~百十三の巻~ 追及
「奥方様、遅くなりまして大変申し訳ございませんでした。」
「此れは!皆様お揃いで!禎親様、ご機嫌麗しく。」
然し、今禎親様は、ご機嫌麗しくは・・無かった・・・。
「桔梗屋!何しに来たのだ!!」
「はい、右大臣家奥方様よりご依頼賜りまして、此方にお出でと伺い、参りましてございます。」
「ふん、何だか知らぬがまぁよい、先ずは此方の用件を済まさせて戴くとしよう。」
にやりと下卑た笑みを浮かべた禎親様は、
「桔梗屋!そなた先程、そなたの島で小料理屋を開いており、私が世話しておる弥生の店に行ったであろう!」
「はい、確かに・・・、あの店の購入を希望されておられる知り合いに、弥生様に手付けを支払いたいが連絡が取れぬと頼まれまして、共に伺いましたが・・・。」
「偽りを申すな!そなた達は何やかやと申して店に入り込み、弥生達親子を連れ去ったのであろう!」
「は?連れ去ったとは?申し訳ございませんが、一体何を仰せなのやらさっぱり解りかねますが・・・。」
「とぼけるな!最早言い逃れなど出来ぬ!お前達以外誰も店に来た者は居らぬのだからな、あの店には出入口は一つしか無い、お前達以外には考えられぬのだ!」
「私は何も致しておりませぬが、弥生様親子の行方が知れぬのですか?」
「其の様なのですよ、桔梗屋殿、其れに私達が拘っておると、禎親様は先程よりお疑いで、私達もほとほと困り果てておりますのよ。」
「何と!奥方様方が?禎親様、其れは何かの間違いにございます、其の様な事、有る訳ございません!」
「黙れ!」
「桔梗屋!今白状すれば、格別な計らいで罪には問わぬ!お前達の企み全てこの場で申してみよ!然し、白を切り通すというのなら此方にも考えが有る、お前のみならず、家族、店の者共にも累が及ぶ事、覚悟しておくがよい!」
「禎親様、そう仰られましても、私には真に何の事やらさっぱり分からぬのでございます。」
「ええい、小賢しい!皆の者、桔梗屋を捕らえよ!奥で厳しく吟味致す。」
「はっ!」
破れかぶれで禎親様が側近達に叫んだ其の時、お母上様の低く地を這う様なお声が、其の場に居合わせた皆の空気を凍らせた。
「いい加減に・・なさい・・ませ・・!」
「「・・・」」
其のお声の凍る様な冷たさに、其の場に居った者、皆震え上がり、暫く誰一人声も発せず、禎親様の側近達は、足が縫い付けられたかの如く微動だにしなかった。
漸く口を開いたのはやはり禎親様で、
「何だとぉ!無礼な!誰に物申しておる、お前達皆捕らえてやる!」
「皆の者、此奴等を捕らえよ!」
「はっ?然し・・・、」
「何をしておる、捕らえよと申しておるのが分からぬのか!」
「いい加減になさいませと申したのが、どうやら貴方様には聞こえ無かった様ですわね、折角この私が、穏便に済ませて差し上げようと思うておりましたのに、致し方ありませぬか・・・。」
「はぁ?何だとぉ?」
「桔梗屋殿、貴方に来て戴いたのは、先ず第一に念の為にこの筆跡を鑑定して戴きたかったのです。」
「筆跡、でございますか?」
「ええ、この書面のこの署名です。」
そう申されてお母上様が出された書面は、禎親様が当家宛に送り付けてこられたあの書面だった。
「桔梗屋殿でしたら皆様とお取り引きなされておられます、署名の真贋などお手の物でござりましょう?」
「はい、其れはもう間違う事はございませんが・・・。」
桔梗殿はお母上様から書面を受け取りながら、其れでもお母上様のご真意を図りかねておられるご様子だ。
「如何ですか?」
お母上様が尋ねると、
「し、真贋などと如何なる言いがかりか!本物に決まっておろう!書いた本人が申しておるのだぞ!」
最早、頭から湯気が見えそうな程、其の場で地団駄踏んで暴れておられる禎親様を無視して、
「はい、間違いなく禎親様のご署名にございます。」
と桔梗屋殿は応じると、
「此方をご覧戴ければ、尚の事はっきりお判りになられる筈、奥方様よりご依頼の、年初に禎親様が弥生様にお届けになられました物品のご依頼状です、禎親様のご署名は此方に。」
「そうですか、やはり新年の祝いの品々を贈られておられましたか、まぁ先程よりご本人だと申されておられる御方が、この書面はご自身で認めたと何度も仰せ故、其れだけでも十分ではあったのですが、止め、じゃなく、おほほほほ、念には念を入れませぬと、おほほほほ。」
お母上様は相変わらず全く何にも動じておられぬご様子にて、依頼されておられたという年初の贈答品依頼状を、桔梗屋殿より受け取られた。
そして、ささっと其れに目を通された後、再び口を開かれた。
「さて、では禎親様、今一度確認させて戴きまするが、其の小料理屋の親子は、今行方知れずなのですね?」
「そ、其れはお前達が、家人の罪を言い逃れんと、何処かに連れ去ったのであろう?!」
お母上様は、禎親様の其の喚きは、全く無視なされて、
「其れでは桔梗屋殿、この禎親様が贈られた祝いの品々を読み上げては戴けませぬか?」
と、持たれていらした贈答品の依頼状を、桔梗屋殿に返却なされた。
「はい、畏まりました奥方様、禎親様よりご依頼賜りましたのは、米一升、餅一升、金目鯛の干物二枚、昆布数枚、大根一本、牛蒡一本、人参一本、弥生様用の衣三着、ご子息・頼親様用衣三着、其れと、頼親様用の祝着と懐剣・・・、以上にございます。」
「どうもありがとうござりました。」
「そ、其の様な物、引っ張り出しおって、今度は一体何を企んでおる?皆の前で読み上げるなど、私に恥をかかせる気か!」
「愚かな・・・、まだ解らぬのですか?」
「は?何の話だ?」
「今読み上げて戴いた貴方様が彼の親子に贈られた品々の書き付けで、貴方様の罪が明白になったという話です。」
「な、何を申しておる、そ、そうか、解ったぞ!この期に及んで私に罪を擦り付ける積もりか!」
私はお母上様のお言葉を伺い、漸くお母上様の仰る意味を解した。
そしてこの僅かな時の中で、其処迄考えを及ばせ、此れ程ぬかり無く手筈を整えて来られた其の機転と手腕には、私など到底足元にも及ばぬと、思い知らされたのだった。




