~九十六の巻~ 勾玉の罠
「皇子様・・・。」
私は恐れ多くも皇子様に、其の様に仰って戴ける様な女子では無い。
然れど、然れど皇子様は、このままの私で良いのだと仰ってくだされた。
斯様に何の取り得も無き私なれど、其れでも皇子様のお慰めになるというのなら、一度は諦めた私の生きる道を、皇子様にお預けさせて戴きたいと思うておるもう一人の私が、この時確かに私の中に生まれておった。
其れでも私の手は固まった様に動かず、皇子様のお手を取る事が出来ぬ。
すると皇子様は、ご自分の胸元を飾られておられる、亡きお母上様の大切なお形見と申されていらした、硬玉の首飾りを首から外すと、私の首にそっとお掛けになられた。
私が驚いて、
「み、皇子様?な、何を?」
と慌てて外そうとすると、
「この硬玉の持ち主は本日より貴女です。」
と仰って私を制した。
「この玉は母より、いつか貴方が大切に想える人と出逢うたら、其の御方に掛けて差し上げなさい、と渡された、古の勾玉です。」
「この勾玉には不思議な力が宿うておりましてね、生玉と呼ばれております。」
「此れを掛けておる者が傷を負うたり致しますと、この玉が癒して、たちどころに治うてしまいます。」
「故に此れは、代々の持ち主に大切な相手が出来ると、持ち主から其の方へと受け継がれていった物と聞き及んでおります、一人の人が長く所持する事は無いのですよ。」
私は滑らかに磨き上げられた其の翠色の玉を手に取り、目の前に翳してみた。
(この石に其の様な凄き力が・・・。)
私が感心して勾玉をまじまじと眺めておると、勾玉を翳した其の手を、皇子様の手が優しく包み込まれた。




