~百十八の巻~ 安堵
皇子様が仰せになられた通り、皇子様の臣籍降下が決まると、左大臣家は嘘の様に大人しくなった。
又、有り難き事に、病がちと懸念された皇太子殿下だったが、この程ご正妃様が、待望のご懐妊をされたとの吉報がもたらされた。
この事も左大臣様の大海皇子様への執着を逸らせる一因となった様だった。
斯くして大海皇子様は、初秋のある吉日に、新たに柊という氏を賜り、 “柊大海” 様となられた。
領地でのごたごたを終結されたお父様も無事に都に戻られたが、やはり後ろで糸を引いておった黒幕には、辿り着く事は出来なかったという事だった。
元々権力欲など無きに等しいお父様は、私が皇子様の妃など務まるのか不安だったと仰り、大海様の降下には、反ってほっとされたご様子だった。
此れで遠慮無く、嫁した後も顔を見に行けると笑うておられた。
◇◇◇◇
そして漸く、延び延びになっておった私達の結納も滞りなく終わり、後は年明けの婚儀を待つだけとなった。
婚礼の準備も、一時はどうなる事やらと思われたが、お父様もたじたじになられる程の、お母上様、柚子、笹野という女傑三人の恐ろき気迫の下、完璧に進められて、式まで残りふた月となった今日には、全ての手配は整い、既に婚礼衣装も出来上がってきておる。
私の胸に広がっておった暗雲も、明るい家族や家人に支えられて、だいぶ晴れてきた様な気がする。
入内が決まった際に、私の心に真っ先に浮かんだ、笹野との別れという懸念事項も、皇子様の臣籍降下により解決致した。
笹野の身分では内裏に上がる事は出来ぬ。
口には出さねど、笹野も同じ事を憂いてくれておる事は当然感じておったので、私はどうにかならぬものかと密かに思案に暮れる毎日だった。
無理を承知で皇子様に願い出ようかと真剣に考え始めた矢先、次から次へと事件が起こり、結果として皇子様が臣籍に下られる事となった訳だが、此れにより、笹野を伴うて嫁す事が可能になった。
又、丁度時期を同じくして、懐妊中だった笹野が男子を出産し、伊勢の後継問題も、将来この御子が実家の跡継ぎとなる事で決着した。
「姫様が何と申されましても、何処の地までも付いて参ります故、ご覚悟召されてくださりませ。」
私達は互いに其れが嬉しうて、周囲への配慮から表立って口にはしなかったが、心の枷が取れたのは間違いなかった。
此れで漸く案じる事は何も無くなったと、この時の私は、心底安堵しておったのだった。




