~百二十五の巻~襲撃
物語の進行上、この後、一部暴力的なシーン及び暴言シーンが入りますので、R15タグを付加させて戴きました。そういったシーンが苦手な方は、ギリギリの付加で大変申し訳ございませんが、ご注意くださいませ。
「姫様、右大臣様が大海様に伝令を送られた模様です、もう目と鼻の先、直ぐに救援が参りますわ。」
「そう。」
笹野の言葉に、安堵する。
大海様は知らせを受ければ、直ぐに兵を差し向けてくださる筈だ。
寧ろご本人直々に駆け付けていらっしゃりそうな・・・。
其の様な事を考えておった矢先に、
「わぁー。」
という叫び声が、別の方角から上がった。
「笹野!?」
「姫様!右手の崖の上からも賊が!潜んでおった様です!五人、いえ六人此方に向かうて参ります!」
「風矢様!!!」
笹野が叫ぶと、
「笹野!輿の陰におれ!」
「誰か!前方の者に声を掛けよ!」
「はい!」
「右手崖から敵襲!皆の者、其方は囮だ!姫様をお護りしろ!後ろだ!」
風矢の怒号が響く。
「皆!油断するな!」
「「「はい!」」」
「おい!斯様な場合の防御策、散々教えたな、皆、覚えておるな?」
「はい、風矢様!教えて戴いた成果、此処でお見せ致しまする!」
「来るぞ!皆、二人ずつ組みになり、お互いの背を固めよ!」
「「「はっ!」」」
緊迫した会話が続き、外が見えぬ珠は、不安が広がっていく。
「風矢!」
「姫様ご安心を!絶対に輿には近付けさせませぬ!念の為、なるべく左手にいらしてください!」
「風矢、気を付けて!」
「笹野!輿の中に-、」
私が笹野に、輿に避難する様に声を掛けようとすると、
「姫様、私は此方で見張りを致したうござります。」
「笹野、お願い、無理はせずに!」
「はい、姫様、私は大丈夫です!風矢様が居られます故!」
其の言葉が合図だったかの様に、
カキーン、カキーンという剣を打ち合う音が、間近で聞こえ始めた。
珠は手を合わせ、一心に皆の無事を願うた。
(神よ、天つ国におわします、神々よ!どうぞ皆をお守りくださりませ。)
「とおりゃあ!!」
風矢の勇ましい掛け声が辺りに響き渡った。
「姫様!前方の賊は既に粗方捕らえた模様です、右大臣様が兵を連れ、此方へ向かわれておられます。」
「お父様が?お父様はご無事なの?お怪我などなされたご様子はない?」
「珠ぁ!無事かぁ!」
丁度其の時、私を案じてくださるお父様の叫び声が聞こえた。
「お父様!」
私は思わず輿から飛び出しそうになり、戸を開けてしまうた。
すると私の輿の目前で、風矢が賊と対峙しておった。
既に一人は倒した模様で、側に転がっておる。
「風矢!」
「姫様!出てはなりませぬ!」
「然れど!」
「危険です!入ってらしてください!」
「風矢!!」
漸く風矢の元へ、敵を片付けられたお父様が、兵を連れて駆け付けて来られ、賊一人を囲んだ。
「右大臣様!」
其処へ更に風矢も加わり取り囲む形となった。
「くそぅ!」
汚ない言葉を吐くと、其の男は風矢に向かうて、わぁーという雄叫びを上げながら突進して来た。
「風矢!」
「風矢様!」
私が見ておられずに手で顔を覆うと、
カキーンカキーンという音の後、剣がバキッっと折れた様な鈍い音がした。
恐る恐る指の隙間から覗くと、折れた剣を男が風矢に向けて投げつけたところだった。
其れを簡単に己の剣で払うと、其のまま剣の切っ先を男の顔に向けた。
「何処の者だ?」
「けっ、誰が言うかよ!」
男は小馬鹿にした様な態度で、
「殺したけりゃ、さっさと殺せ!」
そう喚いておった。
風矢は剣を背に反すと、思い切り男の肩を目がけて打ちおろした。
すると男は、「うっ、」という呻き声と共に、直ぐに其の場に倒れ込んだ。
「縛りあげろ!」
「「「はい!」」」
風矢は周りの兵に声を掛け、倒れておる賊達を手早く縛り上げさせた。
「誰の指図か、必ずや口を割らせよ!」
「「「はい!」」」
「珠、怪我は無いか?」
片が付いたのを見て取ると、お父様が私の元に駆け寄って来られた。
「お父様!私は、皆に護うて貰いました故、お父様こそ、お怪我はござりませぬか?」
私も輿から出てお父様の傍迄参ると、輿の横に控えておった笹野も付いて来た。
お父様のご無事を確認して、漸く一息吐いたところで、笹野に目をやると、笹野は目を潤ませておった。
「右大臣様!姫様!皆様ご無事でようござりました!」
「笹野も、もう!無茶せぬ様に申しておるでしょう!」
安堵の為か、情けない事だが、其れ迄は何とも無かった体が、其の場にへなへなと座り込んでしまうた。
「姫様、ご衣装が汚れます。」
「此処は血で穢れております、お輿入れの御身が穢れまする、輿に戻りましょう。」
「いえ、大事ありませぬ、皆が身命を賭して私の為に戦うてくれたのです、この地が穢れておる訳がありませぬ、其れより怪我した者は居りませぬか?」
私が問い掛けると、
「かすり傷程度の様です、日頃の鍛練の成果です、後程褒美を取らせては如何でしょうか?皆、励みになるかと存じます。」
風矢が珍しく誇らしげに申したのを聞き、お父様が大層喜ばれて、私の祝宴の際に褒美を取らせようと約しておられた。
其の様なやり取りをしておるところに、ドカッドカッという馬の足音が近づいて来るのが聞こえた。
全員が音のする方を見ると、物凄い勢いで単身馬を駆けてみえる大海様のお姿が目に入った。
「大海様!」
やはり先程思うた通り、御自らお出でくだされてしまうた!
目を細めてよく視ると、遥か後方から慌てて衛兵が追い掛けてぞろぞろと走っておる。
程なく大海様は、けたたましい馬のいななきと共に私達の所に近づいて来られると、あのご聡明で常に冷静沈着な大海様が、髪を振り乱し、今迄私が伺うた事も無い程の大声で、
「珠!大事有りませんか!!!」
と叫ばれると、馬から飛び降り、真っ直ぐに私に向かうて走ってみえた。
私は、大海様が其れ程迄に私の様な者の事をご心配くだされたのだと思うと、其れだけでもう胸がいっぱいになった。
「大海様、私は大事有りませぬ、風矢をはじめ皆が命を張って護うてくれました。」
私が大海様の傍に走って参ろうとした其の時、キラリと光る何かが私の目に入った。
瞬間私の息が止まった。
其の光る物の先には、其れを手に持ち此方に向けて立つ、鬼気迫る形相の若い女がおった・・・。
そしてキラリと光る其れは鋭利そうな小太刀だった・・・!




