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確かこの人、牢屋を任されているんだよね。
家格からいっても、普通の犯罪者が入る牢の番人とかそういうのではなく、敵国の武将クラスの捕虜なども扱うのだろう。
そういう事を職務にしているのなら、他国との折衝なども数多く見知っているはず。
弥太郎が言うように妥当な線なのか否か、冷静な判断をしてくれるだろう。
「……」
父と似て脳筋っぽいなとは思っていた。
初対面から、ゴルゴ(暗殺者)顔だなとも思っていた。
勝千代は、静かに文を読み進める叔父を見つめながら、こっそりと冷や汗を拭った。
もりもりに盛り上がった眉間の皺が怖い。
ギリギリと歯ぎしりしないでください。
書簡を握りつぶしたら駄目ですって!
ぎろり、と鋭い視線がこちらを向いた。
「……まだ話していないことがありますね?」
うっ。
「正直にすべてお話しください」
いやマジで本当すごく怖いんですけれど!
そもそも秘密にし続けるつもりは全くなくて、時期を見計らって情報共有をするつもりだったのだ。
だがそのタイミングを、都合の良いようにコントロールしようとはしていた。
「ごめんなさい」
全面降伏だなんて、こらえ性がないと言ってくれるな。
こういう時は、素直に謝っておくに限る。
このままだと、容赦なく尻を叩かれそうだ。
洗いざらい喋ってもなお、それだけかと胡乱な目で見られた。
すでにもう逆さまにされて振られ尽くした後だったので、持っている情報はすっからかんだ。
「この話を知っているのは?」
「段蔵らを別にすれば、二木、南、土井の三名です」
「渋沢殿は?」
「人買いの話は聞かれてしまいましたが、家中での横領の件は知りません」
うううう、厳しい教頭に失敗を報告している新人の気分だ。
「数え六つの童が抱え込むには、大きすぎる話です」
ごもっともです。
「今後、兄上に話しにくい事がありましたら、私に言って下さい」
はい、そうします。
こくこくと頷くと、深々とため息をつかれてしまった。
あえて口にはしなかったが、誰が敵で誰が味方かわからないから話せなかった、という事情もある。
志郎衛門叔父についてもそうだ。最終的には信用しようと判断したわけだが、「おそらくは」という前置詞がついているうちは、百パーセント無関係だとは断言はできない。
そういう勝千代の逡巡は、叔父も察しているだろう。
信頼関係を築くには、それなりに時間がかかるものなのだ。
「父上には報告しますか?」
おずおずと質問すると、なお一層眉間の皺が深くなった。
「しないわけにはいきません」
「激怒なさるのではないかと心配しています」
「するでしょうね」
叔父は少し皺のついた書簡を見下ろし、またも難しい表情になった。
「この件をどこから聞いてきたのか。それとも、誰かが意図的に漏らしているのか」
時丸君も対象に含まれるから、兵庫介叔父側ではないと思う。
ならば漏らした先は一か所しかないじゃないか。
「若君は何名いらっしゃるのですか?」
「龍王丸君と勝千代殿を含めると五人です」
「わたしのように、すでに他家に養子に出ている方は?」
叔父ははっとしたように顔を上げた。
嫡男より以下としか想像していなかったかもしれないが、御屋形様と御台さまの年齢差から考えて、もっと年上の異母兄がいるような気がしていたのだ。
養子に出された勝千代が対象だというのなら、年上の庶兄たちもそこに含まれるだろう。
「出家すると言っても、家格に見合うだけの費えが毎年かかり、寄進も必要かと思います。すべての男児を出家させた場合にかかる費用の算出などをしてみるのはいかがでしょうか」
費用面だけではない。
既に他家に属している庶兄らと、その一門からの反発も考えに入れなければならない。
そして、養子に出ている者は除外となれば、勝千代は福島家にとどまることになるが、時丸君と正室腹のその下の弟は出家対象だ。
なかなか面白いシミュレートかもしれない。
「そうですね、せいぜいこの一件を煽り立て、実行寸前ぐらいにまで計画を進めていただいて、頃合いを見て庶兄らの名を出すというのはどうでしょう」
叔父の目が、まじまじと勝千代を見つめた。
あ、しまった。無垢無邪気な童子路線に修正していく予定だったのに。
取り繕うように、にっこりと笑ってみた。
叔父の眉間の皺がますますくっきりと濃くなった。これ以上深くなると、皺ではなく切れ目、クレバスと呼べそうだ。
「興如さまへの返答は、お任せしても?」
叔父の怒りのボルテージが収まるのを見計らっていたのだろう、今頃になって弥太郎が茶を運んでくる。
また出がらしか? 先程のはかなり渋かったが。
「もちろんこちらで対処しておきます」
叔父の目が、これ以上余計な動きはするなと言っている。
いい子の勝千代は、素直に言われた通り部屋から出ないよ。
ついでに父への報告も任せた。
横領の件の調査も任せた。
今川家の情報操作もやっちゃってください。
謹慎を休暇休養だと思ってゆっくりしよう。これまでかなり色々と大変だったから。
そう考えると、一気に気が楽になってきた。
ニコニコしながら湯呑みに手を伸ばし、用心しながら少し口に含む。
……うううん、今度のは色はついているけどかなり薄い。
叔父もまた、難しい顔のまま茶を一口含み、唇をぴくりとひきつらせた。




