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冬嵐記  作者: 槐
第五章

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19-6

 南の四角い強面顔を横目に、火鉢をつつく。

 五徳の上の鉄瓶に重量があるので、時々炭の位置を調整してやらないと傾いてしまうのだ。

 何を言うまでもなく黙って部屋の隅に控えた南の、苦虫を噛み潰したような表情を見るに、彼が仕入れてきた話はあまり良い内容のものではないのだろう。

 四歳児には言えないようなことかもしれない。


「……で、相談というのは?」

 炭をつつくのをやめ、火ばさみを灰に刺した。

 とりあえず段蔵の話を先に聞くことにした。楓の事も心配だし。

「はい」

 段蔵は背筋を伸ばし、相変わらずのまっすぐの姿勢の良さで勝千代へ頭を下げた。

「実は……」


 段蔵の話の内容を要約すると、次のようなものだ。

 横領の件もあって、出入りの商人の内偵をはじめていたのだが、怪しいと目を付けた三人ともが戸田に賄賂を渡していたらしく、このままの調子でいくと、ほぼすべての出入り商人が何らかの利益供与をしていた可能性があるそうだ。

 つまりどういうことかというと、戸田がそれだけの旨味がある取引相手だという事だ。

 想定していた以上の規模での横領があり、福島家の資産が他所へ流出しているかもしれない。


「その旨味とやらが、米や産物などではなく、人である可能性が高いという事だな?」

「あり得ないほどの貸付証文をみつけたそうです。今のところは触らずそのままにしてありますが、それをかたに、見目好い女子を中心に、若い働き手を遠国に売っているのではないかというのが楓の報告です」

「潜入一日二日で見つけられるような場所に証文があるのもおかしな話だ。囮かもしれないから、用心するようにと伝えて」

「むしろ今は何もせず、たなに溶け込むよう命じています」

「うん」


 勝千代は、今聞いた内容を頭の中で整理した。

 真っ先によぎったのが、人買いというパワーワードへの忌避感だ。

 前にも自身に言い聞かせなければならなかったが、それ自体は犯罪ではない。

 上手にやれば、人が余っているところから足りないところへ動かし、仕事を潤滑にする派遣業のようなこともできなくはない。

 それは罪でもなんでもないだろうし、そのうちに自身を買い上げるようなシステムを作れば、買われたほうにとっても悪い話ではない。

 だがこの時代には、人権が重視されるような優しさはないのだ。

 搾取される立場の者は、徹底的に搾り取られる。

 かつての、虐待されていた勝千代がいい例だ。

 あのままあの場所にいたら、おそらくは殺されていた。いや、死んではいないかもしれないが、叔父の手駒として良いように利用され、絞りつくされていただろう。


「人買い……」

 もうひとつ思い出さざるを得ない事が脳裏をよぎり、顔をしかめる。

 勝千代が連想したことを、おそらく段蔵も、あるいは楓ですら考えたかもしれない。

 段蔵が相談したかった内容とは、横領そのものではなく、つながりそうなこのラインのことなのだろう。

「岡部姉妹か」

 果たして無関係だろうか。いや、無関係だと考えるほうがおかしいのかもしれない。

 それなりに名のある城持ち武将の娘たちで、幼いころから今川館に出仕できるような身分の女子が、人買いに売りはらわれるというのが、そもそもおかしな話なのだ。

 もしそれに福島家がかかわっていて、段蔵が言っていたルートで彼女たちが売られてしまったのであれば……横領だなどと、呑気に構えている場合ではなくなってくる。


 勝千代はしばし宙を眺め、それから真正面にいる段蔵に視線を戻した。

「これ以上無辜の者を餌食にさせるわけにはいかない。父に話す」

 ここまでくれば、貸付証文の事も含めて、話を通しておくべきだろう。

 だがしかし、己が守るべき民草を食い物にされたと知れば、きっと烈火のごとく怒る。

 父の理性が吹き飛ぶ前に、ある程度の目測を立てておきたいが……


 井戸の近くで見かけた二人の男。

 回廊で少女を脅しつけていた男。

 そしてその様子をじっと見ていた男。

 勝千代は、部屋の隅で置物のように控えている南に目を向けた。

「あの娘、名は何という」

 室内の乏しい光源では、黒い影にしか見えない南が、もぞりと身じろいだ。

「柴垣栄三郎殿の妹で、お糸殿というそうです」

 武家の娘か。

「親が遺した借金の形に、先ほどの男の妾になれと言われているようです」

 正直、誰とも知れぬ相手に売られるよりはいい。そう思ってしまったのは、志乃が寺で耐えた屈辱を知っているからだ。

 あの男が見せつけていたのだろう証文が本物であれば、借りた金は返さなければならない。

 その理を曲げて、踏み倒すことに加担するわけにはいかない。

 もちろん偽の証文である可能性もある。

 しかし、まったく心当たりのない借金なら、偽物だと強くはねつけ、不条理な事は拒否していると思うのだ。


「兄の柴垣とやらはどういう男だ?」

「勘定方の下役人です」

 何でも知っている段蔵が当たり前のようにそう答え、南もまた同意するように頷いている。

 勘定方の役人、つまりは経理畑の人間でも、親の遺した証文を偽物だと退けることができなかったのか。

 借金について心当たりがあるからか、あるいは上からの圧力のようなものがあって、受け入れざるを得なかったのか……

「なるほど」

 いいことを思いついた。


 勝千代は段蔵に、その柴垣とやらをここに連れてくるようにと命じた。

 明日の朝?

 いやそんな悠長なことは言っていられない。

 今すぐだよ。今すぐ。

 明け方までに、目途をつけておきたい。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 4章中盤から一気読みしましたが やはり良いですね 戦国転生物語なのにまるで時代劇の様な 毎回わくわくしながら見てます [気になる点] 全体的な雰囲気が暗いので ちゃんと幸せになって欲しい …
[良い点] いま一番更新を楽しみにしている小説です.毎日ありがとうございます.初期の時点でヨネの話に泣きました.ゆっくり展開にやきもきしつつ,丁寧な話運びだからこそ面白いのだとも思います.キャラもたっ…
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