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~五十二の巻~ 髪飾り

 『えっ?』


『あっ、いや、この髪飾りいつもしておる故、気に入りなのだなと・・・。』


『其れは幼き日に亡くなられたお母様の形見の品で・・・、』


私は戸惑いながらも其の様に答えた。


ただ意表をついた髪飾りという現実的な話題は、私の意識をセイの体から逸らしてくれたのか、先程迄のうるさい鼓動が少しだけ和らいできて、逆に背中に腕にお腹に感じる温もりに心地好さを感じる様になってきた。


『美しき細工だな。』


『はい、お父様がお母様の為にわざわざ異国よりお取り寄せになられたお品と聞き及んでおります。』


(ああ、よく存じておる。)


(小夜奈様は常に其の髪飾りを大切に身に付けておられた。)


父上から伺ったところでは、其れは婚約の証に特別な品を贈りたいと秋人様が申されて、色々な伝手を使われて、わざわざ遠い異国から取り寄せられた逸品だという事だった。


二年前、道に迷うた珠を見付けた時、其の髪飾りを見て直ぐにわかった。


恐らくこの国には二つと無い、珍しく美しい異国の髪飾り、其れを身に付けられるのは、小夜奈様亡き今、珠だけだ。


『そうか、珠のお父上はお母上を大切になされていらしたのだな。』


其の様にセイが思うてくれた事がとても嬉しくて、


『真に、真にそう思いますか?』


と思わず尋ねると、


『身に付ける品を誰かに贈るという事は、其の品に想いを込めて相手に届けるという事だ。』


『贈った相手の幸を願い、常に禍から護られる様にと願いを込めて・・・。』


『お父上はお母上の傍に居られぬ時も、常にお母上の傍に寄り添うて居られたのだな、あの古の家族の様に・・・。』


『あり・・が・・と・・・、』


私はもっともっとたくさんお礼の気持ちを伝えたいのに、其の一言を声に出すのが精一杯だった。


ずっと長い間感じておった心のつかえが漸く取れた気がした。


お母様が亡くなられて、お父様が新しいお母様をお迎えになられた事は、幼い私の心に影を落とした。


お父様はもうお母様をお忘れになられてしまわれたのかと、不安で堪らなかった。


そして更に新しいお母様に弟が出来ると、嫡男だった事もあり、お父様の喜ぶ様は、普段余り感情を出されぬ方だけに、珠には恐ろしかったのだった。


もう自分は必要無いのではと思うと、屋敷に自分の居る場も無い気がして、お父様からいつそう言われるのかという恐怖から逃がれる様に伊勢に来たのだった。


『セイのお陰で胸のつかえが取れました、お父様は本当にお母様の事を大切に思われていらしたのですね。』


『当たり前だ、この石、存じておるか?翠玉と申して遥かな異国でないと取れぬ貴重な石だ。』


『斯様に貴重な髪飾り、この国で持っておる者など他には居らぬ。』


『翠玉、でござりますか?』


『セイは何でも良く存じておるのですね。』


『書物で読んだ、珠とて教師を招いて色々学んでおるのであろう?』


『学んでおると申しましても、限界がござります故・・・。』


『そうか、ならばこうせぬか?此れから私が、私の知り得る限りの知識を此処で珠に授けよう。』


『但し、珠に頼みがある、珠は都で一番の姫になる事、其れが私の頼みだ。』


(私が都で一番の姫に?)


『珠はこの後、都に戻るのであろう?』


『私は、訳は話せぬが故あって都には行く事が出来ぬ身、故に珠が私の代わりに都で頑張って、都で一番の姫になり、そして幸せを掴んで欲しいのだ。』


其れが私の願いだと申すセイは真剣で、私は、セイが真は都に行き、己の力を試したいのだと解った。


事情を尋ねる事は出来ぬが、其れが叶わぬセイは、ずっと其の口惜しさと闘うてきたのに違いない。


『よいか?此れから先、例え何があろうともだ!今此処で私に誓うてくれるか?』


『はい、お約束致します。』


『私はいつか都で一番の姫と謳われる様に頑張って学びまする。』


『だからセイ、どうか私に力を貸してくださりませ。』


其の日私は、セイに斯様に誓うたのだった。


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