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周囲の木々が切り倒され、低木類も取り払われた空間に、墓石が均等に並んでいる。
ヨネは、里芋を掘った畑のさらに奥、山の中腹に開けた村の墓地に埋葬されていた。
正月から一か月近く経過し、おそらく二月に入るかどうか。
雪は墓地を真っ白に染め、なおも降り積もろうとしていた。
「お寒うございませんか」
もはや定位置のように勝千代を抱えているのは弥太郎だ。
「……だいじない」
そう答えはするものの、寒くて寒くて仕方がない。奥歯がかみ合わないほどに震え、手足の感覚はすでにない。スキーウェア、あるいは分厚いダウンジャケットが心底恋しい。
「降ろして」
ヨネの墓にきちんと参りたくて来たのだが、もっと天候がいい日にすれば良かった。
段蔵にも弥太郎にも止められたのだ。強行した勝千代が全面的に悪い。
雪が踏みしめられた平らな場所に降ろしてもらい、小さな丸い墓石を見下ろす。
現代のもののようにきれいな長方形ではなく、人の頭ほどの大きさの石を置いただけの簡素なものだ。
村とは縁もゆかりもない彼女が、まるで仲間の一人であるかのように葬られているのがありがたかった。
その場に屈み、墓石の上に積もった雪を手で払った。
払っても払ってもすぐに真っ白になる。この様子だと、明日には積雪に埋もれてしまうかもしれない。
風が強くなり、雪が斜めから真横に吹き付けてくる。
きっともう戻ったほうがいいのだろうが、離れがたくて。
ただじっと、雪が積もっていくのを見ていた。
「坊!」
かなり遠くから勝千代を呼ぶ声がした。
振り返ると、山道を登ってくる大小いくつかの人影。誰もが全身蓑で覆われているが、半数が子供だというのがわかる。
勝千代だと苦労したに違いない斜面を、あっという間に登ってきたのは、与平を含め数人の子供たちと、村の大人だ。
「すげぇカッコだな」
いつもの調子で屈託なく笑う与平に、傍らの母親がげんこつを振り上げる。
それを慣れた風にさっと除ける様子に、勝千代もまた頬を緩めた。
今から彼らは村を出る。すでに年少の子供たちは発っていて、与平らが最後の一団だ。
長距離の移動に備え、藁でできた防寒着をこれでもかと体に巻き付け、一見大人か子供かもわからなくなるほどの重装備だ。
何もこんな雪の中出発しなくてもよさそうなものだが、どうやら村は遠巻きに見はられているらしい。
段蔵はたいした相手ではないと言っていたが、一応用心のために迂回した旅路を行くようだ。
「いったい何枚着こんでんだ?」
与平が母親に叱られてもなお突っ込みを入れるほど、勝千代の姿は丸々している。
肥えたわけはなく、単なる着ぶくれだ。
御台さまからの頂き物を含め、大量の木綿の小袖を重ね着し、ほっかむりまでした姿は確かに笑えるものだろう。
「数えなかったけど、五枚以上はあると思う」
「五枚どころじゃねぇだろ」
続く子供たちの邪気のない笑い声に、勝千代もまた声に出して笑う。
手足は冷たく、特に雪に触れている足先は痛いほどだったが、そうやって笑顔を浮かべること自体が気持ちを暖かくした。
どうか無事に。
心の中で旅路を祈り、二度と会うことはないかもしれない子供たちの顔を目に焼き付ける。
「これ」
与平に隠れるようにして立っていた女童が、すっと何かを差し出してきた。
それは、鮮やかな一枝のツバキだった。青々とした葉に真っ赤な花がいくつかついている。
「おヨネさんに」
「……ありがとう」
彼女の手は半分蓑で覆われ、指先だけが出ていた。幼い子供のものでも、大人の女性のものでもない、働き者の傷だらけの手だ。
勝千代は受け取った自身の手が、それとは程遠い生っ白さで、傷ひとつないことに胸を突かれた。
別れの言葉はなかった。
まるで、また明日も会えるかのように手を挙げて、彼らは旅立っていった。
「帰りましょう」
弥太郎がそう言って、勝千代を抱えなおす。
雪はますます強くなり、この分だと気温ももっと下がる。
勝千代は、まだかろうじてわかる道の先を見つめたまま、もはや見えなくなってしまった友人たちの後ろ姿をずっと見送っていた。
里芋の畑まで山道を下ると、段蔵が待っていた。
「与平たちに会えましたか?」
最近、単調な彼の声からいくらか感情らしきものを読み取れるようになってきた。
きっとわざわざ機会を作ってくれたのだ。
勝千代は小さく頷き、礼を言おうとして……
「……何があった?」
その頬に、赤いものがついているのに気づいた。
段蔵は「ああ」と言って、無造作に手の甲でぬぐう。
すぐにわからなくなったが、それは血ではなかったか。
「なんでもございません」
普段通りの平坦な口調だったが、言葉通りに受け取ることはできなかった。
庄屋へ向かう弥太郎の足取りが、心なしか早い。
いつもは斜め後ろにいる段蔵が、何故か先に立って歩く。
庄屋の前には、何人かの村人がいた。この寒い時期に一重の野良着姿で、手に持っているのは草刈り用の鎌だ。
真冬なので農作業と言っても畑の石を取り除いたり、畔を直したり、保管している藁を使っての内職がメインのはずで、刈り取る雑草などないはずなのに。
彼らは勝千代を見てほっとしたような顔をして、それから何事もなかったかのように居なくなった。
「寒かったでしょう。すぐに濯ぎをお持ちします」
弥太郎が勝千代を座らせると、すぐに盥の水が運ばれてきて、そこにザバザバと熱湯が注がれる。
たちまち立ち上る湯気を吸うと、ほうっと安堵の息がこぼれた。
ここまで来て初めて、自身が凍える寸前だったことに気付いた。
一重の野良着で元気に動き回っている者もいるのに、貧弱すぎやしないか。
弥太郎が湯の中で足を揉んでくれるが、ジンジンするだけで感覚がない。
先ほど生っ白いと感じた手指をこすり合わせ、その氷のような冷たさにはあと息を吐く。
そういえば、父の城で虐待されているとき、このまま一重で冬を越すのかと考えたことがあった。
もしそうなっていれば、きっと今頃は死んでいた。
今さらながらに、生き延びることの難しさを実感していた。




