寒月様の口から直接、土方に居を構えたいと駄目押しをされたのだ。

「勝千代殿」

 くっきりと深い眉間の皺。

 御前を下がってから、叔父のお小言……もとい、苦言を延々と聞かされる羽目になってしまった。

 ……めちゃくちゃ長かった。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
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― 新着の感想 ―
[一言] 勝千代くんからじゃなくて寒月さまから直接言われてしまったのだろうか? だとしたらお小言も仕方ないのでは? でも、本人を目の前にして言うのもちょっとって思うのもわかるような気がする
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