~百二十の巻~ 真相
『お父上様と安芸家のご嫡男・郁馬様は、ご親友でした。』
『お父様と、安芸家のご嫡男の方が・・・、』
『ええ、正反対のご性格のお二人でした故、傍から拝見しておりますと、皆様何故このお二人が?と疑問を持たれておられましたが、真に仲が宜しくて、と申しますか、実際は、真面目を絵に描いた様な堅物のお父上様を、郁馬様が常にからかうていらしただけでしたが・・・、』
当時を思い出されたのか、楽しげに、クスクス、クスクス笑うていらっしゃるお母上様に笹野が、
『姫様は間違いなく、右大臣様に似ておいででござります。』
と口を挟んだ。
私が笹野を横目で睨むと、笹野は慌てて視線を彷徨わせた。
『そうですね、然れど外見は、驚く程に小夜奈様によう似ておりますよ。』
『真ですか?』
『ええ、初めてお会いさせて戴いた頃のお母上様に生き写し、そう思わぬ事?柚子。』
『はい、其れはもう珠姫様は郁馬様が仰られていらした通りにお美しくおなりで。』
『ええ、真に・・・、其れで、話を戻しますが、其れでもご一緒にいらしたという事は、結局お父上様も郁馬様の事がお好きでいらしたという事なのです。』
『郁馬様は、其れは陽気で冗談がお好きな、どなたにも別け隔てなくお優しい、素敵な方でしたから。』
『然れどお父上様は、どちらかと申せば口下手で、余り社交的ではいらっしゃいませぬ、然し何故か郁馬様も、其の様なお父上様をおからかいになられながらも、実はお父上様の事を誰よりも信頼なされておられて、他の誰でも無く、常にお父上様とご一緒にお過ごしになられておられました。』
『お二人は学問所にて共に学ばれておられた頃よりのご親友で、いつか互いに子が出来て男子と女子だったら、二人を娶わせようと約しておられたとか。』
『当時、郁馬様は、お家同士のお取り決めにより、既にご正妻をお迎えになられておられました。』
『其れが現左大臣様の妹姫・天乃様です。』
『然れど、明るく誰にでもお優しい郁馬様と、左大臣家にて気位高くお育ちになられた天乃様は程なくすれ違われる様になられて、ご夫婦とは名ばかりの冷えたご関係でした。』
『其の様な時に郁馬様は、天乃様の侍女として上がられたばかりの青湖様をお見初めになられて、やがて青湖様は身籠られたのです。』
『郁馬様は、青湖様とお腹の御子をお守りになられる為、お二人の存在を、親友であられたお父上様以外お身内にさえ秘匿なされて、都の郊外に在る村の小さな庵に、お二人を匿われました。』
其処でお母上様は一旦言葉をお切りになられると、お茶を一口啜られて、
『そして男子が、ご嫡男が誕生したのです。』
と仰られた。
『珠、先程私が申した事、覚えておいでですか?』
『えっ?』
『つまり、其の後にご結婚なされた貴女のお父上様と小夜奈様の間に漸く御子が産まれたのが其れから四年後、其れが貴女です。』
『私の申しておる意味が解りますか?』
『えっ?まさか!?』
『ええ、郁馬様と青湖様の間に産まれた郁馬様の唯一人のご子息、其の御子が貴女の許婚、青馬様です。』
(えっ?)
ガタン!
私は思わず膝立ちしてしておる事にも気付かなかった・・・。
(お母上様は今何と?)
(何故か青馬様・・などと聞こえてしまうた・・・、ははは、私は殿方のお名を殆ど存じ上げぬ故、己の知っておる名を・・・、愚かにも程がある!)
