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~百十七の巻~ 皇子様の決断

 笹野や皆が申した通り、あの皇子様が、大人しく左大臣家の言いなりになど、なられる訳が無かったのだ・・・。


私は、皇子様と志摩姫様とのお話を耳にしても、尚、皇子様をお信じ申し上げて、ただひたすらご連絡戴けるのをお待ちしておった。


其れでも、もし万が一、あの夜の左大臣様のお言葉通りに再度正式なる申し入れをされて来られた禎親様との縁談を、如何様にも避けられぬ事態に陥った場合は、髪を下ろして尼寺に入ろうと、心に誓うておった。


其れが、私の様な者にあれ程のご誠意をお見せくだされた皇子様へ、私がお返し出来る唯一の誠意だから。


然れど皇子様は私などの為に、更なる尊きご誠意をお見せくだされたのだった・・・。



◇◇◇◇


 「姫様、大海皇子様が臣籍降下の件、陛下に正式に願い出られた由にござりまする。」


笹野から斯様な報告を受けたのは、皇子様から御文を頂戴致した翌日の事だった。



◇◇◇◇


 そして又ふらっと皇子様は、当家に忍んでいらした。


此度(こたび)は大変ご心配をお掛け致しました、私の不徳の致すところです。」


そう申された皇子様は、寧ろ清々しいお顔をなされておいでだった。


「然れど、此れにてあの左大臣家も、流石に諦めましょう。」


と申しますか、臣籍に下った皇子などに、そもそもご興味など無いでしょうからね。


と、笑うておられる。


私は皇子様の以前と変わらぬご様子を拝見し、心より安堵致した。


黙しておる私に、何を誤解されたのか、


「もしや貴女も?」


と、何故か珍しく狼狽えていらっしゃる。


「は?」


私が何の事を仰せなのか解らずに、失礼にも聞き返させて戴くと、


「貴女も興味が無くなられましたか?皇子で無くなった私など・・・。」


などと、(たわ)けた事を仰せになられるので、つい、語気を荒げてしまうた。


「其の様なお(たわむ)れは、二度と仰せにならないでくださりませ、私は大海様と婚約させて戴いたのであって、皇子様と婚約させて戴いたのではござりませぬ。」


斯様にきっぱりとお答え申し上げると、皇子様は其れは嬉しそうなお顔をなされて、


「失礼致しました、其の様なお顔をなさらないでください、貴女を信じておらぬ訳では無いのです、私は己に自信が持てぬ情けない男なのですよ。」


「然れど膨れたお顔もまた愛らしいですね、又一つ貴女の魅力を発見させて戴きました。」


其れに・・・、と皇子様は更に嬉しそうにクスクスとお笑いになられて、


「今初めて私の事を名で呼んでくださいましたね、愛しい方から名を呼ばれただけで斯様に嬉しくなれる単純な男なのです。」


「又其の様な事を仰っておからかいになる!私は真面目に申し上げておりますのに!」


すると皇子様は、スッと私の前に近寄られて、私に手を伸ばして来られた。


皇子様の細く長い指が、優しく労るように私の目尻に触れた。


いつの間にか私は涙を浮かべておったのだと、其れで初めて気付いた・・・。


皇子様を見上げると、其れは切なそうなお顔をなされて、私をご覧になられておられる。


「まさかとは思いますが、私と会えぬ事を、不安に思うてくだされていらしたのですか?」


「と、当然です!私は貴方様の婚約者でござりましょう?」


「困りました、私はやはり酷き男です、貴女の其の様なお顔を拝見して、貴女に誠に申し訳無いと思いながらも、今私の心は歓喜に震えておるのです。」


「其れはつまり、ここ何日かの貴女の心を、間違いなくこの私が、僅かでも占めておったという事に、他ならぬのですから。」


そう申されると皇子様は、私をそっと其の大きな胸の中に包み込んでくだされた。


「この香り・・・、」


私が、既に馴染んでしまうた皇子様の心地好い香りに包まれて、思わず力を抜いて身をお預けすると、


「嗚呼、真に困りました、貴女が斯様に身を任せてくだされる程に、私にお心を預けてくだされる様になられるなど・・・、此れが夢で無いのなら、左大臣殿親子も、私の恋路に一役買うてくだされたという事ですね、左大臣殿に感謝の文を差し上げたい位です。」


「昨日お母上から、貴女が腹痛と嘔吐で夜も眠れず苦しんでおられる、恐らくどこぞの執念深き(もの)()に、取り憑かれたに相違ござりませぬ、と文を戴いた際には、真に生きた心地が致しませんでしたが、こうして貴女のお元気なお姿を拝見致しまして、漸く安堵致しました。」


(は?もののけ?)


「私が、でござりますか?」


「あっ!お母上様!!!」


其処で私は漸く、皇子様が突然お越しになられたのは、お母上様の計略だと解ったのだった。


「其の様な偽りを!大変申し訳ござりませぬ!」


「いいえ、其のお陰でこうしてお会い出来たのです、私はお母上に感謝致しておりますし、お母上の文は決して偽りではありませんでした。」


「さ、然れど、」


「いいえ、私の誰より大切な婚約者である貴女が、不安な心を抱えて、独りで堪えていらしたのです、お母上は恐らく、其れを私にお伝えくだされたのです。」


「先程も、お時間の許される限り、付き添うて戴けますと、珠も回復が望めましょう、どうかごゆるりとお過ごしくださりませ、とご丁寧なご挨拶を戴きましたが、まさか斯様なお取り計らい迄して戴けるとは!」


「は?お取り計らい?」


皇子様の視線の先を振り返って確認すると・・・、


(・・・)


(全くいつの間に!!!)


何故か続き間の私の寝室に、寝具が二揃え並んで敷かれてあった!!!


「な、な、な、何を・・・!」


「全く以てお母上には敵いませんね、然れど折角良い雰囲気になりましたし、使わせて戴かねば申し訳無いですから、あちらに移動致しましょう!」


「は、はい?」


ふと気付けば、しっかり抱き合う形で固まっておるではないか!


慌てて皇子様から離れようとすると、


「あははははは、右大臣家の方々は、皆、実に愉快な方々だ。」


「私はもう皇子ではありません、此れからは皆と親しくさせて戴きたいと願うております。」


私達は顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出した。


ひとしきり笑うた後で、


「然れど真に大丈夫でしょうか?此れで真に収まりましょうか?」


「左大臣殿がご興味をお持ちなのは、内裏での権力だけです。」


「私に最早利用価値が無いと分かれば、直ぐに別のお相手を探される事でしょう。」


ご安心くださいと皇子様はにっこり微笑まれたが、何故か私の胸の暗雲は消える事無く渦巻いておった。


(真にそうだろうか?)


(左大臣様は確かにそうかもしれぬが、志摩姫様も?志摩姫様もそうなのだろうか?)


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