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~九十四の巻~ 望月

 「珠姫、私は貴女に、心から私の妃になって戴きたいと思うて求婚致しました。」


「本日はどうしても其の想いを直接貴女にお伝えしたく、伺ったのです。」


お会い出来て本当に良かった、と、心底安堵されたご様子のお顔を拝見しておると、つられて私も微笑んでしまいそうになる。


皇子様は、場を和ませ、人を穏やかな気持ちにさせる、まるで日溜まりに眠るタマの様な、温かい気を纏うていらっしゃる。


其れはとても居心地が良く、うっかり其の日溜まりに、私も足を踏み入れたくなってしまう。


普段の皇子様は、聡明で一分の隙もなく、一見すると近寄り難い御方なのに、斯様に温かく親しみ易いお人柄に触れてしまうと、どうして良いか分からず、私の心は落ち着かぬ。


セイは真夏の青空に燃える日輪の様な人だと、いつも思うておった。


常に揺るぎなき信念を持ち、前を向き歩いていく迷い無き後ろ姿。


そして私は、其の頼もしきセイの背中を見ながら付いて行くのが好きだった。


其れに対し皇子様は・・・、


其の気配すら感じさせずに静かに温かく私達を見守る、夜空に浮かぶ望月の様な御方だ。


細面のすっきりとしたお顔だちに、涼しげな目元。


鼻梁は高く、薄い唇。


然れど、其の秀麗な容姿とは裏腹に、武芸にも秀でておいでと評判の皇子様、常に鍛えていらっしゃる事は一目瞭然の逞しき体つき。


都中の娘の憧れの皇子様、其れどころか、都一の美貌を誇る、左大臣家の姫君が想いを寄せておいでの御方。


其の様に立派な御方が、何故私など・・・?


私は、何の取り柄も無き詰まらぬ女子だ。


其の上、私には・・・、


「私は貴女しか望んでおりません。」


「えっ?!」


皇子様のご真意を計りかね、途方に暮れておった私に、まるで私の心の声が届いてしまうたかの如く、皇子様が仰った。


失礼にも思わず聞き返してしまうた私に、皇子様はもう一度同じ事を仰った。


「私は貴女以外の妃を迎えるつもりはありません。」


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