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~百二十八の巻~願い

 「珠、珠、しっかり致せ、直に医師が参る故、今少しの辛抱ぞ!」


「医師はまだか!!!」



◇◇◇◇


 どれ位の時が経ったのであろうか、大海様と私とでいくら布巾を替えても、姫様の出血が止まらぬ。


常にご冷静な大海様の悲壮感漂う其のご様子が、私の心の不安を一層高めるのだった。


右大臣様が涙ながらに姫様の手を握られて励まされておられるが、姫様には最早其れにお応えになられるお力すら残されておられぬ。


大海様の腕を噛んでおられる事さえ、呼吸も儘ならぬ今、最早お出来になられぬ様だった。


苦しげな呼吸の合間に右大臣様をご覧になられて、何かを仰りたいのか口を開いて、然れど声にはならなかった。


「珠、何だ?何か申したいのか?」


右大臣様が、姫様の口元に耳を当てると、


「あり・・が・・ハァハァ、」


「珠、珠、解ったから、もう申さずともよい。」


右大臣様がそう仰って、姫様の頭を、幼子になさる様に優しく撫でられた。


姫様は目を瞑られて、暫し優しい其の御手の温もりに浸られておられたが、其の時、姫様の目尻から、一筋の涙が零れ落ちていった。


「ハァハァ、お・・かあ、ハァハァ、さ、ハァハァ、とこ、ハァハァ、さ・・き、ハァハァ、に、ハァハァ、ごめ・・ハァハァ、」


「珠っ!其の様な事、絶対許さぬ!私より先に参るなど許さぬ!小夜奈とて許さぬ筈ぞ、参っても追い返されるぞ!」


すると姫様から苦しげな顔が一瞬消え、ふわっと微笑まれた。


姫様が右大臣様の頬に震える手を必死に伸ばそうとなされたので、其の手を右大臣様はそっと掴むと自らの頬に導いた。



◇◇◇◇


 次第にお父様の頬に触れた私の手は力を失い、瞳は何も映さなくなった。


(神様!神様、お願いします!最期に、最期に一つだけ、願いを、願いを叶えて!)


(指輪さん、一つくらい私の夢・・・、叶えてくれても、いいでしょう?)


瞳は、もう何も映さなかったが、お父様に支えられてお父様の頬に触れておった力入らぬ手を、離して欲しいと、最後の力を振り絞って、ほんの僅かだけ必死に指を動かした。



◇◇◇◇


 秋人が其れに気付いた時、珠は最早焦点合わぬ目で、必死に何かを見ようとしておる様だった。


秋人が、不本意ながらも手の力を少し抜くと、珠は其の手を、震えながらも己の胸元を目指して降ろしておるのが見て取れたので、再び其れを手助けしてやった。


すると珠は、肌蹴た胸元にキラリと光る革紐で括った指輪を掴むと、震える手で何とか其れを指にはめた。


其れは黄金にも拘らず青い光を放っておる、不思議な輝きを持つ指輪だった。


そして其の手を、己の顔の方に持って来ようとしておるのに気付き、再度手助けしてやると、其の指輪を唇に近付けて、愛しそうにそっと口付けた。


既に表情も失うておった珠の顔は、僅かだが、ほんの僅かだが、確かに其の瞬間微笑んだのだ。


珠が口付けると、突然黄金の指輪から放たれておったまばゆい青い光が辺り一面を照らし、其の光はあっという間に、私達の前に横たわる、珠の全身を温かく包み込んでいった。



◇◇◇◇


 珠は何も映さぬ瞳を吐息を感じる方に彷徨わせて、


「おお・・み・・ハァハァ、さま、ハァハァ、やく・・そ、ハァハァ、違え・・て、ハァハァ、申し、ハァ訳、ハァハァ、有りま・・ハァハァ、此れ・・を、ハァハァ、」


珠は最後の最後の力を振り絞り、手を再び胸元に下ろすと、胸元を飾ったもう一つの革紐に括られた勾玉を震える指で掴み、差し出した。


大海様は差し出した私の手ごとご自身の大きな手で包み込まれると、


「珠!其れは最早貴女の物だと申し上げた筈、返すなど許しません!!!」


「た・・まは・・、ハァハァ、か・・ほう・・も・・の・・・、」


意識が途切れる最期の瞬間、珠は、大海様の魂の慟哭の様な切ないお声を伺った気がした・・・。



◇◇◇◇


 「珠ぁー!!!!!!!」


「珠ぁ、逝くなぁ!許さぬ!私を残して逝くなど、許さぬ!私と居ると、私の傍に居ると申したではありませんか!其の約束、違えるつもりですか!」


「逝くなぁ!!!!!!!!!!」


(おお・・み・・さま、もう・し・・わけ・・・、)


珠の瞳から大粒の涙が一粒零れた・・・。


不思議な事に其の涙は、頬を伝い流れ落ちると、形を成しておった。


月の光の様な乳白色に煌めく、美しき真珠となって・・・。


「珠、私は諦めぬ・・・、必ずや、必ずや再び貴女とめぐり逢い、其の時こそは貴女を我が妻と致します!


其の一連の儀式の様な神々しい場面を、為す術もなくただ呆然と見つめておった笹野は、大海様がご自身の傍に流れ落ちた、姫様の移し身とも呼ぶべき真珠を口に含まれるのを見た。


「「なっ!?大海様!何を?」」


右大臣様と私は同時に叫んだが、止める事は出来なかった。


そして更に信じられぬ事に、先程姫様の衣を切り裂いた短刀で、何の躊躇いも無く美しく結われたご自身の髪をお切りになられて、


「我が妃は、生涯、珠唯一人と珠に誓うております、私は此れより仏門に入り、珠の御霊を弔うて暮らして参ります。」


斯様に申されると、姫様の体をご自身の上着で包まれて抱き上げられると、其のまま、先程乗られていらした馬の方に歩いて行かれた。


私達が慌てて後に続くと、側近の方に姫様を託し、馬に跨られ、再び姫様を其の胸に抱き締められると、お二人で此れよりお住まいになられる筈だった大海様のお屋敷に、黙して馬を走らせて行かれた・・・。


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