~九十九の巻~ 昔の女
大海皇子様と志摩姫様とのご縁談が、内裏で公然と推し進められたと笹野から伝え聞いて以来、あれ程毎日くだされておった皇子様からの文がぱたりと途絶えてしまい、屋敷の者達は、表立っては何も申さぬが、皆、気を揉んでおるのは明らかだった。
其の様な時に更に皆の不安を煽る事件が起きたのだった。
◇◇◇◇
「姫様!お許しくださりませ!」
いつ如何なる時でも動揺した姿など見せた事など無かった笹野が、私の前にひれ伏して顔を上げぬ。
「笹野、顔を上げて、一体如何したのです?」
私が出来る限り穏やかに落ち着いて、そう問い掛けると、
「風矢様が・・・、」
「風矢?風矢が如何したのです?」
「風矢様が、左大臣家の禎親様ご配下の方々に、捕らえられた由にござりまする。」
「姫様!申し訳ござりませぬ!」
「風矢が?捕らえられた?何故?何があったのです?」
「笹野、初めから解るように、落ち着いて状況を説明してください!」
「はい、昨晩風矢様が、私に改まって話が有ると申されまして・・・、」
◇◇◇◇
『実は・・・、以前に世話になった女人が、朱雀往路の市場街から少し歩いたところに小さな店を出しておったのだが、私もお前と所帯を持ってからは、其の店からも足が遠退き、あちら方面にも然したる用も無く、其れきりすっかり縁遠くなっておったのだが・・・、今日、月次の役所への届け出の帰り道に、たまたま道端で蹲っておる女人がおったので、如何したのかと声を掛けたところ、驚いた事に其の女人で、気分が優れぬと申す故、放っておく訳にもゆかず、其の女人の家迄、送ってやる事に致した、聞いたところでは、女人の家は以前と変わらず朱雀往路の近くで、店も細々と続けておるという、勿論私は送ったら直ぐに帰るつもりであったのだが・・・。』
『然し帰ろうとすると其の女人から、折り入ってご相談させて戴きたき事がござります、お時間を少し戴けませぬでしょうか?と頼まれた。』
『こうして再びお会い出来ましたのも、風矢様にせめて一目でも良いからお会いさせて戴きたいと、日夜お参りさせて戴いておりました神仏のお導きに相違ござりませぬ、どうか私をお助けくださりませ、と懇願されてしまい、仕方なく女人の話を聞いたのだが・・・、』
「其処で言葉を切ったきり、中々話し出さない風矢様を不審に思いまして、何があったのか問い詰めましたところ・・・、」
「其の女人には今年で四つになる男子が居るそうなのですが、其の御子が、其の御子が、風矢様の!風矢様の御子だと申したというのでござります!」