『珠、珠、聞いておりますか?』
『珠!!!』
『は、はい!も、申し訳ござりませぬ、お名がよく聞き取れず、考えに耽ってしまいました、恐れ入りまするが、再度お聞かせ戴けますでしょうか?』
『珠、よくお聞きなさい、貴女の許婚の名は、青湖様の青と郁馬様の馬の字をそれぞれ戴いて、青馬様と仰います。』
『貴女が伊勢で幼き日を共に過ごした御方です。』
『ま、まさか!!!』
『其のまさかです、貴女が覚えていなかったのは無理もありませぬ、青馬様とお別れした時、貴女はまだ五つでしたから・・・。』
『其れ迄は、ようこの屋敷にお運びになられて、貴女は青馬様によう懐いて、青馬様の後ばかり付いて回っておりました。』
『青馬様も貴女の面倒をよう見てくだされて、真にお似合いのお二人だったのです、あの日あの様な事態にさえならなければ、恐らく今頃は・・・、いえ、其れは申すべき言葉ではありませんね。』
『何故?何故でござりまするか?何故、謀反など!』
『其れは・・・、郁馬様のお父上様、当時の太政大臣様は権力欲の強い御方で、其の欲心を、当時の左大臣様に付け込まれてしまわれたのです。』
『郁馬様と太政大臣様はご意見が合わず、長年諍いが絶えなかったそうです。』
『郁馬様は太政大臣様のご様子を危惧なされて、度々お諌めになられていらしたらしいのですが、太政大臣様は聞く耳持たれず、其の結果・・・、』
『然しながら左大臣家は、企みが漏れたと知るや安芸家を裏切り、証拠を全て隠滅して、罪を安芸ご一族に擦り付けて、知らぬ存ぜぬを貫いたのです。』
『なっ、酷い!!!』
『ええ・・・、兎に角、あの騒乱の中、青湖様と青馬様は伊勢に逃れられたのですね、其れは後から知りましたが・・・、』
『後から?そういえば、何故お母上様は、私がセイ、青馬様と伊勢で過ごしておった事、ご存知だったのですか?』
『お父上様より伺いました。』
『お父様から!?ではお父様もご存知だったのですか?』
『ええ、遠い夏の日、お父上様が貴女を一度迎えにいらしたのを覚えておりますか?』
(えっ?)
(確かに・・・。)
(あの折・・・、お父様は急に、やはり此度は一人で帰ると仰って、私は残り僅かな時を、セイと共に過ごす事が出来たのだった・・・。)
『あっ、まさか!?』
『ええ、其の折、お父上様は青馬様にお会いになられたのです、青馬様に頼まれたそうですよ、生涯唯一度の願いだと、貴女と過ごす時を後少し戴きたいと・・・。』
『お父上様は驚いていらっしゃいました、貴女方の絆の強さに。』
『あっ!』
私は一気にセイの言葉の数々が甦ってきた。
◇◇◇◇
『何故、何故会うたばかりの私に其の様な事を申す?』
『ならば解ったなら其の答え、必ず教えよ。』
『然らば解ったか?』
『あの折の答えだ。』
『解ったのか!?』
『漸く解ったか、全く珠は鈍感故、一生気付いてくれぬかと思うたぞ。』
『私はお前に何もしてやれぬ。』
『お前が淋しいと泣いておっても、病になって苦しんでおっても、お前の傍に居てやる事は、私には出来ぬ。』
『私達は結ばれぬ運命などではなく、既に魂で結ばれておる。』
『然すれば、此れからも幾度でも生まれ変わり、再び巡り逢う事が出来るのだ。』
『私には責務がある。』
『一族の者を守り、導いていくという長としての責務が。』
『私は其れを父上から託された。』
『其れを投げ出して、己の幸せのみを追う事は許されぬ。』
『お前を愛しておる。』
『お前だけだ!』
◇◇◇◇
『あっ、セイ、セイ、許してください、私は愚かでした、貴方が負うた辛い運命も苦しみも、何一つ解っていなかった。』
『嗚呼ー、』
私が其の場に伏して泣き崩れると、
お母上様が私の傍にすかさずお出でになられて、優しく私の頭を撫でてくだされた。
『珠、其れは違いますよ、恐らく青馬様は貴女に再会して、生きる希望を得られた事でしょう。』
『此れ程の強い絆で結ばれた伴侶が居るのです、私なら、如何なる苦難も運命も乗り越えてみせますよ。』
そう仰っていつまでも私の頭を撫で続けてくだされたお母上様の手は、とても温かかった・・・。




